第6話 本当の友達なら

「そう……なんだ」


 私も夏葉も高校三年。本来ならば、大体の進路は決まっている時期だ。私は……多分、県内にとどまる。夏葉とは滅多に会えなくなるかもしれない。


 ちゃんと将来の夢があって、それを叶えるために新天地へ、一人飛び込む夏葉が自分よりよっぽど大人に見えて、やっぱり夏葉には敵わない……吹き出す焦りと、捨てたいはずの劣等感が再燃する。


 だけど。友達ならば、しっかりと彼女を応援しなければ。いや、してあげたいと、思った。


「そっかー! すごい、すごいよ夏葉。応援してるね」


 つとめて明るい声を出す。つい、悲しい顔をしてしまわないように。なんとか、祝福できているだろうか。


 素直に喜べないのは、妬みから来ているものではない。

 ただ単純に、近くにいた夏葉が羽ばたく寂しさだった。


 だけど、夏葉は私の言葉を聞いて、ひどく悲しそうな顔をした。眉尻が下がっていて、瞳には涙が盛り上がっている。


「……春菜には、あたしの決めたことをを否定してもいいから『寂しい』って言って欲しかった」


 鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。


 私は、何も学んでいなかった。


 私と夏葉はお互いの気持ちをはっきりと言葉にしなかったせいで関係が崩れた。

 同じ人を好きになったときもそのことを話し合うこともしなかったし、嫌味を建前という明らかに中身が透けているベールで隠して相手に投げた。そうすれば自分で嫌味を言わなくてもいいし、相手にもそれを察知させることができる。


 お互いの言葉のベールから突き抜けた棘をもっと言語化して、「これが嫌だった」「これをやめて欲しい」と伝えることができたなら、ここまでこじれることもなかったかもしれない。


 それを、今私は夏葉にやってしまった。嫉妬に変わる前の劣等感を、無理矢理ベールで隠して、応援する健気な友人を演じた。

 それは果たして本当の友達と言うのだろうか。


 本当の友達なら、本音を話しても、多分、嫌われることはないのに。


「……そうだよね。ごめん。応援してるのは、本当だけど。でも」

 私は夏葉をまっすぐに見つめた。


「夏葉がいなくなったら私に友達がいなくなるだろー!」


 そう、声を張る。夏葉は、吹き出した。


「ぶふっ! 何それ。結局自分のことしか考えてないじゃん。ははは」

 笑い続ける夏葉に、私はブスッと頬を膨らませる。

「寂しいってことだよ」

「素直に言え」


 夏葉と私の笑い声が揃う。


 今、私たちの言葉に中途半端にまとわりついていた、ベールが剥がれた。

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