春の風


 春の風が柔らかく吹く放課後、私はグラウンド脇のベンチに座っていた。部活が終わったばかりで、少し息が上がっている。周囲では後輩たちが元気に片付けをしているが、私はただ、そこに座って彼が来るのを待っていた。


 「お疲れ」


 低い声がすぐ隣から聞こえる。驚いて顔を上げると、そこには佐倉先輩が立っていた。


 「お疲れさまです、先輩」


 「今日の練習、結構きつかったな」


 「はい……最後のメニュー、先輩の組に入ったら、もう足が動かなくなるかと思いました」


 「はは、でもお前、最後までついてきたじゃん。根性あるな」


 そう言って、先輩は私の頭を軽くポンと叩いた。突然のことに、心臓が跳ねる。


 佐倉先輩は私の一つ上の先輩で、部のエース。普段はちょっとぶっきらぼうだけど、後輩の面倒見がよく、誰からも慕われている。私は、そんな先輩に密かに憧れていた。


 「そういえば、お前、もうすぐ大会だろ?」


 「はい……でも、正直、自信ないです」


 「なんで?」


 「先輩みたいに強くないし……」


 「そりゃそうだろ。俺だって、一年のときはボロボロだったし」


 先輩は笑いながら、ふっと遠くを見た。


 「でもさ、俺、最近気づいたんだよ」


 「何にですか?」


 「お前、俺が一年の頃より、ずっと強いぞ」


 思わず、息をのむ。


 「そんな……」


 「いや、マジで。お前、負けず嫌いだし、練習も手を抜かないしな。たぶん、お前が本気出せば、俺にも勝てるんじゃね?」


 「それはないです!」


 慌てて否定すると、先輩はクスッと笑った。


 「まあ、今すぐは無理でも、来年にはわからないぞ」


 「……そうなれるように頑張ります」


 「おう、期待してる」


 その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。


 「じゃあ、そろそろ帰るか」


 「はい」


 ベンチから立ち上がり、並んで歩き出す。


 「あの、先輩」


 「ん?」


 「私、来年も先輩と試合したいです」


 「……そっか」


 先輩は少し黙った後、ふっと笑った。


 「じゃあ、お前が強くなるまで、俺もここにいないとな」


 「え?」


 「俺、大学進学は地元にするつもりなんだよ。だから、もしお前が本気で強くなったら――俺が相手してやる」


 驚きと嬉しさが入り混じって、胸がいっぱいになる。


 「……約束ですよ?」


 「おう、約束な」


 佐倉先輩は軽く拳を差し出す。私はそれにそっと拳を合わせた。


 風が春の香りを運んでくる。先輩の隣にいられる時間が、少しだけ延びた気がして、私は小さく微笑んだ。


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