第10話


ホテル近辺を警備していた者たちにとって、それは天地の崩壊にも等しい出来事だった。

爆発のエネルギーを伝える衝撃波が周辺ビルを、路面を砕き、窓という窓を割り、鼓膜を瞬時に貫いた。

最も近くに居た警備員たちは大地の引力をほぼ無視して飛ばされ、当たったコンクリを奇抜に彩るオブジェと化した。

その中心に立っていたはずのホテルは、異次元へ連れ去られたかの如く土台ごと消滅していた。


10分後。

ホテルから1km離れた私有地の芝生が蝶番でひっくり返り、中から階段が現れた。

「…出ても大丈夫そうです。

先代の仕込みに感謝ですね」

にょこっと頭だけ出して周囲の確認を済ませた魔王が芝を踏む。

ジォガヘュ、イヴァナカカ、クガ、秘書の4名が後に続いた。

「地下のシェルターに地下の秘密通路!!

ひょーっ!!

めっちゃ主人公してませんオレたち!?」

先代…二代目魔王はホテルの地下深くにシェルターを、その先に脱出口を建設させていた。

魔王一行は、念の為従業員全員と共にシェルター入りしていたおかげで消滅を免れたのだった。

「エンディングで復活するタイプの敵じゃないのか」

魔王を横目で見つつイヴァナカカが返す。

同行を最終的に決断したのは自分でも、爆殺未遂事件に巻き込まれたとなれば嫌味を言わずにはいられなかった。

魔王は無視して携帯端末を操作する。

「ネモヤ。

状況は?」

音量最大に設定されたスピーカーはチンピラのぼやきを全員に届けた。

「15分前に爆撃機が飛んだと思ったらそのままズドンだ。

一応最大限の妨害はかけてるし後続は無いが…他所の庭だからって遠慮しすぎなんじゃねえのか?」

素直に軍事占領しておいたほうがよかったんじゃないか、という意味である。

「対等な話し合いのためには仕方ありません。

ただ、私の落ち度は認めます。

正を誤とし誤を正とする異次元の話し合いが望みなのは先刻承知でしたが、自領を爆撃してでも始めたいほどとは読めなかった」

悔しさをにじませる魔王の横顔をオレンジ色の閃光が染める。

爆発だ。

火薬の爆発、電子機器のショートの爆発、燃料の爆発、燃え移った建物の炎…様々な光が遠くの夜空を塗り替えていく。

誰の目にも、ジォガヘュ以外平和しか知らぬ世代の一行にも明らかな戦闘の光であった。

直後、端末に別の通信が割り込む。

「ムバだ。

陸戦型自律ドローンによる拉致事件が乱発してる。

ドローンは軍事用。

警察の火力では対応しきれてない。

一騎当千の応援求む」

「サンシンとモムビマは待機を解除。

ドローンその他敵対勢力の掃討にあたってください。

ムバジャー、もう少し詳しく」

「眠い腹へった」

「拉致について詳しく」

「無差別。

警察官も連れてく」

現場で警察の情報を元に動くムバジャーは全体を掴みきれない。

ネモヤが説明を引き継いだ。

「確認した…ドローンは城周辺の搬出口8つから出てる。

が、入っていく穴は1つだ。

見せる相手を最小限にしたいもんが中にあるんだろうよ」

「もっと早く教えてください」

「だから遠慮しすぎだと…!

むこうにだってジャマーくらいあンだぞおい!

くそが…終わったら奴らのサイバー担当引き抜かせろ!

ぶん殴るから!

殺すなよ!」

「死にに来ない事を祈ってください。

ムバジャーはドローンの帰還口で待ち伏せし、ドローンが現れ次第対処を。

可能なら帰還口を潰してもいい」

「ん」

ムバジャーが最短の返事をした時、私有地の外にパトカーが止まった。

「足だ。

健康に気を使ってる場合じゃねえだろ」


ネモヤの指示で駆けつけたパトカーに乗り込む魔王一行。

行き先は当然クヴォジの城である。

魔王へ弓引く反逆者をこれからどうするかは語るまでもなく、その過程が極めて不健康な殺し合いになる事もまた誰も語らなかった。

「あの…これ、オレはお役に立てないやつじゃ〜ないっスかね…。

帰っていいっスか?」

誰も語らないので、クガは嫌々確認する。

イヴァナカカは胸の内でガッツポーズした。

待ってました!と喝采をあげたいくらいだった。

部下を気遣う形で逃げられるこの時をうずうずしながら待っていたのだ。

「もっともな意見だな!

我としても補佐を失うのは手痛い!

彼を護らねばならんし、後方に退かせてもらおう!」

後部座席で2名が言うと、隣の魔王がにこやかな笑みで応える。

「活躍を期待していますよ」

仕事への期待は、今どきの若者2名にとって殺意同然だった。



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