第21話 聖王都ラブニ
日が落ちてすっかり辺りは暗くなった。
今は草原を行く道中で見つけた岩場の影に馬車を止め、焚き火を囲っていた。
馬車の中ではグマルとその雇われ御者達が休憩を取っている。ゲイルとアレックスはその周囲を警備していた。
遠夜の隣では毛布にくるまったアルテが寝息を立てて眠っている。無防備に晒された彼女のプラチナブロンドの髪が、焚き火の火で淡く光って見えた。
「随分と信頼されてるのね」
セレナがそう言った。
「そうかな......いつも暴言吐かれまくってるけど」
「でもあなたを信頼してないと、隣でそんなに無防備に眠るなんて出来ないわ。彼女がこれまで人間にされてきた仕打ちを考えれば尚更」
セレナ達にはアルテとの出会い、そして隷呪の鎖について既に話してある。だからアルテの里が盗賊に襲われたことや、遠夜達が離れたくとも離れられない関係にある、ということも知っている。
「私はさっき失敗しちゃった......」
「失敗?」
「うん......ちょっと話しかけてみたんだけど、そっぽ向かれちゃった。本当はみんながみんな、獣人を迫害してるわけじゃないんだって知って欲しかったんだけどね」
遠夜と初めて会った時もそうだったが、アルテは相当な人間嫌いだ。セレナ達が悪いやつじゃないって分かってはいても、素直に信用することは出来ないんだろう。
「やっぱり、トーヤは彼女の中で特別な人間なんだと思うよ」
セレナはそう言うが、自分の場合は異世界から来た人間だからというのが大きいのだろうと遠夜は思っていた。遠夜はこの世界の常識には疎いし、獣人に対する差別意識も無い。だからアルテも他の人間に比べて遠夜を信用しやすいのだと思う。
それでも、少しでも信用してもらえているのなら素直に嬉しいことだった。特に最初に比べれば随分と進歩した。
「でもそれにしたって、人間嫌いのアルテちゃんとよくここまで打ち解けられたものね。関心を通り越してちょっと尊敬しちゃうわ。よっぽど良い人なのねトーヤは」
「ははっ、まさか。俺程の悪党はそうそういないよ」
「あら、じゃあ女ったらしなのかしら」
セレナが冗談交じりに笑った。
バカを言わないでくれ、と思う。俺が優しいだって。これまでどれだけの人間を殺してきたと思ってるんだ。
「う〜んまずいな......ますます君が欲しくなってきたわ」
「おいおい......」
「あ、別に変な意味じゃないわよ? 強い上に良い人なんてチームのメンバーとしては最高って話」
セレナはまだ遠夜を自分たちの傭兵チームに加えるつもりでいるようだ。
勿論、遠夜としても全く悪い話ってわけじゃないのだが、アルテのことを考えると簡単には頷けない。
するとそんな時、少し離れた場所からアレックスが歩いてきた。
「あらアレックス、もう交代の時間?」
「いや、まだ交代はしなくていい。ゲイルが見ててくれるってさ。それよりトーヤとセレナも少し休んでおいてくれ。数時間たったら起こすからさ」
「ありがとう。トーヤ、そうさせてもらいましょ」
先に睡眠をとっておいて、数時間後にゲイルと交代するのか。確かにその方が効率がいい。
「そうだな。俺も少し眠るとするよ」
そう言って遠夜が毛布を引っ張って横になろうとした時だった。
天高く、聞いたことも無い甲高い音が鳴り響いた。
何事かと思い空を見上げるとそこには、満点の星空をまるで泳ぐ様に羽ばたく巨大な影があった。
思わず目を見開いた。
「見て、ドラゴンだわ」
セレナが指さした。
その姿は思っていたよりもずっと神々しくて、鳴き声は思っていたよりも動物的だった。
ここからじゃ星明かりの逆光でよく見えづらいが、真っ白な鱗を持った竜だということくらいはわかる。体長は十五メートルはあるだろうか。
今でも、クジラにも似た神秘的な鳴き声が夜空に響き続けている。
「あれが......ドラゴン......」
生まれて初めて見たそれに思わず口が開いた。
「もしかして見るのは初めてか?」
「ああ......アレックスは見慣れてるのか?」
「見慣れてるって程じゃないが、何度か見たことはある。勿論、空を飛んでる奴をだけどな」
本当に驚かされる。この世界ではこの光景が良くあることみたいだ。
「だがまだかなり若いドラゴンだな」
「そうなのか?」
「ああ、ドラゴンは数百年の時を生きると言うが、まだ百年も生きてないんじゃないか? 俺が見たことあるやつだと、あと一回りは大きかったな」
あれでも十分に大きいと思うが、ドラゴンとは更に大きくに成長するものなのか。
「まさか現実でドラゴンを目に出来るとは思ってもなかったな......」
初めて見た光景にため息すらでる。少し興奮しているようだと、自分でもわかる。
そんな遠夜の様子を見てアレックスが笑う。
「ははっ、面白い奴だなトーヤは」
「でも、どうせならもっと近くで見てみたかったな」
「おいおい、悪いことは言わないからやめとけよ。食い殺されちまうぞ?」
「ドラゴンは人を食べるのか?」
「そりゃそうさ。あれでも一応、魔獣だからな」
「魔獣......」
ジェイニルの書斎にあった本で見たことがある。魔獣とは一定以上のマナを得ることで通常では有り得ない進化を遂げた生物のことだ。
おそらくこれは人間にも当てはまるもので、昼間のグランドナイトなんて正にいい例だ。あれはどう考えても生身の人間に出来る動きじゃなかった。
「まーなんせドラゴンによって国が滅ぼされたなんて伝承もあるくらいだし、近寄らないに越したことはないさ。そもそもあんな化け物とやり合える人間なんているはずも無いしな。仮にいたとしたら、そいつはマスター級のこれまた化け物さ」
ドラゴンにマスター級の人間。この世界には地球人類の想像も及ばぬ程の怪物がいるみたいだ。一体どれ程のものなのか、いつかこの目で見てみたいものだと遠夜は思った。
*
クリスメラルを出て約十日間ほど馬を走らせた。道中、食糧等の物資調達の都合で別の街に立ち寄ったが、それを除けばほぼずっと目的地まで一直線だった。
それまでに何度か小さな魔物と交戦はしたが、問題になるほど危険なやつとは遭遇していない。
安全でよかったと言えば勿論そうなのだが、馬車の荷台に座っているだけのアルテからすると凄まじく退屈な旅路だったらしい。後半三日の殆どは随分ごねていたような記憶がある。
だがそんな彼女も今では、
「すっごーいっ!! トーヤ! 街よ街! あんなおっきな街初めて見たわ!!」
馬車の荷台から顔を突き出して、アルテがはしゃいでいる。
走行中の馬車のすぐ先には巨大な都市の全容が見えていた。
はしゃぐ彼女の姿があんまり危なっかしくて、大きな声で呼びかける。
「おーいあんまり身を乗り出すなよー!」
「わかってるわよー!」
アルテも大声で返事する。しかしそのキラキラと輝く瞳はこっちなんて向いちゃいない。
だが彼女がこれだけはしゃぐ理由も良くわかる。現に遠夜も平静を装ってはいるが、胸の内は興奮で踊っていた。
ここから見ただけでも街の雰囲気が伝わってくる。
思っていたよりもずっと綺麗で整っていて、生活水準も高そうな紅白色の目立つ鮮やかな街並みだ。
遠夜が想像していたのはもっと小汚い、先日いた街みたいに土と木造の多い田舎くさい街並みだったので驚いている。特に鉄クズの街しか知らず育った遠夜には随分新鮮だった。
馬を揺らす度に巨大な都市が近づいてくる。
丁度その街に突き当たるまで進むと、灰色の大きな門が遠夜達を待ち構えていた。
「着いたな」
アレックスは馬から降り、門をを見上げてそう言った。
街の周囲は巨大な壁に囲われていて、この門を潜らなければ中へ入れないようになっている。
遠夜達の前には入都の審査を受けている別の馬車が数台止まっていた。その馬車の荷台を門兵と思われる男二人が入念に調べている最中だった。
意外にもちゃんと警備なんてものがあるらしい。これまでの街みたいに簡単に入れるとばかり遠夜は考えていた。
「なに、入都の審査が終わればすぐに中へ入れる。積荷の中は酒だけだし、何の問題もないさ」
隣でアレックスが腕を組んで言った。
もしかして顔に不安でも出てただろうか、と思い頬をポリポリと掻いた。
しばらく待つとすぐに順番が回ってきた。
「悪いが、積荷を確認させてもらうぞ」
門兵が少し偉そげに言って馬車の荷台に乗り込んだ。返事をする間もなくほぼ強制といった感じだ。
しばらくすると中身を確認し終えた門兵が馬車から出てきて、
「よーしいいだろう、入都を許可する。ただし悪さだけはするなよ」
槍を片手にそう言った。
なんだ、随分あっさりと許可が降りたな。まあ特に怪しいものは馬車には乗っていないので当然なのだが。
しかし正直遠夜が一番怖かったのはアルテの首に張り付いている呪い、隷呪の鎖だった。道中交戦したグランドナイトにはひと目で見抜かれたから、優秀な兵士が門番をしてたら危なかったかも。
巨大金属扉の軋む音と共に王都内の輝きが門の隙間から徐々に漏れ溢れ、ついにその全貌が明らかとなった。
「おお......」
思わず口が開いた。
街の中心部、遠くに見える高台の頂上にあるのは大きな城だ。石ブロックを積み上げて造られた巨城は、いつか地球の歴史資料で見た絵画の城にどこか似ていた。その城を取り囲む様に人々の住む街が形成されていて、一個の都市となっている。
門から数歩進んだ先には人や馬車が行きかう公道があって、道端にずらりと並んだ露店が道行く客を奪い合うように盛んな声を上げていた。
想像以上に賑わった街並みに、アルテは隣で目を輝かせながら声にならない声を上げていた。
流石の遠夜も驚いて、
「随分と......栄えた街だな」
横にいたアレックスの顔を見上げた。
「ははっ、田舎上がりなら驚くのも無理はない。これがこの国最大の都、聖王都ラブニだからな」
どこか自慢げにアレックスは言う。
すると馬車から降りたグマルの親父が、遠夜達の元まで歩いてきた。
「ふん、お前たちの任務はここまでた。ご苦労だったな。銀貨三枚の件はこちらからギルドに報告しておくから、差し引いた分の報酬を受け取るがいい」
「そりゃどーも、ありがとうございます」
アレックスが軽く礼をすると、グマルは愛想もなく馬車に乗り込み遠夜達の元を去っていった。
銀貨三枚の件もきっちり覚えていたみたいだ。ちゃっかりしている。
「よ〜し、ようやく終わったな。今回の仕事は随分と長く感じた」
アレックスがそう言うと、肩の力が抜けたようにセレナとゲイルが伸びをした。
「トーヤ、俺達はこの後ギルドに向かって依頼達成の報告をするんだが、よかったらお前達も来ないか?」
「ギルドに?」
「ああ。お前がうちのチームに入るにしろ入らんにしろ、見るだけならタダだ。大陸を渡った先でも基本的にはギルドのルールは変わらないし、依頼達成までの流れを見ておいて損は無いだろ?」
「う〜んそうだな......」
ギルドまで付いてったら、いよいよチーム加入の話を断りずらくなる。そう思って遠夜がちょっと迷う素振りを見せたその時、
「ちょっ、ちょっとトーヤ! チームに入るってどういうことよ!?」
隣のアルテが真っ先に食いついた。
彼女にはまだ話してなかった。
「ああいや、実はな......」
「トーヤをうちの傭兵チームに誘ったんだ。勿論君も一緒に」
まごついた遠夜をすかさずフォローするようにアレックスが代わりに答えた。
するとアルテが遠夜の顔をキッと睨みつけた。なんで言ってくれなかったのよって顔だ。
「わ、悪い......お前ずっと馬車に乗ってたし話すタイミングが」
「冗談じゃないわ......」
「え?」
少し小声で呟かれたので思わず聞き直してしまった。
「冗談じゃないって言ってるのよ!」
耳がキーンとなるくらいアルテが叫んだ。
思わず一同が目を丸くする。
「あ、アルテちょっと」
「あんた私がこれまでどんな目にあってきたか知ってるくせに......!」
まるで胸ぐらを掴む勢いで詰め寄ってきたアルテを手の平で制止する。
驚いた。遠夜はてっきり、アルテは傭兵になりたがると思っていたのだ。この子冒険とか好きだし、傭兵と聞けば目を輝かせてやりたいやりたいとはしゃぎ始めるんだと思っていた。だからチームに誘われていることもまだ話していなかった。話せばアレックス達の誘いを断りづらくなるだろうと。
だがアルテのこの顔は死んでもお断りって感じだ。
焦った遠夜がつい隣にいたアレックスの顔を見上げると、彼は残念そうに笑っていた。
「まあ、そりゃそうだよな。これまで人間から受けてきた仕打ちを考えりゃ当然か。すまないな二人とも、無理言って」
アレックスの物言いは完璧にスカウトを諦めた感じだった。アルテの反応を見て遠夜達を仲間に引入れることは絶対に不可能だと察したのだろう。
後ろのセレナとゲイルも諦め顔で笑っている。
遠夜は何だかすごく申し訳ない気持ちになってきた。
「す、すまない......銀貨まで払ってもらったのに」
「気にするなよ、大したことじゃない。お前達のおかげで道中の戦闘も楽だったし」
「そうよトーヤ。チーム加入の件は少し残念だけど、とっても楽しかったわ。感謝してる」
「俺もお前ほどの術師と一戦交えられただけで、十分な収穫だった。ありがとう」
アレックスに続いて、セレナとゲイルがまるで別れの挨拶でもするように礼を言ってきた。感謝するのはこっちの方なのに、と思う。
「みんな、ありがとう」
遠夜が改めて礼を言うと、三人はニカッと笑顔で返してくれた。
本当にいい奴らだ。
「しかしお前達、傭兵をやらないならどーするんだ? 前も話したと思うが、大陸を渡って旅するなら路銀はかなり必要だろう」
アレックスが言った。
ごもっともだ。元々は何かしら短期的な仕事をするつもりではいたが、具体的にはまだ何も決まっていない。
「そうだな......あまりここに長居はしたくないし、短期間でそれなりに稼げる仕事があればいいんだけど」
「傭兵以外でそんな割のいい仕事は聞いたことがないな」
アレックスが顎に手を当てながら言うとセレナが、
「貴族や商人のところで使用人をやるとか?」
「馬鹿言え、田舎出の素人がそんな場所ですぐに働けるわけないだろ?」
しかしすぐにゲイルに否定された。
すると少し考えた様子の後に、アレックスが言う。
「やっぱり、短期間で金を稼ぐってなると傭兵以外思い当たらないな」
「そうか。いや、でも......」
遠夜は横目にアルテを見る。
アルテはまだ少し膨れている様子でそっぽを向いていた。
「よし、こういうのはどうだ? お前達は二人でチームを組めばいい。トーヤ程の腕なら余程難易度の高い依頼以外は難なくこなせるはずだ。なんせグランドナイトに勝つほどだからな」
「そう、なのかな......?」
実際これまでもアルテを守りながらやってはこられたが、あと一歩遅れていれば危ない瞬間だってあった。それに初めてのことだらけで勝手も分からない。
「心配しなくても序盤のサポートくらいは俺達がしてやるさ」
「え、いいのか?」
「勿論だ。短い間だが一緒に依頼をこなした仲間だろ?」
「アレックス……」
セレナとゲイルも笑顔で頷いていた。
こんなに良い奴らの誘いをついさっき断っただなんて、何だかバチが当たりそうなきがしてくる。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。アルテもそれなら問題ないだろ?」
「ふんっ」
アルテはそっぽを向いたまま絶妙な合図地で答えた。これは多分反対はしていないのだと思う。
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