第24話
「よー、終わったかあ?」
決を取った直後、備品倉庫を映していたモニター画面が激怒の眼光に切り替わった。
「ネモヤ…待ってましたね?」
「そろそろ健康を考える年頃なんでね。
ストレスは避けてえさ。
俺ぁモムビマと違って空想の世界は苦手なんだ」
「わっちとて行き先くらい選びたかったわ!」
避けたいと言ってみせたネモヤだが、めんどくさい理屈屋の彼は元々モムビマと同じ穴の狢だった。
すなわち、ズヨカオとは仇敵の間柄である。
しかも男。
ズヨカオは存分に憎める相手の登場で無自覚な安堵を抱き、さらに強い安堵を求め飛びついた。
「ハッ、これはこれはキモオタ君。
その様子じゃ相変わらず科学だの統計だのという空想にしがみついているようだねえ。
少しは価値観をアップデートしたらどうだ?
キモオタ君にはわからんだろうが、フェミニズムへのアップデートを済ませぬ限り魔界は救われないのだから」
「ヒャハハハハッ!
相変わらずいいネタ持ってるなおい!
危ねえからアップデートしろはウイルスの常套句だぜえ?
ウイルスの自覚がねえのもまんまだ!
頼むから常識をインストールしてくれや!」
「口答えするな気持ちの悪い!!
お前みたいな奴が多様性を尊重しないからいつまでも女性蔑視がなくならないんだ!!」
「多様の尊重ってのはな、本質的に間違いなんだよ(図②)。
良くて誤差の妥協、悪くてゴミ山だ。
正解の尊重 多様の尊重
1+1=2⭕ 1+1=2⭕
1+1=3❌ 1+1=3⭕
1+1=4❌ 1+1=4⭕
1+1=5❌ 1+1=5⭕
︙ ︙
図②
正解とか最適解とか真理ってもんがだいたいにおいて一つである以上、多様はそれ以外の無限になる。
要するにテメーが言ってんのは
『俺様が間違ってても正しいって事にしろやボケが!』って事さ。
ガキ育ててんじゃねえんだ、ンなもん付き合ってられっか」
「そうじゃのう、クヴォジもやたら多様多様うるさかったが、あれも間違いを自覚する故であろう」
「あーキモイキモイ!!
多様の何が悪い!?
病気や環境変化に対応するための生物的多様性が重要であるように、社会も多様性が重要なんだ!!
正解より多様を取れ!!」
「全然違ぇよ。
生物的多様性は様々な問題への正解の探求だ。
解けなきゃ生き残れない別々の問題に別々で正解してきた集団で、言わば正しい多様だ。
テメーみたいななんでもありの保育園と一緒にすんな(図③)。
正しい多様 保育園
1+1=2⭕ 1+1=田⭕
2✕3=6⭕ 2✕3=たくさん⭕
鸚哥=インコ⭕ 鸚哥=ウンコ!⭕
栴檀は… 栴檀は…
双葉より芳し⭕ あばばぁー!⭕
図③
オレらは魔界の問題に答えてんだから魔界の正解を探さなきゃいけねえの。
嫌なら出しゃばんな。
っと…もうクビになったんだった。
良かったじゃねえか。
これからはいくらでもお気持ちを尊重してもらえるぞ。
低所得者の仲間入りするんだ、さぞ同志に囲まれる事だろうぜ」
「クッ…どういうつもりだ!?
ここ数百年静かだったのに、なぜここにきて突然刃向かう!?
ワタシに論破され諦めていたはずだ!!」
「餞別だよ。
反省の時間に役立つ教材のプレゼントさ。
おまけだ、何で俺が黙ってたかも教えとくわ。
理屈屋が黙る時はな、理屈が通じねえ時よ。
論を情で破る事を論破だと思ってる奴とは論理的会話が成り立たねえからよ。
噛みたい気持ちでキャンキャン噛みつく以外できねえ狂犬が相手なんだぜ?
そりゃ諦めるって」
「ハンッ!!
要するに非モテの負け惜しみか」
「テメーに嫌われるのが非モテなら、モテはテメーに好かれる事か。
すると…おいおいなんてこった、狂犬が男を胃袋に納めようとするのは愛情表現だったのかよ?
せめて悪意であってほしかったぜ…余計に狂気が強まっちまった。
そんな狂った気持ちの犬は殺処分も止むなしだあな。
野に放って済ますなんてとんでもねえ温情だ。
娘に感謝しな」
「ギィィィイーーークソオス死ね!!
ワタシの気持ちは絶対に踏みにじってはならぬ神が定めし絶対の権利!!
つまりワタシは神と一体化した神!!
神に背く愚か者めが!!
天罰を楽しみにしておけ!!」
「ヒャハハッなんだそりゃ!
はぁーあ馬鹿らし。
そうだな、テメーには神がよぉーく似合ってるよ。
せいぜい愛されてくれや」
「ネモヤ」
魔王が窘めた。
論争に持ち込む理屈屋の悪い癖が出ている。
「おっ…と、つい。
報告だ。
基地の武装解除は完了してる。
今回は爆撃されねえから安心してくれ。
城にも城下街にも現状不審な点は無い」
ネモヤの映像は行きに乗っていた飛行司令部をバックにPCから送られてきている。
陽が沈みきり照明に頼る夜の基地は昼より明るく、他には輸送されてきた兵士の巡回で行き交う姿がチラホラ見えた。
「わかりました。
兵を10名ほど寄越してください。
ズヨカオを城下のアパートへ連行します」
魔王の言葉を聞いたズヨカオは今日一番の怒りを見せた。
魔候を罷免されたところで定例会議のような面倒な行事が消えるだけで、キラキラした贅沢三昧はこれまで通り続けられる…。
自分でそう決めていたのにアパート行きを決めつけられるのは不合理極まる奇襲であった。
「どういう事だ!?
ワタシの城はどうなる!?」
「あなたの城ではなくなりますね。
クビなので。
私のポケットマネーで家具付きアパートを半年借りてありますから今後はそちらへどうぞ。
銀行口座ほか魔候としての財産もろもろ没収ですので、この機会に社会経験を積んでください」
許せなかった。
本来最も魔界を統べるにふさわしい自立した立派な女性である自分を、事もあろうにアパート送りにしようなどと。
まずアパートという響きがよくない。
キラキラしてない。
アパートメントハウス?
駄目だ。
キャッスルでなくては駄目だ。
「いい加減にしろよ!!
どこまで女性に暴力を振るえば気がすむんだ!!」
「あなた。
暴力の意味を」
「乱暴な力。
無法な力」
「ズヨカオ、女に暴力を振るってきたのはあなたです。
なんでもかんでもうるさい黙れで押し通る、物理も論理も魔理(注∶地球における倫理)も無い乱暴な無法のツケを払う時がきた。
ただそれだけの事です」
ルールを知らぬ者にはボクシングの試合も暴力に見える。
ルールを知らぬ者には歩が斜めに動いても将棋に見える。
論理を知らぬ自由なズヨカオは、暴力に抗すべく女性の権利を行使した。
「うぐっ!?」
「かっ、あっ、ぐあああっ…!」
ネモヤと秘書が苦しみだした。
頭を抱えてうめき、身悶えている。
体調を崩した程度の反応ではありえなかった。
「な…何事ですか!?」
魔王が秘書に問う。
珍しく上擦っていた。
秘書の苦しみは魔王も淡々としていられぬほどの異常事態だ。
数で圧倒される戦場においてすら余裕でいた秘書だが、今はひたすら苦悶し、魔王へ振り向く気力も無い。
頭を抱え身を屈めたまま答えた。
「わからない…ただ、急に脳を搾り上げられてるような…。
これは…ちょっとキツいな…!
悪いけど、僕の事は戦力に数えないでくれ。
くっ…耐えるのがやっとだ…」
そう言うと、フラフラ壁際まで歩き、座り込んだ。
吹雪や砂嵐をやり過ごすようにじっとしている。
それを見たズヨカオが忌々しげに呟く。
「ハンッ!!
恐ろしい化け物だな。
女性の気持ちをそうも無視していられるとは、典型的クソオス仕草だ」
「ズヨカオ、あなたは何を…」
魔王が問いかけた時、ネモヤの背後で飛行司令部が爆発した。
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