十二月八日(塚浦正樹の日記より)
鳩時計が売れた。あいつらとはバンド結成当時からずっと飲みを交わした仲だった。俺はあいつらの音楽が好きだった。心から敬愛していた。だが、なぜか今回のシングルは、あいつらのかけらもないような、鳩時計として出した音楽とは到底思えない物だった。心底がっかりした。
が、その曲は若者の中で流行った。TikTokで流行った。クソみたいなダンスをつけられていた。亮平もヘラヘラしながらそれを踊っていた。腹が立った。
いや、それは俺の自己満足にすぎない。売れないバンドは、音楽だけで食っていくことはできない。あいつらだって相当話し合ったはずだ。何度も悩んだはずだ。それを、当事者じゃない俺がとやかくいうべきじゃない。
最近、自分が嫌いになってきた。人の批判しかしていないくせに、別に正しいわけじゃない。自分の身に合わない理想像に囚われているだけだ。嬉しいことに、こんな俺たちにもファンはいる。ついてきてくれる。だが多分、そいつらが見ている俺はこんなに性格の悪い人間じゃない。バンドのみんなは、こんな俺を信じてついてきてくれているわけじゃない。
多分、俺にはロックスターになれる資格はない。あんなのは全部妄想に過ぎなかった。途中で気がつけたはずなのに目を逸らしていた。しかし、『etc...』は俺だけの人生で構成されたものじゃない。みんなを巻き込んで成立している。今更引き返すことはできない。夢のある仕事ほど、現実を見なければいけない
あの曲を書いた亮平もこんな心境だったんだろうか。俺は最低な人間だ。
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