第8話
政務次官の執務室は地下1階。
露骨なまでにわかりやすく立場を現す配置だ。
「失礼します」
魔王の声とともに執務室の扉が開く。
中は机と応接ソファを除き一面本と棚だらけだった。
棚にはアナログにせざるを得ない重要書類が整理整頓されている。
通常、悪魔であれば多少なりとも見栄を張る事を良しとするものだが、この部屋にはそれが無い。
仕事をするために使う仕事用の部屋であり、使う悪魔の性格が容易に見て取れた。
「初めまして、厚生労働政務次官のカイフシアです。
本当にこんな所までお越しいただけるとは、嬉しいやら申し訳ないやら…」
その部屋主は恐縮しきって挨拶した。
魔王が下っ端と個別で面談するなど異例中の異例なのだ。
意図も流れも掴みようのない仕事であり、カイフシアはその長身を折らずに立たせているだけでも苦しそうだった。
「こちらがお願いする側なのですから当然です。
先に紹介しておきましょう。
こちら魔侯のジォガヘュ。
イヴァナカカ。
イヴァナカカの部下のクガ。
最後に私の秘書です」
「あっどうも、よろしく」
「特にこのイヴァナカカは魔侯なりたての若手ですから、他領での振る舞い方など至らぬ部分があればどんどん教えてやってください」
「あ、は、はあ、了解しました…」
カイフシアはとりあえず流れに逆らわぬよう苦しいクロールを続けた。
一方イヴァナカカはご立腹だった。
そもそも会談に同行させられた事自体意味不明なのに、今また謎の下っ端に謎の紹介をされたのだ。
乳が大きいからって嫌がらせしてるのか、くらいにしか思えなかった。
「あ、すみません、どうぞそちらお掛けください」
カイフシアがソファを示す。
ジォガヘュが真ん中に陣取ったら家族写真のように詰めなければ収まりそうにない。
魔王はやんわり避けた。
「大してお時間は取らせませんので、このままで」
「わかりました。
それでその…魔王様。
本日はどういったご用件で…?
自分で言うのも悲しいんですが、私はただの使いっ走りですよ。
魔侯様どころか大臣の足元にも及ばない地下の若造です」
「若造だからこそあなたに話を聞きたいのです。
甘い汁を吸い上げる立場にない地下暮らしの視点が欲しい。
この領地がどのような状態なのか、あなたの分析を聞かせてください」
「領地の分析ですか…」
カイフシアの眼鏡が初めて困惑以外の光を反射しはじめた。
政治関係者として言いたい事はいくらでもあるのだ。
普段なら片時も休ませられぬ自制心を過労死から救えるチャンスであり、カイフシアは無意識に飛びついていた。
「先細りは目に見えています。
末期的な少子高齢化な上、それを奨励していますから…。
この地ではお年寄りが絶対なんです。
若者はその奴隷。
若者支援の案を何度も提出しましたけど、全部表紙を見た時点でボツです。
お前は老魔差別する気か!って…」
「LGBTQについては?」
「強いけどお年寄りほどじゃないですね。
若い同性愛者とキャバクラ通いのお爺ちゃんならお爺ちゃんに優先権がある感じで。
もちろんLGBTQのお爺ちゃんなら別格です。
魔侯様とか」
「あの女好きがなあ…」
ジォガヘュが呟く。
何度も何度も繰り返し潰した苦虫が口いっぱいに詰まってる顔だ。
「民衆の反応はどうですか?」
「…ちょっと…こんな事言うのもどうかと思うんですけど、なんのために働いてるのかわからなくなります。
領民も大半お年寄りで、苦しい苦しいって言って、でも若者支援は嫌で、また苦しい苦しいって…。
大臣たちも同じです。
どうも私が魔法使いになって何も無い所から色々出さなきゃいけないみたいなんですよね」
「もし自由に改革してよい、となったらどうします?」
「それは…その、子…いえ、なんでもありません。
お答えできません…」
カイフシアが自制心に鞭打って口を閉じさせた。
いくらなんでも魔王のような空前絶後の差別発言をするのはためらわれた。
しかし表に出せない改革案がある、というだけでも魔王を喜ばせるには充分だった。
「参考になりました。
ありがとうございます。
あともう一つ。
あなたはクヴォジの親類だとか?」
「あっはい、八代下のですけど」
「配信をご覧になっていたら今更ですが…議論が難航してまして。
彼についても何かあれば教えてほしいのです」
「申し訳ありません、魔侯様だな〜としか…。
仕事は当然として、家関係でもお会いした事は無いです。
色んな意味で、地下の私に窺い知れる方ではありません」
「そうですか。
イヴァナカカ、せっかくですからあなたからも何か質問してはどうです?」
「へっ」
謎の下っ端への謎の紹介に続き謎のトーク指定。
イヴァナカカには全く理解不能だった。
他領の初対面の下っ端に質問なんかあるわけないのだ。
そうして困惑していると、魔王からようやく意図が説明された。
「コネを作っておきなさい。
いくらあっても困りませんから。
今後も魔侯をやっていくならこの出会いに感謝する日が来るかもです。
可能性を大事にしなさい」
説明されたが、無いものは出ない。
どうにか創造しなければならなかった。
「ごっご趣味は!?」
結果、お節介おばさんが仕組んだお見合いのような…いや、それそのもののぎこちない会話が始まった。
「あっえっと、映画鑑賞…ですね!
サンシン監督作なんか特に…」
お節介おばさんが参加したげに疼いた。
しかし耐えた。
「あとは…あとは…」
早くも弾切れをおこすイヴァナカカ。
一発一発その場で手作りしているのだから無理もない。
焦った末、本能的マウンティングに頼ってしまう。
「バストサイズは!?」
「ええっ!?
113です、けど…」
「ひゃひゃひゃひゃくじゅうさん!!!」
イヴァナカカは崩れおちそうになった。
マウントを取りにいった心が乳に跳ね飛ばされたのだ。
最大の自慢だった100の大台が、俄然ただの荷物に思えてくる。
「あっ、イヴァナカカ様も大きいですよね!
いい下着があったらお互い情報交換しませんか!?」
無邪気な仲間意識による駄目押し。
完敗だった。
大悪魔としても巨乳としても…。
「引き合わせた甲斐がありましたね。
さて、そろそろ失礼します」
にこにこで退出を宣言する魔王。
イヴァナカカも後に続くと、両乳が『大丈夫だよ』とでも言うように揺れた。
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