第3話 選択

最後の対話は少し日が空いて一週間後であった。

最後の対話まで日が空いたからとて、何もしなくていいわけではない。きちんと課題が出されていた。


課題と聞いて専門書か、ビジネス的な要素が強いマッチョイズム溢れる成功体験本かと思いきや、古典文学を読んだ読書感想文であった。


森鴎外、ドストエフスキー、カフカから1人を選択する。

正直、これらの作家達に共通項はあまり見出だせなかったが、久し振りの読書感想文だったので、文学青年だったあの頃に戻り、予想よりも楽しくこなすことができた。


一週間後、Aはいつもより早く家を出て本社10階のあの部屋に向かった。

今日対話予定の背の高い方か、メガネのどちらかに彼らの読書感想を聞いてみたいと思ったのだった。


Aは今までは世間話をする余裕もなかったのだが、まだ2回しか会ったことのない2人に、自分が読んだ本の感想を聞いてみたいと思えたことに驚いた。


そして、10階のあの部屋のドアを開けると、2人は既に定位置についており、余計な話はしないという堅い決意を全身から放っていた。


気を取り直して、勝手に独り言として感想をぼやいてみようと思い、森鴎外の「堺事件」の方が「阿部一族」よりもどこが面白いのかを話そうとしたが、

背の高い方からぴしゃりと「後で聴きます。」と言われシュンとなってしまった。


定刻になり背の高い方が

「あなたのプログラムの回復については、2種類のコースを選ぶことができます。

まずはAコース。

簡単に表現すると通常一般コースになります。

こちらはあなたがお休みをされた部署から異動してもらい、あなたの内面的な価値観や人間性に合っている人間を上司とし、同様の価値観を持ったチームに入ってもらいます。

私たちの計算では、9割以上の確率であなたの病床は回復し、不安は解消されこれまで通りの日々に戻ることができます。


続いて、Bコースです。

チャレンジコースになります。こちらもあなたの適正を分析し、私たちが投資するベンチャー企業に行ってもらいます。この会社は成功するかはわかりません。ただし、成功を目指せる環境を私たちが整えます。


Aは、自らの心に確認している。

確かに以前のような倦怠感、やるせなさ、同期への劣等感から来るネガティブマインドはかなり小さくなっている。

安定を目の前にして、今さらBコースを選ぶ合理的な理由はない。でも、何かがひっかかる。

Aコースだとこれまでの日々に戻ることができる。

戻ることができるだと?

おれは主体的に選び取ったわけではない。 

それを今まで通りになれば幸せだろ。と他者から決めつけられている気がしてきた。

ただ、おれには家族がいる。子供は今高校受験だ。

おれは子供が迷ったら何と言ってきたのか。


ふと顔を上げると、部屋の置くすみの窓のしたにテーブルが置いてあり、Aコース、Bコースと書かれた箱が置いてある。


部屋は言葉の存在を忘れたかのように静まり返ってため、メガネのキーボードを叩く音だけが誇張されて聴こえている。


続きます。次回で最終回です。










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