第3話 封印の扉
暗闇の中、カイルとフィオラは祠の奥へと足を踏み入れた。閉ざされた扉を背にした瞬間、外の世界の音が完全に遮断された。冷たい空気が肌を刺し、何かが彼らを見つめているような感覚がする。
「ここは……」カイルが声を絞り出すように呟く。
「ただの祠じゃないわ。」フィオラは慎重に進みながら言った。「ここは、『名前』を隠すための結界だ。封印が施されているけれど、それがどれほどの代償を伴っているか……。」
カイルは辺りを見回した。壁には古びた文字や紋様が彫られており、それらが淡い青白い光を放っている。フィオラが壁を指でなぞると、その光が一瞬だけ強くなった。
「これが封印か?」
「そうよ。」フィオラは短剣を抜き、柄の部分に埋め込まれた宝石を壁に押し当てた。「これを解くには、私たちの『意志』が必要なの。」
「意志?」
フィオラは少し笑ったが、その表情には緊張が滲んでいた。
「そう。ただ力ずくで扉を開けられるようなものじゃないわ。この封印は、私たちの心の中を覗き込む。恐れや疑念に囚われていると、逆に命を取られることになる。」
カイルは思わず息を呑んだ。
「……そんなの、何を基準に試されるんだ?」
フィオラは答えず、短剣を壁から引き離した。そして、目を閉じると祈るように呟き始めた。
「この祠に眠る古きものよ……私たちを導き、真実を示したまえ。」
突然、壁の紋様が動き出した。光が渦を巻き、音もなく彼らを取り囲む。カイルの心臓は跳ね上がり、全身を冷たい汗が流れた。
「フィオラ!これ、何が起きて――」
次の瞬間、目の前の空間が裂けるように開き、黒い影が浮かび上がった。それは形を持たない何かであり、カイルの視線を奪うほどの威圧感を放っていた。
「試練だ。」フィオラが低い声で言った。「この影は、私たちの心の中に潜む恐れそのもの。これを乗り越えなければ、封印を解くことはできない。」
影はゆっくりとカイルに近づいてくる。彼の心の中で、幼い頃の記憶が次々と蘇った。両親の喧嘩、逃げ場のない孤独、自分が何者かもわからずに彷徨った日々――それらがすべて目の前に具現化したようだった。
「……無理だ、こんなの。」カイルの膝が震え始める。
「カイル!」フィオラの声が響いた。「恐れるな!それは本当の君じゃない!」
カイルは顔を上げた。フィオラの目は炎のように燃え、彼を強く見据えていた。
「影は嘘をつく。君の弱さを映し出して、それを真実のように見せるんだ。でも、君はもっと強いはず!」
カイルは息を整え、拳を握りしめた。自分を支配している恐れを打ち破るように、一歩前に踏み出した。
「俺は……俺はもう逃げない!」
その瞬間、影が一瞬だけ揺らいだ。
フィオラが叫ぶ。「その調子よ!恐れを力に変えるの!」
カイルはさらに強く叫んだ。「俺は俺自身を受け入れる!どんな弱さがあろうと、それが俺だ!」
影は激しく歪み、やがて霧のように消え去った。暗闇の中、静寂が戻る。そして、壁に刻まれた紋様が一斉に光を放ち、扉がゆっくりと開き始めた。
フィオラがカイルの肩に手を置いた。「よくやったわ、カイル。」
カイルは大きく息を吐き、彼女に微笑みかけた。「お前の言葉がなければ、無理だった。」
開かれた扉の向こうには、奇妙な光が揺らめいていた。その奥には、名前を持たない者たちの真実が隠されているのだろう。
二人は互いに頷き合い、扉の向こうへと歩み出した。その足元に広がるのは、未知の世界だった――それが次なる試練の始まりであるとも知らずに。
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