第2話 隠された名
夜明けが近づいていた。森の奥にある古びた祠の前で、カイルとフィオラは焚き火を囲んでいた。火のはぜる音だけが響き、静寂が重くのしかかる。カイルの胸の中では、フィオラが語った「名前を持たない者たち」の話が渦を巻いていた。
「フィオラ、本当にそんな連中が存在するのか?」カイルは焚き火を見つめながら尋ねた。
フィオラは頷いた。彼女の目は揺れる炎に照らされ、冷静でありながらどこか憂いを帯びていた。
「いるさ。私たちが住むこの世界、その裏側を操る影だ。彼らは自分たちの名前が知られることを何よりも恐れている。」
「でも……」カイルは火の中に落ちた薪が弾ける音に言葉を遮られた。「どうして名前を隠さなきゃいけないんだ?ただ名前がバレるくらいで、何かが崩れるなんて信じられない。」
フィオラは小さく笑った。
「そうだな、普通ならそう思うだろう。でも、彼らにとって『名前』というのは力そのものだ。名前を知られることで、彼らは存在を否定される。それは、支配を失うことを意味するんだ。」
「存在を否定される……?」
フィオラは焚き火に近づき、手をかざした。まるで自分の手を炎に溶かしながら言葉を絞り出すかのようだった。
「彼らの力は、私たちの『無知』の上に成り立っている。私たちが彼らの名前を知らない、だから彼らは影で動ける。けれど、一度名前が知られたら、その存在は実体を持つ。実体を持てば、裁きから逃れられない。」
カイルは思わず身震いした。星が減っていく夜空を思い浮かべる。その理由を知らないのは、この無知にこそ秘密が隠されているのだろうか?
「なら、どうやって彼らの名前を見つければいい?」
フィオラは立ち上がり、祠の中を指差した。
「ここにある。この祠は、彼らの名前を隠すために建てられたものだ。」
カイルは息を呑んだ。祠は古びた木と石でできており、崩れかけた彫刻や苔むした壁に奇妙な文字が刻まれている。
「この中に?」
フィオラは短剣を抜き、祠の扉に向かって歩き出した。
「この中には、『名前』を守るための封印がある。だが、扉を開けることは簡単じゃない。中に何があるかもわからない。」
カイルは彼女の背中を見つめ、拳を握りしめた。
「待てよ。そんな危険なこと、俺も一緒に行く。」
フィオラは振り返り、微笑んだ。その笑みはどこか悲しげで、しかし決意に満ちていた。
「いいだろう、カイル。一緒に行こう。ただし、覚悟してくれ。この扉を開けたら、戻る道はない。」
カイルは小さく頷き、フィオラに続いた。扉を押し開けると、冷たい風が吹き抜けた。暗闇の中で何かが動く気配がする。祠の奥からは、不気味な囁き声が聞こえてきた――それは、カイルが初めて聞く恐ろしい音だった。
その瞬間、彼の中に湧き上がった疑念と恐れが、新たな旅の幕を開けることを告げていた。
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