第3話 手のかかる魔族

 匂いが好きだと言われたのは初めてだった。香水をつけているわけでもない。何かしら

室内に香料となる物があるわけでもないから移り香でもない。

 ……匂いって、なんだ?


 そんな疑問もむなしく、突如現れたジアラに家に押しかけられてしまい。自分は明日も仕事で剣術の教員をしているなんて話をしたら『わしも学校行く! 剣とか習ってみたい! 人間の暮らしを見てみたい!』とか言い出し。


『お前が? 無理だ! 人間の中で生活なんて!』


 そう散々拒んではみたものの、ジアラはなかなかのわがままで全く言うことを聞かず。

 結局、ジアラの望むままになってしまった、というわけだ。ちなみに幼くは見えるが『齢は百年は生きてるぞ!』と元気良く答えていたので、そこは追求をやめておいた。


「やぁ、ロック。ジアラは大丈夫そうかい?」


 ロックが打ち合いをする生徒達の様子をぼんやり眺めていると、隣に長身で軽鎧を身に着けた金髪で青い瞳の男が並んだ。

 彼はシャインという親友であり、共にこの剣術学校の教員であり兼学長だ。といっても教員は自分と彼しかいないのだが。二十七歳と同年でありながら、自分とは反対に落ち着いたイケメンだ。


「どうかなぁ。すでにルーイとソアの二人にはバレてる」


「うーん、そうか……やっぱり最初から全員に告知しておいた方が良かったんじゃないか? 子供達ばかりだ、危なくはないだろう」


 シャインの言うことにも一理はあったが、自分はそれは拒んだのだ。


「ガキどもは、まぁ安全だろうよ……だが魔族が研修生に混じると親がうるさいやつもいる。噂が広まってあいつに危険が及ぶわけにもいかない」


「ふふ、ちゃんとジアラのこと、気にかけてるんだ。あまり周囲のことに興味ない君なのに、優しいじゃないか」


「……うるさいなぁ」


 別に深いつながりがあるわけではない。なんなら数年前に助けてもらった、それだけのこと……なのだ。


「だって夢見が悪いだろ。魔族とは言え、なんの害もない子供が危険にさらされるのは……まぁ、そうは言ってもあいつは心配ないかもしれんがな、俺より強いし」


 シャインは「そうだね」とうなづく。

 そしてジアラを見つめていたと思ったら「そうかもしれないけど」と意見してきた。


「あの様子を見るに、彼はあまりに物事を知らない感じだ。強くても、あの無邪気さに浸け込まれればなんでもしてしまうよ。例えば彼のお気に入りである君に、変なことを吹き込まれたりとかしたらね」


「はっ?」


 ロックは妙なことを言い出す友人を目を細めて睨む。変なことってなんだよ、そう目で訴えるとシャインは苦笑いした。


「はは、例えばだよ、本気にしないで。いくら君でもあんな幼い見た目の子に手を出すとは思ってないって。魔族って老化が遅いんだろう。いつまでも若々しくて、うらやましいな」


 例え話なのに妙な生々しさを感じ、ロックの眉間に力が入る。つっけんどんに「知るか」と返すと、シャインは愉快そうに笑った。


「だから冗談だ、怒るなって」


「冗談でも口にすることじゃないだろ、ったく……それに俺にはあいつを養う余裕はないっつーの。早くあいつの面倒見てただろう魔族のやつが現れてくれればいいんだが」


 彼には側近がいる、それは間違いない。過去、幼い彼のそばに控える側近の姿を目にしたからだ。

 それにジアラのあの話し方から見て、ジアラはきっと人間の中で言うところの貴族だ。魔族の中で高位であり、きっと自由奔放に育てられているのだろう。それとも側近は色々知識を伝えたいのに肝心のジアラが勉強が嫌いなのかもしれない……『野菜キライ』とか言っていたし。


(困ったやつだな)


 ふと見ると。ジアラが剣を振り上げてはいるが腕が細い。魔力は強いが筋力はなさそうだ。鍛錬を積んでいるルーイ達の方が剣を振るうと腕の筋肉が盛り上がっている。

 細っこいなぁ、なんて思っていると。シャインが「まぁね」と話を進めた。


「この学校の規模からして、ロックの給料は増やしてはあげられないけど。ジアラの食費は少し手伝ってあげるよ。育ち盛りだし、たくさん食べさせてあげなきゃ」


 そう言われると耳が痛い。同年代の役職持ちの連中に比べたら自分の稼ぎは低いのだ。それでも仕事があるだけマシだ。

 ロックがため息をつくと、シャインが「ため息をつかないの」と小言を言った。


「私は君がここにいてくれて助かってるんだ、これからも頼むよ……じゃあ、私は次の鍛錬の準備をするから。ジアラは休ませてあげてくれよ。休憩室を使っていいから」


 シャインは爽やかな動作で手を上げ去っていく。自分達が会話してる間、打ち合いをしている生徒内の彼のファンがチラチラとシャインをチラ見してテンションを上げていたことを、きっと彼は知らないだろう。


(ホント、良いやつ……良いやつ過ぎだな)


 仕事のない自分に、こうして仕事を与えてくれて。一緒に剣術を子供達に教えないか、と誘われた時にはどうしようかと思ったが、今はこの生活が気に入っている。給料が低めであるのが難点だが、そこは仕方がない。シャインは貧しい子供でも剣術が磨けるように安めの月謝でやっているのだから。


(さて、そろそろ休憩にするか)


 ロックは深く息を吸い、手を鳴らした。


「よーし、みんな! 木剣を下ろせ! 休憩にするから、しっかり水分補給しておけよー!」


 はーい、と素直な返事が聞こえる中、ジアラが「えぇ、もっとやりたかったなぁ」と名残惜しそうに言っている。ロックは教室に戻る生徒達を見送りながら、さり気なくジアラに「お前はこっちだ」と促す。


「ジアラには書いてもらいたい書類があるから。ルーイとソアは先に戻っていてくれ。もしかしたら次の授業が少し遅くなるかもしれないが、シャインに言って気にせず進めててくれ」


 ルーイとソアは「わかりました」と先に戻る。書類なんてのは、もちろん嘘だ。ジアラが化けられるように魔力回復を図らなくては。

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