月夜の約束
ヨーロッパの片隅にある小さな国、エルフォルド王国。その王女である私、アメリア・フォン・エルフォルドは、今、異国の城のバルコニーに立っていた。
「……思ったより静かな国ですね」
月明かりに照らされた庭園を見下ろしながら呟く。ここはリューベン王国。私の国とは長年同盟関係にあるが、正式な外交はあまりなかった。そんな国へ、私は政略結婚のために訪れていた。
エルフォルドは資源が乏しく、軍事力も強くない。しかし、文化や学問に優れた国であり、王族の教養はどの国よりも重んじられている。一方で、リューベン王国は広大な領土を持ち、強い騎士団を擁する大国。両国の関係をより深めるため、私とリューベンの王子が婚姻を結ぶことが決まった。
しかし、それは私が望んだものではなかった。
「今夜は特別だからな」
背後から低く響く声。振り向くと、そこにはこの国の王子――リュカ・フォン・リューベンが立っていた。
「特別?」
「異国の王女が初めてこの地を踏んだのだから」
金色の髪に碧い瞳。長身で整った顔立ちを持ち、剣技に優れるこの国の誇りとも言える王子。しかし、その表情はどこか冷たく、感情を悟らせない雰囲気があった。
「あなたは、この結婚に納得しているのですか?」
ストレートな問いかけに、彼は少し驚いたように眉を上げた。
「納得するしかない、というのが正直なところだ」
「正直ですね」
「無理に美しい言葉を並べても仕方がない。お前も同じだろう?」
私は黙って空を見上げる。
「……私の気持ちは関係ありません。国のために決まったことですから」
「それは、お前自身の言葉か?」
私は答えられなかった。この結婚が決まったとき、私は父にただ一言、「わかりました」と答えた。それ以外に選択肢はなかったからだ。
リュカは静かに私を見つめた後、バルコニーの欄干に手を置き、ふっと微笑んだ。
「では、ひとつだけ教えよう」
「何を?」
「俺は、形式だけの結婚なんて退屈だと思っている」
「……どういう意味?」
「お前が俺を知ろうとするなら、俺もお前を知る努力をする。それが俺の流儀だ」
予想外の言葉に、胸が少しだけ高鳴るのを感じた。
「では、まずはあなたの好きなものを教えてください」
「好きなもの?」
「あなたを知る努力をしてみます」
リュカはふっと笑い、夜空を見上げた。
「月が好きだ。国に関係なく、誰の上にも平等に輝くからな」
「……私も、好きです」
意外にも、共通点があることに驚いた。リュカは微かに笑い、こちらを見つめた。
「では、ひとつ約束しよう」
「約束?」
「もし、お前がこの国で居場所を見つけられなかったら――俺が作る」
彼の碧い瞳が、まっすぐ私を捉える。
「俺は、この国の王子だ。お前を守ることぐらい、できる」
その言葉に、今まで張り詰めていた心が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
政略結婚――ただの義務だと思っていたこの婚姻が、もしかしたら違うものに変わるかもしれない。
冷たい夜風が吹いたが、不思議と寒くはなかった。
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