第7話 緊張と勇気は爽やかな風の中に(最終話)

 笑いすぎて出た涙を拭いながら、夏葉が言った。


「ありがと、春菜。じゃあ、上京したら、春菜があたしに買ってきてくれたツリーのストラップと同じの買ってくる。それを春菜にプレゼントして、おそろにしよ」


 いたずらっ子のように笑う。東京に行っても、またストラップをプレゼントしに戻ってきてくれる。

 夏葉と会う口実ができた気がして、うれしかった。


 好きな人が被って、そのせいで『同じ』が嫌だった。

 でも、このお揃いは。


「やった。約束だよ」

「うん。期待してて」


 私たちは、指切りをした。


               ◇◇◇◇


「ただいまー」


 玄関のドアを開け、家の香りを嗅ぐ。香水のようにいい香りがするわけではないが、安心する香り。


 夏葉とは、あのあとも外が暗くなるまでショッピングを楽しんでいたから、帰りは午後七時になっていた。


 本格的な受験勉強が始まる前にと、また夏葉と遊ぶ約束をしてきた。


 リビングに入ると、ソファーでテレビを見ていた母親が振り返り、にやりと笑う。

「おかえり春菜。楽しかった? 何かニヤニヤしてるじゃん。夕飯できてるから手伝って」

「ニヤニヤしてるのはそっちでしょ。また夏葉が遊ぼうって」


 遊ぶ約束をしてきたのが楽しみで、いつの間にか頬が緩んでいたらしい。少し恥ずかしくなりながら、私は台所から箸や皿を持ってきて机に並べる。


すると、母親が何気なくこう言った。


「良かったね。お母さんも葉月から連絡きた。ランチ行こうって」

 葉月というのは、夏葉の母親の名前だ。それを聞いた途端、私も救われたような気分になる。


 実は、夏葉と私は母親同士も仲が良かった。でも私が甘夏高校に落ちたことで、母親たちもすっかり疎遠になっていた。

 それが自分のせいだと、母親から友達を奪ったのは自分だと考えると胸が潰れるほど苦しかった。

 夏葉が私を誘ってくれたおかげで、関係がまた、動き出したのかもしれない。


 そう思ったら、今の初夏の季節のような、若葉が薫る風が心を吹き抜けた気がして、とても気持ちが良かった。


 爽やかな気分が心を満たしている。


 心地よいそれは、ずっと抱きしめていたいと思うほど。


「最初は緊張したけどさぁ」

「行って良かったでしょ? 夏葉ちゃんも勇気出して良かったと思ってると思うよ」

「うん」


 母親とそう言葉を交わして、伸びをした。


 必要のなくなった縁は、切れるという。だから、去る者は追うなという。でも、夏葉とはまた、繋がった。


 夏葉に誘われてから、ころころと移り変わるように心が動いた。最初は憂鬱。緊張。夏葉と遊んでいたときは夢中で、その後の進路を聞いたときの焦り。心が通じ合ったときの喜びや、別れの名残惜しさ。


 でも、終わり良ければ総て良しというのが結局のところ、今の私の感情だ。

 


 せわしないこの心は今、快晴だ。




               ◇◇◇◇


 本文は、これで終わりになります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。応援ボタンやフォローしていただいた方! ありがとうございます。大変励みになりました。☆などいただけましたら、これ以上うれしいことはありません。


 今回の主人公、春菜と夏葉が恋した男の子・紅原秋人が主人公のお話も投稿予定ですので、よろしかったら読んでいただけると幸いです。

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春の緊張と、夏の勇気 卯月まるめろ @marumero21

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