第7話 過去を追う者

「…魔王」

「なに?」

「魔王は、私について何か知ってる?」

「なにも、知らない。知っていたとしても、覚えてないよ」

「でも、私はあなたと同じ魔王なんでしょう? さっきの少年が言ってた」

「そうならしいよね。俺もよくわからないんだ」

「そう、なんだ」

「うん」

 棺は、だまって二人を見ていた。しかし、

「ねえ」

 と話しかけた。

「なに?」

「魔王って、さっきからあんたら言ってるけど、それってさ冗談だよね?」

「…冗談なわけないと思うけど」

「え?」

「冗談じゃ、ないと思うよ」

「ま、まじ?」

 棺が驚いたようにあとずさりした。

「…どうしたの? そんなにびっくりした?」

「…あたしのこと殺す?」

「殺さないよ。そんな、怖いことしたくない。俺にそんな力、無いだろうし」

「よく言うよ。昔はよく大量虐殺してたのに」

 その場にスノウの声がひびいた。

「…?」

 魔王が不思議そうな顔をして振り返った。

「なんのこと?」

「はあ、やっぱり覚えてないよねえ」

「…?」

「いいよ、覚えてないなら。無理に思い出させることもないさ」

「そうなんだ?」

「うん。っていうかさ、早く契約してよ。そろそろ心優しい僕だってしびれをきらして君の前から消えちゃうかもよ~?」

「え? スノウ、いなくなるのは嫌だ」

「じゃあ契約してよ」

「なんの?」

「また、そこから説明しなきゃだめ?」

「また…?」

「はあ、まあいいよ。また今度でも」

 スノウは後ろを振り向いてそう言った。

 スノウの見ている方向からホワイトが歩いてきた。

「おはよう」

「ホワイト! 起きたんだね。良かった。痛いところ、ない?」

 魔王が心配そうにホワイトにそう言った。

「うん。大丈夫。心配してくれて、ありがとう」

 ホワイトがそう言うと、こんこん、と扉をたたく音が聞こえた。

「だれ?」

 魔王が、扉を開けた。そこには、少年が立っていた。

「ルキ…?」

 ホワイトは不思議そうにそう言った。確か、塔でルキの分身のようなものに会った気がする。けれど、そのあとの記憶がない。

「ん? 誰だ君は。ああ、裏切り者だっけ?」

「裏切り者?」

「まあいいや、殺そ」

 気だるげにそう言って、ルキは手を振り上げた。手の中に禍々まがまがしい光が現れる。そして、それをこちらへ放とうとする。しかし、スノウがホワイトの前に進み出て素早く結界を張った。

「…何? 殺されたいの? せっかく生かしてあげようと思ったのに」

 ルキが少し低い声でそう言った。

「おまえがホワイトを殺そうとするなら話は別だ。お前こそ僕に殺されたいのか?」

「ふうん。その子、大切なの? 俺ってさ、大切だって言われているものを壊したくなっちゃうんだよね」

 にんまりとほほ笑んでルキはそう言った。

「ああ、大切だ。だってホワイトは__の__だからな」

 ところどころ、聞こえなかった。どうしてだろう?

「ふうん。じゃあ壊そう」

 ニィッとぞっとするような笑みを浮かべたルキはそう言って、ホワイトに向けて禍々しい光を放つ物体をぶつけた。はずだった。しかし、それはスノウの結界にぶつかる前に、魔王によってはじかれていた。

「魔王…?」

「…。わから、ない」

 魔王は不思議そうに首をかしげてそう言った。

「…お前はいつも俺の邪魔をするよな。そろそろ殺したい」

 殺意のみなぎった低い声でルキはそう言った。

「…いつも?」

「ああ、また忘れたのか。本っ当に腹立つ。これからお前の過去全部言って無理やりにでも、思い出させてやろうか?」

「やめろ。思い出させたら今度は封印程度じゃ済ませないぞ」

 スノウは少年の姿なのに、いつもの穏やかな声色とは全く正反対の低く恐ろしい声でそう言った。ルキは、はっとスノウの方を見た。スノウはいつも通りにこにこと穏やかな笑みを浮かべている。

「…わかったよ。別にお前に負けそうだから帰るわけじゃない。本来の目的がお前らじゃないだけだ」

「ふうん。じゃあ、本来の目的は?」

「お前らにそれは関係ない」

「塔の事だろ?」

「…なぜ知っている? お前らが何かしたのか?」

「さあ? 教えてあげな~い」

 スノウはそう言って、ぷいっとそっぽをむいた。

「くっ、本当にお前らそろいもそろって腹立つ性格しているよな。早く教えろよ」

「え~? どうしよっかなあ」

「ふざけやがって」

「やっぱ教えてあげな~い。自分で答えを見つければいいと思う~」

「はあ。時間無駄にした。今度力が戻ったらお前ら絶対殺す」

 ルキは少し怒ったようにそう言った。

「ふふっ。その時はまた君のことを封印してあげよう」

「今度こそ封印されるものか」

 二度も大切なものを奪われてたまるか、とルキは心の中で付け足した。

「…わから、ない」

 魔王が、頭を抱えてそう言った。

「何が分からないの?」

「思い出せない」

「思い出さなくていいよ。魔王は、今のままでいいんだよ」

 スノウは優しく魔王にそう語りかけた。

「でも…」

 思い出せ。あの過去を! 誰かがそう叫んでいた。魔王はどうしても、何かを思い出さなくてはならない気がした。けれど、思い出せない。

「あ」

 ルキは思い出したようにそうつぶやいた。

「魔王シド。一回、氷城に帰ってみろ。そうすれば全てわかる」

「…氷城に? あの、何もないところに?」

「何もないと思っていたところに意外な真実が隠されている。俺から言えるのはそれだけだ。借りは返した」

「真実? 借り?」

 全くよくわかっていない様子で魔王はそう言った。

「じゃあな」

 そう言うと、ルキは跡形もなくその場から消えた。

「なんの、ことなんだろう」

「とりあえず、帰ってみればいいんじゃない? わからないけど」

 ホワイトはそう言った。

「スノウはどう思う?」

「僕は君たちについていくよ」

「そうなんだ。じゃあ、戻ろう」

 そう言って、魔王は歩きだした。その後ろにスノウやホワイト、クランベルや棺もついていった。

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