コンビニバイトの少女

 風が吹いた。昨日予想したように、今日は今日の風が吹いた。あれだけ心配していたチケットの問題が難なく解決してしまったのだ。缶ビールでの打ち上げは免れないだろう。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 コンビニ店員とそんな会話を交わす。会話と呼べるものではないか。

 隣のレジでは、気の弱そうな少女が立っている。猫背気味で髪が長い。頭の中に何か音楽でも流れているのか、首をごく小さく、一定のリズムで揺らしている。前髪を黒いヘアピンでとめている。コンビニの制服はあまり似合っていない。


 コンビニから出ると、俺は想像した。

 頭の中に流れている曲は、おそらく恋愛ソング。backnumberあたりか。だとすると失恋、もしくは恋でもしたのだろう。悔しいことに恋愛経験が乏しいが故に、甘酸っぱい青春の夢を見ることができない。ロックスター失格だ。


 もしかしたら。実はラッパーを目指していて、頭の中に常にビートと、言葉が溢れているかもしれない。猫背気味なのは、下から相手を殴るように睨みつけるためで、長い髪は、クラブの華やかで色とりどりのライトに照らされる中、不気味に黒光りする。今期待の若手だ。コンビニの制服が似合わないと感じたのはそれが理由なのだろう。

 では、なぜラッパーを目指したのか?これは想像と現実の大きな壁になる疑問だ。今の社会に一発、叫び倒してやりたかったから。純粋にラップが好きだから。家庭環境が劣悪で、逃げるように通い詰めた塾を抜けた先、月明かりに照らされた路地で開催されるサイファーに魅了されたから。

 社会では具体的であるほど精度が高いとされるが、こと想像においては細かければ細かいほど間違っていることが多い。この想像はもうここで区切りをつけたほうが良い。


 夏の夜に吹く風が心地いい。周りに人がいないせいで、その風を独り占めしているような優越感に浸れる。そう思って胸を張っているところを、黒猫が横切る。なんだよ、可愛いからって俺の優越感を邪魔しやがって。

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