第4話 劣等感と嫉妬と、それから友達
エレベーターで三階に上がって、プリ機の前で私たちは立ち止まる。
「五百円だから、二百五十円ずつだそうか」
プリクラをとるための値段を確認した夏葉が、財布を取り出す。
おしゃれな金色のロゴがはめ込まれている、キャメル色の財布。
私は小学生のころから使っているピンク色の、ボロボロの折り畳み財布を出すのが恥ずかしくなってきた。
背中に冷や汗が伝い始めた私だったけれど、ふと夏葉の財布につけられていたストラップにくぎ付けになる。
キラキラとした銀色のラメに縁どられた五センチほどの、東京のツリー。ハーフツリーのようなデザインはとても洗練されていた。
(これ、私が夏葉に買ってきたやつだ……)
このストラップは、小学生のときの修学旅行、東京に行った際に夏葉に買ったものだ。当日夏葉は体調不良で行くことができなくなり、熱を出しながら家で泣いているという話を夏葉の母親から聞き、可哀想になった私は自分や家族のお土産と、そのほかに夏葉のお土産も買った。
『これ、春菜が買ってきてくれたの⁉ 一生大事にする!』
鼻息を荒くして叫んだ小学六年のころの夏葉を、今でも覚えている。何かをもらうことももちろんうれしい。でも、あげることもそれと同じくらいうれしいことであるということを、私は知った。
あれから六年。時が経つのは早かった。
でも、六年という長い時間の中、関係がギクシャクしてからも、ストラップを持っていてくれた夏葉が、私の心を温めた。
「春菜。早くとろうよ」
目頭が熱くなった私に全く気付かずに、夏葉が声をかけてくる。
「うん、分かった」
泣きそうなのを悟られないよう、私は目をこすって誤魔化した。
プリ機のブースの中で様々なポーズをとって、そのあと隣のブースに移り、とれた写真に落書きをする。
フレームに顔が被って上手く取れなかった写真もあって、二人で久しぶりに大笑いをした。
「春菜、あたしの落書き出てくるまで見ないでね?」
夏葉がそう言ったので、わたしは大人しく夏葉の言葉に従う。
そのあと、機械の吐き出し口から出てきたプリクラを夏葉と分けた。
普段とは比べ物にならないくらい、目が大きくて、陶器肌な写真の中の私たちを見て、思わず笑みがこぼれる。
「めっちゃ盛ってある」
「ふふふ。だね」
私の言葉にくすくすと笑う夏葉。私は写真にもう一度目を落とすと……。
夏葉が落書きした方の写真に、『ズッ友』と書かれていた。
じわりと熱いものが目の奥から湧き上がってくる。視界は滲んでいくのに、心は綺麗に晴れ渡っていく。
自分の醜さも、本当の感情も、全部。
夏葉に感じていたモヤモヤは、嫉妬だった。同じ人を好きになって、ライバルなってから。
付き合いづらくなって、その代わりに夏葉は友達を増やした。
どちらが上か。そればかり考えていた私は、完全に夏葉とは対等ではなくなっていて、夏葉に友達が増えることが「先を行かれた」と感じるようになってしまっていた。
でも本当は素直になれなかっただけで、夏葉に友達が増えるたび、自分がまるで夏葉の友達じゃなくなってしまうような気がして、ただ、寂しかった。
友達を増やしていく夏葉。それに、劣等感を感じるのと一緒に、受験で私だけ失敗した劣等感も、嫉妬に変わった。
(夏葉にとって私なんかいらない。私以外にも求めてくれる友達はいるから。じゃあ、こっちも友達なんてやめてやる、って思ってた)
そう、勝手な憶測で被害者面して舞い上がってた。
きっかけは紅原秋人だったけど、夏葉ばかりを気にしていたことに、今気づいた。
つらいときも悲しい時も横にいた、親友だったから。
私が夏葉に苛立っている間も、夏葉は私と友達だと思っていてくれた。そう思ったら、自分が酷く心が狭く、情けない人間に思えてきた。
でも、それ以上に、夏葉が友達と言ってくれたことが、うれしかった。
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