第20話 グランドナイト

 声に反応して馬車も遠夜達も動きを止めた。

 大声で呼び止めたのは部隊の先頭に立つ青っぽい鎧の男、グランドナイトの騎士だった。ごつい身体に見合った野太い声だ。


「貴様らは何者だ。おいお前、名乗れ」


 青騎士は顎を使って偉そうにアレックスに指示した。アレックスがリーダーだとわかって言ってる感じだ。


「傭兵のアレックスです。王都までこの馬車の護衛をしているところでした」

「馬車の持ち主は誰だ」

「わ、私です」


 前の馬車に乗ってにいたグマルが慌てて出てきてそう言った。


「積み荷は何だ」

「ただの酒でございます……王都で売る予定でして……」

「確認しろ」


 青騎士が部下に指示を出し、その部下数名が積荷の中を確認し始めた。

 慌ててアルテが馬車の荷台から降りて、小走りで遠夜の横まで走ってきた。

 小声で話しかける。


「アルテ、何も喋らず大人しくしとけよ」

「わ、わかってるわよ……」


 彼女は感情的になると口が悪くなる癖がある。ゲイルと喧嘩した時もそうだった。また変なこと言って揉め事を起こされる訳には行かない。

 しばらくして積荷の確認が終わったのか、部下の一人が言った。


「中の物は殆どがワインです」


 その瞬間、アレックス達が少しホッとした顔を見せた。もし中身がマズイものだったら、と言う考えが頭の中にあったのだろう。


「ふん、本当にただの商人か。邪魔をしたな」


 そう言って青騎士が正面を向き直ろうとした、その時だった。青騎士は何かを感じ取ったかのようにこちらを睨みつけた。


「おい、そこの女……何者だ?」


 一瞬セレナのことを言っているのかと思ったが、違った。青騎士の視線は遠夜の横に突っ立っていたアルテに向いている。

 青騎士はズカズカとこちらまで歩いてきて、いきなりアルテの腕を掴みあげた。


「きゃっ!?」

「おいっ!」


 アルテの悲鳴を聞いて、思わず声が出てしまった。しかし青騎士はそんなこと気にもとめず、アルテの顔をおっかない目付きで睨みつけている。


「ちょっ、何なのっ……離してよ!」


 我慢しきれずアルテが叫んだそのとき、青騎士はアルテの首根っこを鷲掴みにした。

 その瞬間、アルテの首元に黒線の紋様が浮かび上がった。


 ――これはまさか……隷呪の鎖の……?


「不快なマナを感じたと思えば、ふん……奴隷か。となればその主は――」


 その言葉の途中で、遠夜はアルテの首を掴んでいる男の腕に手を掛けた。正確にはその鎧の篭手に。


「彼女を離せ」

「この呪いは法によって使用を禁じられているはずだ。そして獣人族を奴隷として扱うこともまた禁じられている。法を破った者には厳しい処分が下される。つまり貴様は――」

「いいから離せって言ってんだッ......!」


 その瞬間バチバチと鋭い音を上げて、触れていた部位から青白い雷光が走った。

 それとほぼ同時、一瞬にして後方まで男が距離を取ったことでアルテの首と腕が解放され、彼女が少しだけ噎せたように小さく咳き込んだ。


「大丈夫か?」

「けほっ、何なのあいつ……いきなり女の子の首を掴むなんて……」


 アルテを背に隠すようにして、青騎士と向き合った。


「驚いたな。雑魚だと思っていたが、マナの気配を消していたのか……しかし今の攻撃からもマナは感じられなかった。一体どう言う理屈だ?」

「自分の情報を敵に教える奴がいると思うか?」

「ふん、確かにそうだな。試して見ればわかる」


 すると青騎士は腰に刺していた分厚い剣を音を上げて引き抜いた。

 それを見て慌てた様子のアレックスが叫んだ。


「ま、待ってください……! そいつは俺の仲間でっ……別に何も悪いことなんて」

「こいつは隷呪の鎖を使用し、獣人を奴隷とした。俺の権限で、今ここで首を落とすことに決めた」

「そっ、そんな……!?」


 青騎士と対峙することで、ひりつく様な緊張感が周囲を包み込んだ。明らかにこれまで見てきた人間の中で最強。


「アルテ、離れてろ」

「う、うん……」


 アルテが小走りで離れていく。同時に腰のホルスターに入ったAT9に手を掛けた。


 ――さて、勝てるかな。


 ゲイルとやり合ってみて分かったが、この世界の人間は生身でASホルダーと同等の身体能力を発揮出来る様だ。しかもゲイルはナイト級。グランドナイト級ともなると、それを遥かに超えて来るだろう。

 だが遠夜も並のASホルダーじゃない。それに相手は剣で遠夜は銃だ。技術的に見てこの世界に銃火器の類はないだろうし、相手からすれば銃による初手の攻撃は完全な初見になる。サラのアシストを使えば音速を超えるバレットを相手が凌ぐすべは無い。つまり必中となる。


『警戒レベル3、現時点での勝率は高いと予測します』


 頭の中でサラが無機質に報告する。

 油断は出来ないが、AS解放率を上げなくても問題なく勝利できる相手と思っていい。

 ただ問題はその後だ。奴を倒せばその後ろに控えている兵士達が総攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなればアルテや他のみんなを守り切れるだろうか。アルテだけならまだしも、アレックス達までは見きれない。


 ――どうする。


「どうした、怖気付いたか」


 青騎士が腰を落とした。向こうから仕掛けてくるつもりだ。

 やるしか無い。

 遠夜は腰の銃を抜いて、強化弾マガジンをセットし銃口を真っ直ぐに構えた。


「ふん、何だその構えは…………舐められたものだッ――!」


 凄まじい速力による剣撃を以て、青騎士は一直線に踏み込んで来た。

 人智を超えた速度の世界で、空気を切り裂く剣の軌道が見える。その刹那のタイミングに一発の強化弾が撃ち込まれた。

 通常のエナジーバレットの1.62倍の破壊力を持つエネルギーの塊が、音速を超えた速度で鉄剣の刀身部に激突する。

 鋭利な金属音がその場にいた人間の鼓膜を突き刺して、一瞬遅れで周囲の空間に暴風を巻き起こし、粉々に砕けた剣の破片を辺りに弾け飛ばした。


 沈黙が起こり、風の音だけが響く。

 その衝撃の瞬間から数秒の間、誰もが言葉を失った。剣を振りかぶっていた青騎士もまた、刀身の無くなった剣の柄を握ったまま突っ伏している。


「……うそ、だろ」


 誰かがそう言った。

 それを引き金に、後ろで戦いを見守っていた騎士の群れがざわつき始めた。まさか、そんなバカな、グランドナイトが負けるなんて、そう言った声が次々に聞こえてくる。

 そんな中、


「静まれ!!」


 大声で青騎士が叫んだ。その瞬間周囲のザワつきがピタリと止まった。


「剣を狙ったのはわざとだな。戦いを終わらせるために狙って破壊した、そうだろう?」

「そうだ」

「なるほど、つまり敵に情けをかけられたわけだ。頭や心の臓を狙われれば死んでいた。これ以上の敗北はない......認めよう」


 再び周囲がザワつく。それを無視して青騎士は続ける。


「今の一撃を放ったあとでも、貴様は息ひとつ切れていないようだ。このまま部隊を突撃させても部下を犬死させるだけか……いいだろう、ここで貴様の首を落とすのはやめだ。目的地に着く前に隊の全滅など有り得んからな。だが、次に相見えたその時は覚悟しておくがいい。この騎士レオニード・ザクレイドが、今度こそ貴様の首を刎ねる」


 そう言うと青騎士は馬に飛び乗り、再び走り始めた。その後を追う様に他の騎士達も馬を走らせる。

 嵐の如く去っていった騎士達の背を見送ったあと、アレックスがその場で尻もちを着いて深いため息を吐き出した。


「し、死ぬかと思った……」


 他の者もみな緊張の糸が切れたように胸を撫で下ろしていた。


「おいトーヤ、お前、一体何者なんだ……? グランドナイトに勝っちまうなんて」

「本当よ……夢でも見たのかと思ったわ……」


 アレックスとセレナが随分と疲れた顔をしている。そんな彼らを他所に、隣ではアルテが「ふふん、流石は私の下僕ね」と得意げな顔をしていた。

 しかしそこへゲイルが尋ねてきた。


「なあトーヤ、あの騎士が言ってたことは本当なのか?」


 騎士が言ってたこととは、多分隷呪の鎖のことだろう。彼らからすれば当然、一番気になるのはそこのはずだ。


「確かに、あの騎士は隷呪の鎖と言っていた。お前がその子を奴隷にしてるって。一体どういうことなんだ?」


 アレックスも真剣な顔つきで疑問を口にした。

 彼らを巻き込んでしまった以上、話をしない訳にも行かない。


「分かった。俺たちの事情について、詳しく話すよ。ただここで立ち話もなんだし、話は馬を走らせながらしよう」

「あ、ああそうだな」


 そうして馬車は再び動き出し、遠夜達もまたその後を走り始めた。



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