追放貴族と魔族の家出王子は家庭を欲す

神美

無邪気魔族は化けても無駄だが、俺が好きらしい

第1話 化けてる魔族

 しっかり人間に“化けていられる”のかが心配だ。


「じゃ、自己紹介して」


 そう笑顔で促したものの、ロックの軽鎧の内側は冷や汗をかき、内心は気が気でなかった。


 教室内が目の前に現れた新しい生徒を見て静まり返る。席に着いた研修生は十五人。年は十代前半が多く、男女半々。そこに今日から加わるのは教員である自分の横に立つ、赤い髪と赤い瞳が実に印象的な細身のかわいい顔の少年だ。


「ジコショウカイ……? おー、名前か! わしの名前はジアラだ!」


 早速やってくれた“ポカ”に、ロックの口の端がピクつく。


(わし、は使うなと言ったのに!)


 十代の子供が『わし』なんて使うわけはない。しかし、ジアラは十代ではないから仕方ないと言えば仕方ない。とりあえず流れをごまかすために話を振っておく。


「え、えーとっ! ジアラはどこの出身だ?」


「シュッシン?」


「生まれた、もしくは住んでるところだな」


「おー? それはロックの――」


「あ、あーあー! そうだったな! そう、ジアラは俺と同じグレンデ町の出だったなー! 懐かしいなー! あそこは田舎だからなー!」


 ジアラの言葉を慌てて遮る。赤い瞳が(ダメなのか?)と疑問にまばたいているが、今の事実を言われたら教員としての立場が困る。新入生にする質問を、つい彼にもしてしまう己の軽率さに冷や汗は増していく。


「と、とりあえず! みんな仲良くしてやってくれなー! あとジアラは剣術を習うのは初めてなんだ! 優しく教えてやってくれ!」


 ロックの内心には不安しかないが、赤い瞳はキラキラとして周りを見渡し、好奇心や楽しさに満ちている。紅潮した頬からもそれは伝わる。そんな楽しげな様子を見ていると(こうしてあげて良かった)と思えるのだが。彼の正体がバレるのも時間の問題か、と思うと胃が痛くなりそうだ。


 ジアラの紹介が済み、研修生の点呼を取って、それぞれに己の木剣を持たせて中庭へ集合させる。中庭と言っても草地の上。教室と言っても木造平屋に教室が二つ、他にトイレがあるくらいの小さな学舎。ここは自分と親友が営む小さな剣術学校なのだ。


「ロック先生、全員そろいました!」


 晴れた空の下、日直が再度点呼を取り、全員を整列させる。今までは十五人だったので三列五人で並んでいたが、今日からは一番前が六人になった。ジアラもキョロキョロしながら木剣を横にかまえている。


「では素振りからやるが今日はジアラもいるので、かまえから説明するぞ」


 両手剣の使い方を、己の鞘に納めたままの剣を使い、説明する。柄の握り方、剣をかまえる時の注意、足の運び。研修生は長くても数年で卒業し、どこかで仕官したり、あるいは冒険者へ転身をしたり。剣を習ってからの人生は色々だ。

 しかし、ジアラが他の子供達と同じような将来にならないことはわかっている。承知の上で自分は彼をここに連れてきたのだ。

 ジアラがそれを望んだから。


「よし、では各々素振り開始! 姿勢が悪いやつは矯正していくからなー!」


 合図と共に素振りが始まる。まだ子供が振るう剣なので風を切るまでにはいかないが、それなりに形になっている者もいる。表情はみんな真剣だ。自分にもそんな頃があったなぁなんて思いつつ、ジアラを見ると。


「わ、わ、難しいな! え? こうか?」


 剣術が初めてのジアラの振り方は全くなってはいない。切れもないし、ふにゃふにゃだ。

 けれど(楽しそうだな)とロックは感じた。


 ジアラは満面の笑顔で歯を見せて笑っている。その表情は見ているこちらも、思わず口角がゆるくなる。

 息も切らさず、ブンブンと木剣を振り回している姿は幼稚そのもの。別にジアラは剣士になるわけじゃない。剣術を教えても金にもならない。自分にとってなんの利益にもならない。

 それでも――。


(ま、いいか)


 楽しそうならいいか、そう思う。このまま何事もなく、彼が過ごせるならば、それでいい。

 一応、他の生徒達の手前なので声をかけて「こうするんだ」と指導はしておく。


「わかった、ロック! ありがとう」


「こら、学校では先生にしといてくれ」


「わかった、せんせ!」


 授業を進め、今度はチームに分かれて打ち合いをしてもらう。ジアラと組む二人は一番穏やかな性格の二人を指名させてもらった。


「ルーイ! ソア! ジアラも入れて、教えてやってくれ」


 メガネをかけた黒髪のルーイと、フワフワした赤茶色の髪色のソアが「はーい」と返事をし、ジアラを連れて離れた位置へと行く。二人は研修生の中では一番若手であり、まだ経験も浅いがとても素直な二人だ。ジアラを安心して任せておける。

 打合いが始まると木剣がぶつかる軽い音と少年達の掛け声、さらに応援する声が響く。日が当たり、自分の黒髪が日光を吸収して、あたたかくて心地良い。


(何事もなく、終わりそうだな。良かった――)


 のんきに、そんなこと思っていた時だ。


「ロック先生ーっ、ちょっといいですか!」


 離れた場所にいるルーイが木剣を持つ手とは反対の手を上げていた。一瞬にしてのんきな考えは吹き飛ぶ……嫌な予感だ。

 他の生徒達がそれぞれの打合いに夢中になっていることを確認し、ルーイ達に近づく。なぜか二人はジアラを背中に隠し、かばうように立っていた。


「え、えっとー、その、ロック先生。ジアラは……あ、あの――」


 ふんわり髪のソアが困惑した表情で視線を行来きさせている。ソアは引っ込み思案な性格だ。

 そんなソアとは反対に、しっかり者であるルーイは事態をしっかり把握した上で意見を述べることができる子だ。


「ロック先生、多分……内緒にしておいた方がいいこと、なんですよね? ジアラが“魔族”であるということは」


 突然、告げられた真実。ロックは何も言い返せず、口を開け、ポカンとしてしまう。

 いつかはバレるかな〜とは思っていた。


(こんなに早くとはな……)


 二人の後ろには赤い髪の隙間から二本の黒い角と先の尖った耳をのぞかせ、鋭い牙でニコッと笑いながら「魔力が切れてしまった!」と笑う少年がいた。

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