第4話 名前を持たない者たち

扉の奥には、異質な空間が広がっていた。空はなく、天井も見えない。ただ無数の光が宙を漂い、まるで星屑が生き物のようにうごめいている。その光の中に浮かぶ島のような大地に、カイルとフィオラは足を踏み入れた。


「……ここが、あの名前を持たない者たちの住処?」カイルが不安げに呟く。


「そうだと思う。でも……ここまで人間が踏み込むことは、まずないはず。」フィオラは周囲を見渡しながら慎重に歩を進めた。「気をつけて、彼らがどう反応するかわからないわ。」


そのとき、不意に空気が揺らいだ。どこからともなく響く声が、二人の耳を満たす。


「ようこそ、人の子たちよ――」


声は一人のものではなかった。何重にも重なり合い、異なるトーンが不協和音のように耳に刺さる。光の中から次第に人影が現れた。それは人間の姿に似ているが、輪郭は曖昧で、顔には目も口もなかった。


「……お前たちが、名前を持たない者たちか?」カイルが一歩踏み出し、声を張り上げた。


その存在たちは答えず、ただ二人をじっと見つめるように静止していた。いや、見つめているというより、彼らの心の奥深くを覗き込んでいるような感覚だった。


「人間がここに来るのは稀だ――それも、封印を破り、恐れを乗り越えて。」

「その理由を問おう――なぜ、ここに来たのか?」


二人に語りかける声は、頭の中に直接響いていた。


フィオラが前に進み出た。「私たちは真実を求めてここに来た。あなたたちの存在と、この世界の隠された歴史を知るために。」


すると光の中から別の声が低く響く。


「真実を知ることは、代償を伴う。それを受け入れる覚悟があるか?」


カイルは一瞬言葉を詰まらせたが、やがて力強く頷いた。「俺たちは覚悟している。隠されたものを暴き、その責任を背負うつもりだ。」


その言葉に応じるように、名前を持たない者たちの輪郭が少しずつ明確になっていく。その姿はまるで人間と同じように見えるが、何かが違う――それが何なのかは、言葉では説明できない不気味さが漂っていた。


「よかろう。では、まずお前たちにこの世界の始まりを語ろう――」


名前を持たない者たちが手をかざすと、二人の目の前に巨大な光の壁が現れた。その中に浮かび上がるのは、この世界の歴史そのものだった。


星喰いの神話

かつて、この世界には星を喰らう存在がいた。それは神とも呼べるほどの力を持ち、無限の空間を彷徨いながら星々の命を吸い尽くしていった。だが、その存在に恐れを抱いた者たち――人類の遠い祖先たちが、星喰いを封印するための秘術を生み出した。


「その秘術こそ、私たち『名前を持たない者たち』だ。」


フィオラが目を見開いた。「あなたたちが……封印そのもの?」


「その通り。我々は封印の一部として創られた存在だ。名前を持つことを許されず、ただ支配者たちの命令に従うためだけに存在してきた。」


「……支配者?」カイルが眉をひそめた。「誰が、そんなことをしたんだ?」


名前を持たない者たちはしばらく沈黙した後、静かに答えた。


「それは……お前たち人間の祖先だ。」


その言葉にカイルとフィオラは凍りついた。


「我々を創り出したのは、かつてこの世界を支配しようとした者たち。だが、彼ら自身も恐れていた――自分たちが生み出した力を。だから、我々の存在を封じ込め、そして隠した。」


カイルは拳を握りしめた。「……そんなの、間違ってる。」


「間違いかどうかを決めるのはお前たちだ。我々はただ語るのみ。」


名前を持たない者たちは再び手を掲げ、光の壁が消えた。その先にはさらに深い闇が広がっていた。


「この先に進むならば、お前たちは我々の真実を受け入れ、その代償を払う覚悟を持たねばならない。」


フィオラは決意の表情を浮かべた。「進むわ、たとえどんな代償を払うことになっても。」


カイルも彼女に続くように頷いた。「俺たちは、ここまで来たんだ。もう引き返すわけにはいかない。」


名前を持たない者たちは無言で道を開けた。その先に待つのは、さらに深い謎と試練だった。二人は互いに肩を叩き合い、暗闇の中へと進んでいった――次に何が待つかも知らないまま。

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