第32話 国家反逆の裁断

「…………っ」


 何かが頬に触れた気がして目を覚ました。

 目を開けると見慣れない天井がそこにあるので、遠夜は自分がどこかの部屋で眠っていたのだと理解した。


「――っ!?」


 理解した途端に飛び起きた。


「な、何が……ここは……!?」


 隣を見ると銀髪の美少女が少し驚いた顔でこちらを見ていた。

 一瞬天使かと思うほどで、寝起きの遠夜の頭は更にあれこれ考えてしまった。


「お、お目覚めになられたのですね。良かったです」


 少女はにっこり笑う。


「あの、えっと……アシュリーだよな」

「覚えていてくださったのですね……!」


 アシュリーは酷く感激した様子だった。


「ア、アシュリー……ここは一体……っと言うか、アルテは!?アルテはどこに……!?」

「お、落ち着いてください。アルランテ様は別室にいます。ここは王都中心部にある王の城、キュリーモアです」

「王……城?」


 そこは王都中心部の高台に聳え立つ、聖王の住む巨城キュリーモアであった。

 街にいた時からずっと視界の中に入ってはいたが、いざ自分が今そこにいると言われても実感なんて出来なかった。


「何でここに……?俺はあの後どうなって……」


 遠夜の最後の記憶では、確かルキウスが巨大な雷を行使して、それを防ごうとして。

 そうだ思い出してきた。

 確かアシュリーが突然自分の目の前に飛び出してきたのだ。記憶はそこで途切れている。


「アシュリー……君が助けてくれたのか?」

「ん〜と、そうですね。助けたと言うのでしょうか?私はただ、ルキウス様に戦いを止めるようお願いしただけなのですが」


 そんなことであの戦闘狂が素直に剣を収めるだろうか、と思う。だが現に遠夜が助かっているのも事実だし、信じる他ない。


「とにかく、助けてくれてありがとう」

「い、いえ!無事で何よりです!」


 そう言えば。

 遠夜は腹の傷を確かめるべく、いつの間にか着させられていた客服を捲り上げた。


「これは……」


 あの致命的な深手は跡形もなく消え去っている。いくらASの解放レベルを上げたからと言って、傷跡ひとつ残らないなんて。


「もしかして、この傷も君が……?」

「す、すみません!そ、そのっ、治療の為とは言え勝手にその……殿方の身体を……」


 アシュリーは真っ赤な顔でそっぽを向く。

 どうやらこの傷を治療してくれたのもアシュリーだったようだ。治癒魔術とは凄まじい効力だ。


「何から何まで……本当にありがとう」

「いえいえっ、その、こちらこそ……」


 何がこちらこそなのかはさて置き、遠夜は自身の状況について疑問に思うことが多々あった。


「なあアシュリー、俺は今、どういう状況なんだ?」


 この質問には訳がある。

 あの時遠夜は公爵に暴行を加え、グランドナイトを二人ほどぶっ飛ばし、挙句民家を幾つも破壊した、言わば犯罪者だった。

 しかし今は客服なんて着て、ふかふかのベッドの上でさっきまで寝ていたわけだ。治療までしてもらって手枷すらない。今自分の置かれている状況が遠夜には全く理解できなかった。


「……それについてなのですが、ここで詳しくお話するにはあまり時間が無くてですね、申し訳ありませんが歩きながらお話させて頂いてもよろしいですか?」


 アシュリーは宝石の様な瞳を向けてそう言った。


 アシュリーに言われるままに服を着替え、案内されるがまま城の中を歩いた。

 城の中は隅々まで凝った造形や装飾が施されていて、まるで博物館にでも来たみたいに遠夜はついあっちこっちを見物してしまう。


「なあアシュリー、今どこに向かってるんだ?」

「王の謁見の間です。アルランテ様は先に向かわれているはずです」

「謁見の間?なんでそんな場所に……」

「トーヤ様は現在国家反逆の罪に問われています」

「こっ!?」


 わかっていたことだが、改めて聞くと恐ろしい響きだ。


「それで……?」

「私が証人となり、何とか処罰を先送りにしている状況です。そしてその件についての裁儀を、これから殿下の前にて行う予定です」

「裁判ってことか……」

「着きました。こちらの部屋です」


 アシュリーが連れてきた先には重厚感のある大きな扉があった。

 扉のサイドには槍を構えた警備が二人いる。

 いきなりの展開で遠夜は思わず唾を飲んだ。

 すると隣にいたアシュリーが遠夜の手をそっと握った。


「安心してください。私が必ず、トーヤ様をお守りします。さあ参りましょう」


 アシュリーは凛とした眼差しでそう言うと、ゆっくりと目の前の扉に手を翳した。

 扉がガチャンと音を立てて開いた。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、部屋の中央最奥の玉座に腰掛ける長い白髭の男だった。

 初めて見たが、彼が聖王なのだと遠夜はすぐにわかった。

 部屋の両サイドには騎士の軍勢と高貴そうな身分の男女が幾人も立ち並んでいる。

 この異様な空気感を前に息を飲んだ。

 そんな時、


「トーヤ!」


 右サイドからアルテが声を上げた。

 さらにその隣にはアレックス、セレナ、ゲイルの三人もいる。遠夜以外の全員が手を後ろで拘束されているようだ。

 するとアレックスとセレナが身を乗り出す様に叫んだ。


「トーヤ!お前無事だったんだな!」

「ねえトーヤ、私達は無実だって説明して……!」


 しかしすぐに後ろについていた警備兵に「静かにしてろ……!」と押さえられた。

 しまった、と遠夜は思う。

 セントラルマーケットの警備依頼はアレックス達の名義で受注してある。遠夜達はその同行者という形だ。当然アレックス達が遠夜の仲間だと疑われるに決まっていた。

 そうして遠夜が額に汗を溜めたところで、隣のアシュリーがお辞儀をして言った。


「陛下、お連れ致しました」


 王は遠夜の顔を睨んだ。

 聖王はパッと見た目で六十手前のオヤジだが、何とも言い知れぬ覇気が感じられる。対峙しているだけで緊張感を植え付けてくるようだ。


「ふむ、我が名は聖王ユーロン・バロ・ユグニタス・ラブニ。お主が国家反逆を目論む主格か。名はなんと申す」


 王は渋い声で言った。

 まだ状況を整理しきれていない遠夜は思わず口を噤んでしまう。

 すると隣にいたアシュリーが「トーヤ様」と小声で声がけしたことでハッとした遠夜は、その固まった口をようやく開いた。


「ア、アケバシ・トーヤだ」

「ふむ、おかしな名だな。して、此度の件に関してだが、話は粗方聞いておる。本来罪人の処遇についてなど、わしが関わるまでもないことだが、どうやらその裁断にて意見が二分しておるらしい」


 王の気迫、とでも言うのだろうか。遠夜は今までに無いくらい異質な圧を感じていた。


「よって、お主の処遇は王であるわし自らが裁決することに決めた。法に則り考えるのならば本来貴族への暴行は即処刑であるわけだが、さてアケバシ・トーヤ……何か申し開きがあるのならば聞いてやろう」


 遠夜はまだ状況がいまいち飲み込めないが、おそらく自分の処刑についてまだ決めかねていることだけは理解出来た。

 チャンスだと思った。ここで王を説得出来れば、遠夜もアルテもアレックス達も無罪放免。旅だってまだ続けられる。

 遠夜は慎重に口を開いた。


「も、申し開きもなにも、国家反逆とか転覆とか、俺には身に覚えがない。俺はただ――」

「ふざけるでないわっ!!」


 左サイドから大声で野次が飛んだ。

 声の主は遠夜に顔面を殴り飛ばされた変態公爵だった。

 今も彼の頬は大きく腫れ上がっている。


「このわしの顔を思いっきり殴り飛ばしたのは貴様じゃろーが!忘れたとは言わせんぞこの――!」

「ホルマン様、陛下の御前です。どうか落ち着いてください」


 傍付きの男に言われ、変態公爵はぐぬぬと口を噤む。


「ふむ、おぬしは彼、ホルマン公爵の殺害を企て暴行を働いたと聞いている。何か間違いがあるのか?」


 まずい、そう思った。

 この男を殴り飛ばしたのは事実。それに実際に死んでもおかしくないぶっ飛ばし方をした気がする。


「こ、殺そうとなんてしてない。俺はただ、仲間を助けようと……」


 上手い言い訳が思い浮かばず口ごもる。

 すると冷静さを欠いた公爵に変わって、眼鏡をかけた傍付きの男が代弁する。


「陛下、恐れながら発言させていただきます。この者は公爵閣下へ暴行及び殺人未遂を働いた大罪人にございます。これは国に対する反逆であり、即刻死刑に処すべき事案であります」

「その話は事実か?」

「な、殴ったのは事実だ。でも殺すつもりなんてなかった」

「いかなる理由があれ、貴族に対する暴行は死罪に価する」

「ま、まて!暴力を振るったことについては謝罪する!でもそれは公爵が俺の仲間を奴隷にするとか言い出したから……」


 遠夜が奴隷というワードを持ち出したことで、周囲の人間達がザワついた。

 すると慌てたように公爵が騒ぎ立てた。


「な、何を戯言を!そのようなことを私が言うはずなかろう!苦し紛れの言い訳だ!」


 あの焦り様、奴隷についての話はかなり都合が悪いみたいだ。もしや突破口はここか。

 遠夜はチャンスと考えた。


「獣人を奴隷とすることは法によって固く禁じられている。お主はホルマン公爵が獣人を奴隷としていると主張するのだな?」

「ああそうだ。それにそいつは――」

「お待ちください陛下」


 またも公爵の傍付き眼鏡が出しゃばってきた。


「その者の言うことは全てデタラメです。何故なら獣人を奴隷としているのは彼本人だからです」


 再び周囲がザワついた。

 遠夜の額に汗が滲む。


「私共の調べで、その者はそこにいる獣人の女を悪しき呪具によって使役、奴隷化していることがわかっています」

「ちょっと、勝手なこと言わないで!」


 アルテが騒ぐが、王はそれを無視して、


「それは真の事実か?」


 王が遠夜の顔を睨んだ。

 遠夜は唇を噛んで押し黙る。


「答えよ。返答次第ではお主の主張は全て無に帰す」


 遠夜は答えるしかない。


「じ、事実だ。でもこれには事情が」

「ほれみたことか!そ奴は根っからの悪党!そ奴の言うことに真実など何一つない!即刻死刑に処すべきだ!」


 公爵はここぞとばかりに周囲を煽った。


「まってくれ……!俺はアルテを奴隷だなんて思ってない!彼女を盗賊から助ける際、偶然呪いが」

「戯言だ!」

「いや、」

「皆聞く耳をもつな!こいつは犯罪者だ!」

「話を聞けよ!」

「罪人の虚言にはもううんざりだ!」

「この――」


 遠夜が何かを言おうとしても、公爵の大声に邪魔をされる。

 するとそんな最中、王が空気を切るように言った。


「静まれ」


 その一言だけで公爵は黙りこくる。


「このまま埒の明かぬ答弁を繰り返しても時間の無駄だ。お主の意見を聞かせよアシュリー。この者の無罪を主張したのはもとより君だろう」

「はい、陛下」


 待っていたと言わんばかりに、アシュリーは凛とした眼差しで一歩前へ踏み出た。


「まずこの御方、トーヤ様が彼女……アルランテ様を奴隷として使役しているという誤解についてお話します」


 トーヤは何も言えず、ただ隣にいるアシュリーの顔を黙って見つめることしか出来なかった。


「アルランテ様は以前東の森の奥にて盗賊団によって身柄を拘束され、隷呪の鎖と呼ばれる特殊な呪具によって呪いをかけられていたそうです。それをトーヤ様が救出、その際に誤って隷属の呪を作動させてしまい、自らの意思とは関係なく呪いの契約を成立させてしまったのです」


 アシュリーがそう言うと、ホルマンの傍付きが眼鏡をクイッと押し上げて言った。


「お待ちください姫君……なぜその様な事情をご存知で?まさかとは思いますがその話、その男に直接聞いたわけではありますまいな?」

「そうです。彼に聞いた話です」

「はっ、まさか姫様ともあろうお方が、その様な戯言をそのまま信じたと?」

「ええ、私の天恵はご存知でしょう」

「知っておりますとも。聖女の天恵のひとつ、他者の嘘偽りを見抜く真眼……」

「でしたら」

「ですが、真眼を持たぬ我々にはその話が事実かどうか分かりかねます」

「まさかっ、私が嘘をついていると?」

「いえいえしかし、まあ、何と申し上げればよいのやら……姫君もお年頃でしょう」

「なっ――」


 周囲からくすりとした笑い声が聞こえてきた。

 アシュリーの顔が少し赤くなる。


「御歳も近い様ですし、変な気を起こされていないかと心配をしているのです」

「そのようなこと……!」

「実際、その男を庇って何になりましょう?姫様に何のメリットが?私には到底考えも及びませんな」

「そ、それは……」


 口ごもるアシュリー。

 だが、すぐに真っ直ぐな瞳に戻った。


「もう一つ、証拠があります。トーヤ様は私が呪いの解呪を申し出た際、是非そうしてくれと仰いました。実際に私は呪いの解呪を試み、呪いの緩和に成功しています。トーヤ様が本当にアルランテ様を使役したいと思っているのなら、呪いの解呪を断るはずです」

「はっ、その話も事実かどうか分かりはしない」

「呪いが弱まっているかどうかくらい、他の神官や聖騎士の方でもわかるはずです。お気になる様でしたら今ここで確かめていただいて結構ですが」

「くっ……」


 傍付き眼鏡は歯軋りして黙った。

 すると王が、


「よかろう。聖女の真眼の力はわしも良く知っておる。アシュリーの言う様に、その者が故意に奴隷を使役したわけではないとして、もう一度話を聞き直そうではないか」


 それを聞いてアシュリーはとびきりの笑顔を見せた。


「ありがとうございますお父様……!」


 それだけが広間に響いて空気を凍らせた。

 アシュリーは「あっ」と口を両手で塞いだ。

 王は目を瞑って眉をぴくぴくさせ、続けて咳払いをして話を戻した。


「してアケバシ・トーヤ。お主の先程の主張だが、確かホルマン公爵が奴隷を使役しておるという話だったな」

「……そ、そうだ。あいつ……公爵があの日、闇市のオークションで奴隷を買ってるのを見た」


 また周囲がザワついた。

 それに焦った様子のホルマン公爵が「この罪人め……!」と声を上げたその時、


「ホルマン」


 冷たく圧迫感のある声で王が公爵を睨んだ。


「今はこの者の話を聞いている最中だ。口を慎め」

「は……し、失礼を」


 公爵は怯えた様に黙り込んだ。


「続けよ」

「俺はあの日、そこにいるアレックス達と一緒に憲兵騎士団の依頼、セントラルマーケットの警備任務を受け現地に赴いていた」


 アレックス達を指さしながら言う。


「任務の最中、俺とアルテはたまたま闇市のオークション会場を見つけて潜入することにした。その時、前の席にホルマン公爵がいるのを見た。公爵は奴隷を四人ほど競り落してたよ」


 周囲がヒソヒソと声を上げる。


「それで、お主達はなにを?」

「当然俺とアルテは奴隷となった子達を助けるために奴隷商人たちと交戦、結果救出には成功した。でもそこへ公爵が現れて奴隷を無理やり連れて行こうとしたんだ。そしてそれを止めようとしたところ俺のツレ、アルテを奴隷にして拷問してやるとか何とか言い出した」


 酷い言葉の連続に周囲はどよめく。


「それで公爵に暴行を?」

「ああ。殺すつもりは無かったが、仲間を守るためには仕方なかった」

「お聞きになられましたか殿下。トーヤ様にはホルマン様に暴力を振るわざるおえない正当な理由がありました。よって私は、トーヤ様並びに他四名の無罪を主張します」


 アシュリーが真っ直ぐな瞳を王に向けて言った。

 しかしホルマンは吐き出す様な声で叫んだ。


「で、デタラメをおお!!殿下……!私は誓ってその様なことはしておりませぬ!神に!いいえ我が王に誓って、その様なことは決して!どうかこの者共の策略に惑わされぬよう!どうか……!」


 こいつよくこんな迫真の嘘がつけるな、と遠夜は思う。

 するとアシュリーはホルマンを凛とした瞳で見つめる。

 おそらく彼女の目にはその嘘が透けて見えているのだろう。

 もう一押し、何か証拠になるものがあれば。

 そうだ、と遠夜は思い出した。


「そう言えばあの時、傍付きの騎士がいたはずだ。名前は確かギード」

「ほう、他の目撃者か」

「目撃者というか、共犯者だな。公爵の指示であいつがアルテを攫おうとした。だから交戦せざるを得なかった」


 するとそれを聞いた公爵はニヤリと笑を零した。

 まさかと思う。


「そう、そうじゃったそうじゃった。あの時私の傍にはギードがおったわ。ギード!ここへ来いギード!」


 公爵が大声で呼び付け、鎧を纏ったギードが大層面倒くさそうに歩き出てきた。

 どうやら遠夜にやられた傷も殆ど完治している様子だ。


「はーあ、こうなると思った」

「ギード、言ってやれ!わしは無実じゃと!」


 そうか、こいつら口裏を合わせる気だ。

 ホルマンが罪に問われれば、必然的にギードも処罰の対象となる。ならばギードは嘘をつく他ない。

 ギードの名前を出したのは失敗だった。そう遠夜が思った時、


「あの時俺はホルマン公爵の指示でそこの娘を攫おうとした。そこでその黒髪の男と交戦することになった。以上です」


 ギードはあっさりと自供した。

 どよめきが駆け巡る。

 ホルマン公爵は顔を真っ赤にして叫んだ。


「な、なななにを言っておるギードォ!!早く訂正しろ!わしは無実だと証明しろ!!」

「公爵……この状況で言い逃れは出来ないでしょ。嘘ついたってどうせバレるんだ。潔く散りましょう」

「な、何をっ!?」


 すると王が追求する。


「騎士ギード、その発言に嘘偽りはないな」

「はい。私も本当はあのようなことしたくはありませんでしたが、家族を人質に取られていたため断るに断れず」


 ギードは神妙な面持ちで言った。

 よく言うよ、と遠夜は思う。本当は出世の為に公爵に従っていたくせに。


「ギード……ギードォオ!!」


 興奮した公爵がギードの肩を捕まえて睨みつけている。


「貴様、こんなことをしてタダで済むと思うておるのか……!」

「ふっ、わかんねーかな。俺は聖騎士、グランドナイトだ。これで爵位を剥奪されたとて、戦が始まれば戦線に出れる。そこで手柄をあげれば済む話だ。だがあんたはどうかな公爵さん。ガルダン王国との条約上、公貴族が奴隷売買だなんてご法度中のご法度だ。あんたはもう終わってんだよ」

「貴様ァァァァ!!!」


 発狂する公爵を兵士二人がかりで取り押さえる。


「ロッタル!何とかしろ!わしを弁護しろ!」


 公爵が眼鏡の傍付きに向けて叫ぶが、傍付きは残念そうな顔で目を閉じて首をゆっくりと左右に振った。


「くそがぁああ!!」

「まったく、公家の恥晒しめ。牢へ連れて行け。取り調べはあとだ」


 王は冷徹に言う。

 暴れる公爵が連行されるのを見て、遠夜はホッと息をついた。

 しかしそれも束の間だった。


「それでは罪人アケバシ・トーヤとその仲間の処罰を言い渡そう」

「――!?」


 誰もが驚いた顔をした。

 今の流れなら当然、遠夜達は無罪放免だと思っていたからだ。


「ま、待ってください陛下!トーヤ様の行いには正当な防衛の権利が……!」

「アシュリー……確かにその者が公爵に暴行を働いた罪に関しては情状酌量の余地があろう。だが街の破壊、聖騎士に対する攻撃、国家の剣マスターナイトにまで手を掛けた。ここまでの大立ち回りをして無罪の前例をつくることは出来ん」

「そ、そんな……」


 アシュリーは悲愴の面持ちで呟いた。

 トーヤは誰にも悟られぬよう全身にフォースを纏わせた。

 いつでも動ける様に構える。

 そんな時、


「お待ちください殿下」


 声を響かせ現れたのは黒い鎧を纏った男、ブレイグだった。


「お主は……」

「私は憲兵騎士団第一部隊隊長、ブレイグ・バロッサム・ザクレイド名誉伯爵です」

「憲兵……そうかお前か。アシュリーと共にその者共の減刑を主張したという男は」


 ――ブレイグが俺を庇った?


「それで、何用だ?」

「この者が罪に問われるのならば、それは私にも言えることです」

「なに?」

「街への被害は我々騎士の不徳と致すところ。街中で精霊を召喚し、被害をより拡大させたのは我々の責任。それに奴隷となった被害者達の救出、闇商人共の逮捕、ここに至れたのは彼らの功績も大きい。どうか彼らに、寛大なるご処置をお願い申し上げます」

「ほう、一介の騎士が私に意見を唱えるか。身の程を弁えよ」

「お父様……!彼もまた、此度の事件の渦中にいました!その言葉に嘘偽りはありません!どうかお話を」

「くどい。ここまでの事をしでかした人間をおいそれと無罪には出来ん」


 やはりダメか。

 遠夜が諦めかけたその時、また一人王の前に踏み出した人間がいた。


「まさかお主までも……ルキウス」


 ルキウス・アルシュット。遠夜を死の寸前まで追いやった最強の騎士。


「我が王、恐れながら申し上げます。この者は私に傷をつける程の男です。ただ処刑するには惜しいと、私は考えます」

「お主にそこまで言わせるか。そ奴はそれほどの男と言うのか。ならばどうする、マスターの采配を聞こうではないか」

「この者を、我が国の剣として使いましょう」

「なに――?」


 王はルキウスの言葉に驚いたあと、突然大声を上げて笑い始めた。


「くくっ……まさか、よもや、罪人を我が国の戦力として迎えよと申すか」

「勿論、此度の戦においてのみです。その後は煮るなり焼くなりお好きに出来ましょう。ですが今この場で首を跳ねるには惜しいと言うだけです。勿論私は殿下のご意向に従う所存にございます」

「よかろう。お前が……いやお前達がそれ程に庇い立てするとは余程の男よ。躾は任せるぞルキウス」

「はっ、承知いたしました」


 急な展開に遠夜は何が何だか、目をぱちくりさせることしか出来なかった。





 

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人類最強の兵士、異世界へ迷い込む @tonari0000

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