第7話


会議室を出てすぐ魔王はネットの反応を確認した。

そこに魔王の味方はほぼ存在しなかった。

近代悪魔の判断基準全てにおいて魔王は落第だった。

第1に、魔王はムカつくから間違っていた。

第2に、魔王は嫌われていいね数が少ないから間違っていた。

第3に、魔王は話が長いから間違っていた。

アンチスレはこの1時間でパート18まで進み、MNS(魔界ネットワーキングサービス)にはありとあらゆる語彙を尽くしての罵詈雑言が渦巻いている。

魔王が語った持論の欠陥や誤謬を突く反論は、失くした結婚指輪のようにゴミ山に埋もれていた。

その現実に直面した魔王は…

「ププッ、プフーフッ」

自分が淫語を連発するAI生成動画を愉しんでいた。

横を歩くイヴァナカカは引いている。

「よくそんな気分になれるものだな…我なら死を選ぶかもしれん」

「あなたについても沢山書き込みがありますよ。

『こいつら何も喋らなかったw』

『この魔王ぼっちだからって置物持ち歩きすぎだろ』

『僕もイヴたん顔に置きたいです』

『イヴ様のコップにチンポ合成したらチンポ大好きイヴ様になるんじゃね?』

『イヴ様の太腿で2発出た』」

「変なのばかり読むな!」

「ふふふ…次の会談では発言を期待していますよ」

次の。

本当にまだやる気なのか。

その意思を伝えられただけで苛立った。

会談中無心に水を眺めて過ごしたイヴァナカカは、クヴォジの意見に賛同こそしていないが…というか、聞いてなかったし考えたくないので賛同しようもないが、魔王側が間違いである事はわかっていた。

長くてウザくてムカついて、上から目線の偏見で決めつけるから間違っている魔王が、身の程知らずにも話を続けようと言うのだ。

もういいだろうに。

魔王が間違いって事にすれば万事丸く収まっていいだろうに。

素直に悪者なっとけよ面倒臭い…。

そうした悪魔の義憤がイヴァナカカの内で高まっていき、魔王に挑む勇気を与えてくれた。

「魔王…貴公には優しさが足りない」

「はあ。

足りていればどうなったと?」

「あのように一方的な展開にはならず、お互い歩み寄れたろう!

そうすれば穏やかなまま妥協点に着地できたはずだ!」

「あなたは癌と妥協して肺や胃をプレゼントするんですか?」

「うっ」

「イヴァナカカ…我々は友達同士で駄弁だべりに来たのではないんですよ。

議論をしに来てるんです。

議論に優しさは不要。

百害あって一利なしのゴミです。

優しさで事実を歪める者は優しい自分という体裁を事実より優先するオナニストです。

魔界のためにというテーマなのに優しさで相手のための結論を出す者も同様。

議論より優しさプレイを優先するオナニストです。

ひいては正しい結論から続く正しい行いより今の自分を優先する裏切り者です。

議場から即刻つまみ出すべき異物です」

「うぐぐぅ…しかし現に決裂同然の結果が出てしまってるし…」

「決裂しなければいけませんでした。

『俺らが劣等感感じないのが最優先だ理由はいらねえ!』

みたいな事を言われたのですから。

まああなたの気持ちもわからんではないですよ。

どんなに穴だらけでも優しさは最良のドレスですからね。

しかしくれぐれも私の前でファッションショーを始めないでくださいよ?

つまみ出す手間が惜しいので」

「ふぎゅう…」

レバーブローのような嫌味をドレスの穴から突き入れられ、イヴァナカカの義憤は潰えた。

「とは言えどうする?

奴は折れそうにないぞ」

ジォガヘュが入ってくる。

「どうする?ってこちらが聞く立場ですよ。

あなたが1番彼と長いんですし。

さっきも一言くらい自発してくれてもよかったのでは?」

入ったところを魔王がチクチク刺した。

本音を言えばギヘカロバとて最年長の最高権力者相手に物申すなど気が引けるのだ。

自分の手など借りず最年長同士でさっさと解決しておいてほしかった、というのが正直なところである。

「わしの出る幕はないと見た。

聞きたい所はおおよそ聞けたしな。

何よりああいった老害への対処が改革の本質だろう?

老害を増やしてもどうにもなるまい。

あと本気で割り込んでほしいなら言葉をあんなギチギチに詰めんでくれ。

じじい潰れちゃう」

終始あたふたしてたとは思えぬカッコつけ方だが、どの道無いものを出せと言って出るわけもない。

魔王は小さくため息をつき、諦めた。

「尊敬する大戦期の悪魔がこんなので残念です」

その言葉を聞いた途端、ジォガヘュから飄々とした雰囲気が飛び散った。

「ぬしは大戦期の悪魔が上等だと思うか?」

「結果論ですが、少なくとも生きる方向を向いている分まともかと」

「ここは釘を刺しておかねばなるまい。

わしの見る限り、悪魔は何も変わってない。

盗み方が変わっただけだ。

わしの証言含め大戦期を参考にするのは良いが、見誤るなよ」

泥棒が最も盗みたいのは正当な所有権だ。

抵抗を無効化しつつ正面から入り、相手が死んでしまうほど奪い、あまつさえその行いを相手に肯定させるクヴォジはまさに完成された泥棒だった。

抵抗され肯定はされぬ時代があったにせよ、結局泥棒は泥棒。

敬うほどのものではないし、目指す所でもない…そう言いたいようである。


「あのー、ところでこれどこに行こうとしてるんスか?」

クガの疑問。

一行はまだクヴォジ城の中を歩いていた。

廊下も部屋も何もかも大きい50階建て高層城なので、ちょっとやそっとでは外気に触れない。

「政務次官とも会う約束をしていますので、その悪魔の執務室へ向かっています」

魔王が答えると、その小柄な体を中心に困惑が広がっていく。

「政務次官…?

トップと会って話した後にか?

なんでまた」

「新しい首が入り用でしょう?」

醤油切らしかけてたでしょう?

と同じ軽さで魔王は言った。



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