第2話 すでにバレてるけど

「す、少しだけ場所を移動しようか」


 翼が生える、尻尾が生える、巨大化する……そういった大きな変化ではないのがありがたいことだ。周りにいる他の生徒からは見えていないのでさりげなくみんなで移動し、ルーイとソアだけは事情を説明した。


「はぁ……見てわかる通り、ジアラは魔族だ。俺の知り合いでな。人間の生活を味わってみたいとか言い出したから学校に入れてみたんだが……ま、やっぱり難しいよなぁ」


 知り合い――正確には昔、自分のことを彼が助けてくれたことがあり、そこからは数年会わなかったのだが。

 先日、ジアラが魔族界から家出し、自分の家に居着いてしまったのだ。帰った方がいいとは言えるが行くところのない彼を追い出すわけにもいかず。さらにこの愛らしい見た目と魔族という“とある特性”を持つ手前、目を離すわけにもいかず。仕方なくこうしてそばにおいているが……色々難アリだ。


「すごい、ジアラは魔族なんだ! ねぇ、魔法も使えるの?」


 ルーイがジアラの頭の角や尖った耳を興味津々に見つめている。魔族は身の回りにいないわけではないが滅多に会えない珍しい存在だ。そして人間にはない魔力があり、姿を変えたり火を出したりと魔法が使える。


「あぁ、使えるぞ! でも今はもう使い果たしてしまったから寝ないと回復しないな」


「へぇ……ね、ねぇジアラ。寝るとか食べる物は、普通なの?」


 今度はソアがおどおどしながら、たずねている。初めて出会うものに対する純粋な興味というやつだ。それなら問題はないのだが。


「おー! 寝るし、人間と同じように肉も食べるぞ! でも野菜はキライだ! 人間と唯一違うのは魔法が使えることと“ニンシンができること”だと、わしの教育係が言っていたぞ!」


「お、おいジアラ、待て――」


「つまり、わしは子供が産めるのだ!」


 ジアラの発言を、ロックは止めようとしたが時すでに遅し。まだまだ世の中のことを知らない純粋な二人の顔が呆けた後、ソアのみが赤くなり、手で顔を覆ってしまった。


「こ、こら、ジアラ! そういうことを公言するなと言っただろ!」


「えー、だって恥ずかしいことじゃないぞ! 好きな人と一緒になって子供ができる、素晴らしいことだぞ!」


「デカい声で言うなっ」


 とうとうソアは耳まで真っ赤になり、そっぽを向いてしまった。その仕草で引っ込み思案だが知識深い彼が過程まで知っちゃってるんだなということを、ロックは察する。意外と大人だ、ソアは。

 一方のルーイは過程も意味もよくわからないのだろう。そうなんだすごいね、と目をキラキラさせている。

 ……これ、二人が家に帰って親御さんに聞いたら、自分は後でここの学長に怒られるパターンだ。


「と、とにかくジアラ! また後で説明はしてやるから。今は二人と打合いをするんだ。二人もジアラのことは他のやつには内緒にしてくれ。あまり大事になると危険なこともあるんだ、すまないが」


 ルーイは恥ずかしそうに指の隙間からのぞいているソアと目線を合わせ、うなずき合った。


「わかりました!」


「は、はい……大丈夫です」


 そう答えてくれ、こちらとしては一安心だ。二人も魔族が珍しい存在であるとは承知しているのだ。


「そ、そうだ、ジアラ、その頭だと目立っちゃうから、これ、あげるよ……」


 ソアは上着のポケットからニット帽を出し、ジアラの赤い髪にかぶせてくれた。帽子をかぶるというのが初めての感覚なのか、ジアラは驚いた顔をした後で尖った歯をのぞかせて笑った。


「わぁ、これ、あったかいな! ありがとうな!」


「ど、どういたしましてっ」


 何をやってもジアラは楽しそうだ。その様子を見たソアも頬を赤くしながら喜ぶ様子は、見ているこちらもほほえましくなる。


 そうこうしながら木剣をかまえ、三人は順番に打ち合いをしていく。まだかまえもできていないジアラに、二人は丁寧に教えてくれた。


(ふぅ、なんとかなったな……)


 様子を見ながらロックは肩を落とす。他の生徒達は特に異変に気づいていないようだ。この後は休憩に入るのでジアラの魔力を回復させれば、また人間に化けることはできるだろう。思ったよりも化けるのは魔力消耗するのかもしれない。


(あいつの魔力は、俺の剣術でも太刀打ちできないくらい、ホントはすごいんだけどな……)


 昔、ジアラが人間で言えば幼児と呼べる年代の頃だ。なんでもない探索に出ていた自分はヘマをしてケガを負い、巨大な魔物に襲われかけていた。そこを助けてくれたのが偶然に通りかかったジアラだった。

 幼いジアラは無邪気な顔で炎を操り、魔物を一気に消滅させた。別に助けるとか、そんな意味はなかったらしい。彼は覚えた魔法を使ってみたいという気持ちだけがあったのだ。


 魔物を一瞬にしてやっつけたジアラは大喜びしていた。呆気に取られていた自分を見るや、物珍しい顔で近づいてこようとしたのだが。

 それはスッと現れた彼の側近らしい背の高い男に阻まれ、まるで“悪いものに近づいちゃダメ”と敬遠されるように、ジアラとは会話もないまま離れることとなった。


 ロックの中にその時の記憶はずっと残っていた。あの時の小さな魔族はどうしたかなぁ……なんて。草原で空を見上げながら何気なく考えていた、つい昨日のことだ。


『お、いたいた! お前、あの時の人間だな! やっと見つけたぞ!』


  目の前に突如現れた赤を貴重とした魔族にロックは唖然とした。一瞬、何がなんだかわからなかったが、すぐにあの時、助けてくれた子供だとわかった。


『わしはジアラだ! ちょっとワケがあって家を出てきたのだが人間の世界では行く宛がない。だからお前のところにかくまってくれ! お前しかいないのだ!』


 あれは十年ぐらい前のこと。

 それなのに『よく俺がわかったな』と聞くと、ジアラは満面の笑顔で言った。


『だって、お前の匂い、好きなんだもん! わし、ずっと覚えていたぞ! 人間の世界に行ったら絶対に会いたいと思っていたんだ!』


 赤い髪の下の笑顔は、まるで太陽のように見えた。

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