第15話 初めての街

「うぇぇ……気持ち悪い……」


 盗賊達の持ち物を漁っていると、後ろでアルテが青い顔で口元を押さえた。死体には慣れて無いのだろう。


「お、やったぞアルテ、お金が入ってる!」


 リーダーっぽい男の持ち物からボロっちい麻袋が出てきた。中には変な模様が刻まれた硬貨が入っている。全部銀色か銅色の硬貨ばかりだ。


「げ、貧乏人ねーこの盗賊たち。九人もいてたったこれっぽっちって、私達の方が持ってるじゃない」

「盗賊家業は儲からなかったんだろ。きっと子分たちを食わしてやるのに必死だったに違いない。道さえ踏み外さなければこうはならなかっただろうに」


 勝手なことばかり言って結局持ち物は頂いて行く。

 剣やナイフなんかは嵩張るし、あっても使わないだろうから置いていく。最終的に彼らの持ち物から手に入ったのは硬貨だけだった。


「けど一番の収穫はやっぱコイツだよな」


 そう言って馬の胴を撫でると馬の鼻息が荒くなった。主人達が皆殺しにされたと言うのに、随分と大人しい馬だ。


「あんた馬なんて扱えるの?」

「乗馬経験はないな。アルテは?」

「ふんっ、ないわ」

「何でそんな偉そげなんだよ」


 馬を得られたのは大きいが、上手く乗りこなせるかは微妙なところだ。


「サラ、馬の扱い方って分かったりしないよな?」

『データベースにはありませんが、マスターの記憶の中に乗馬に関する知識が存在します』

「あれそうだっけ? ネットか何かで見たのかな?全然覚えてないや」


 サラのおかげで脳の奥底に眠っていた記憶が蘇る。


「あ〜あの時の記事か……」

「ねえ、あんたさっきから一人で何ブツブツ喋ってるの?」

「え、ああ悪い何でもない……」


 隣にアルテがいるのを忘れていた。今後は気をつけなければ。


「手網やくらもちゃんと付いてるな」


 物は試し、とにかく乗ってみるしかない。

 まずはアルテを先に乗せる。


「ほらアルテ、先に乗って」

「え、どうやって」

「こう手綱を掴んで地面を蹴って」

「……え、えいっ」


 言われるままに手網を掴んで飛び上がったアルテのお尻を支えて持ち上げる。


「ちょ、どこ触ってんの!」

「今回は本当にしょうがないから!」


 暴れる彼女を何とか馬の背に乗せることが出来たら、今度は遠夜が馬の背に飛び乗る。

 遠夜が飛び乗ったことで少し驚いたのか、馬が足踏みして小さく鳴いたが、直ぐに落ち着きを取り戻してくれた。

 これでアルテが前、その後ろから遠夜が手網を握っている状態となった。

 案外簡単に乗れたな。今のところ馬も大人しいし、これなら何とかなりそうだ。


「よし、あとは走るだけ。調教の仕方は同じなのかな……」


 物は試しだと、馬の腹を足で軽く蹴ってみる。すると馬がゆっくりと歩き出した。


「おお、動いた!」

「わ、わあ……揺れるっ」


 前に乗っているアルテがふらついている。危なっかしいので支えてやろうと彼女の腰に手を回すと、


「どこ触ってんのよ!」

「――ぐへっ」


 彼女の肘打ちが遠夜の顎先に綺麗に直撃し、そのまま落馬した。

 しかし馬はアルテを乗せたまま進み続ける。


「きゃあっ、ちょっと止まって、止まってよ! ねえ止まっきゃあああ――っ!?」


 落馬した。


「あのなあ……! 馬に乗ってる時に肘打ちとか危ねぇだろ!」

「う、うぅ……あんたが、ひっく、どさくさ紛れに触ってくるからぁ……」

「わかったから泣くなぁ!」


 その後は遠夜が前、アルテが後ろに乗ることにして再チャレンジ。

 しかし馬に乗ったあとに、ふと疑問が沸いた。


「そう言えばアルテ、お前って体重何キロ?」

「は、はあ!? いきなり何聞いてんのよ! 普通聞く!? 乙女に聞く!?」

「い、いやだって……あんまり重いと馬の体力的に長時間の移動が難しくなるし……そうなると休憩をどこかで挟む必要が」

「知らないわよそんなこと! 最低このバカ、デリカシー無し男、変態男爵!」

「男爵はどっから来たんだよ!」


 とは言え凡その体重は彼女を持ち上げた時に把握している。多分四十五キロくらいだろうと思う。遠夜の体重を足して百十キロちょっと。幸いこの馬はかなり大きいし走れないなんてことは無さそうだが、定期的に休憩を取らせないと厳しいかもしれない。

 盗賊たちの馬は他にもまだいるし、アルテが一人で馬に乗れさえすれば話は変わってくるのだが、この子意外と抜けてるし一人で馬になんて乗せたら落馬して大怪我しかねないなぁと遠夜は危惧し、結局我慢して二人乗りで行くのが良さそうだと結論づけた。


「よし、じゃあ進むからしっかり掴まれよ。馬は後ろの方が揺れが大きいんだからな」

「わ、わかってるわよ」


 アルテが遠夜にしがみつく様に腰に手を回した。


「あっ」

「……? なに、どうしたのよ?」


 どうしたの、と聞かれても答えられるわけない。多分言ったら殺されてしまうだろう。

 なので決して口に出すことは出来ないが、遠夜の背中のあの辺りには今も、とてつもなく柔らかい何かが押し当てられている。気の所為なんかじゃない、間違いなくそこにその感触は存在している。


「うぉおおおっ!!」

「な、なにっ、何よ!? 突然どーしたのよ!」

「サラァァァ――――!!」

『僧帽筋及び広背筋にある感触を海馬に保存します』

「ああ頼む……保存してくれッ!!」

「こ、怖い……一人で何叫んでるのよぉ……」


 その後馬に揺られる度にその感触を味わったのは、遠夜とサラだけの秘密だ。


 ――


 馬の蹄が一定のリズムで音を鳴らす。

 曇り空、そろそろ日も落ち始める時間帯、少し湿った風が吹いてきた。

 その湿った風で緑の草葉が宙を舞い、目の前一面の青い草原が靡いて草々の擦れる音を静かに鳴らした。


「おいアルテ、見てみな」

「んぅ……」


 遠夜の背中に顔を引っ付けてウトウトしていた少女が目を覚ます。数秒後、視界に入った大草原に声を漏らした。


「わぁ……すごい、草原だわ! 森を抜けたのね……!」

「ああ、ついさっきな。でも生憎天気が悪くなってきた。早い内にあの街に向かいたい」


 遠くの方を指す。その先には草原の彼方に浮かぶ様に佇む街が見えていた。


「すごいわ、街が見える!」

「行くのは初めてなのか?」

「そーよ、里の大人たちは物資の調達で度々行ってたみたいだけど、私は里の外に殆ど出してもらったことが無いの。外の世界を見るのは随分久々よ……!」


 アルテの瞳が輝いている。胸が高鳴っているようだ。もちろん遠夜も、この世界でエルンの里以外初めて訪れる集落だ。楽しみで仕方がない。


「トーヤ、もっとスピード出しましょ!」

「よーし、掴まってろよ!」


 馬が吠えるように鳴き、速度を増して草原を駆け抜けた。


 街の近くまで到着すると、曇り天気と夕方の薄暗さが相まって一層街明かりが眩しく映った。

 街の入口には大きな門看板に『ようこそ、東ラブニ・クリスメラル』と書かれてある。


「へぇ〜思ったより大きな街なんだな」

「ねえ早く入りましょ! ねえ!」


 アルテが遠夜の腕を引っ張る。よっぽどテンションが上がってるみたいだ。


「わかったわかった、まずは馬を預けてからだ。丁度入口近くに馬預託の店があるっぽいな」


 預託の店に馬を引いていくと、太っちょのオッサンが小屋で馬達の世話をしていた。


「あのー、馬を一頭預けたいんだけど」

「ん?ああ旅人か。はいよ、いつまでだい?」

「明日まで」

「預かるだけなら餌代込みで銀一枚てとこだな」


 でた、とそう思った。

 すでに金の使い方はジェイニルに教わっている。

 この国の貨幣は鉄、銅、大銅、銀、金、の全部で五種。通貨単位はクロム。それぞれ一枚あたり鉄貨1クロム、銅貨10クロム、大銅貨100クロム、銀貨1000クロム、金貨10,000クロムだ。

 だが実際取引の際はクロムの単位は使わないことが殆どだとか。この世界の大半の人間は数字に弱い。単純な計算でも、数字が増えるとややこしくなる。なので取引の際は主にクロムではなく貨幣の枚数を言うことが多いそう。

 ただ、遠夜がジェイニルに教わったのはこれだけだ。市場の物価値やサービスの相場なんてもの遠夜が知る由も無い。地域によっても多少ズレがあるだろうし、多分ジェニイルもその辺は曖昧だったのだろう。

 馬を一日預けるのに銀一枚、はたしてこれは高いのだろうか。どっちにしても出費はできる限り減らしたい。


 ――交渉してみるか。


「おいおいそりゃないぜおっちゃん。流石にぼったくり過ぎだろ」

「なんだい兄ちゃん、銀一枚は払えねってか?」

「ああ、無理」

「つってもこの辺他に預託の店なんざねーぞ」

「そーかもな。でも宿屋とかで預かってくれる場所があるかも。そーなればおっちゃんが損するぜ?」

「はーたく最近の旅人はすぐこれだ。大銅貨六枚。手入れ込みなら大銅貨七枚だ。これ以上は負けらんねぇ」


 ――ラッキー、言ってみるもんだな。


 しかし随分と負けてくれた。これは本当にぼったくってた可能性大だ。


「ありがとおっちゃん。手入れ込みで頼む」


 遠夜は大銅貨七枚を支払った。


「まいど……ん?」


 ため息混じりに銭を受け取った預託店の親父は、遠夜のすぐ隣にいたアルテに視線を向けて、その後眉をひそめた。


「何だい、あんた獣人連れかい」

「え?」

「なーに金さえ貰えりゃ俺は文句ないけんど……まあ気をつけた方がいいぜあんたら」

「……?」


 親父は意味ありげな言葉を残し、再び馬小屋の奥へと戻って行った。

 何だが嫌な予感がする。


「とにかく今日はもう日が暮れそうだし、早いとこ宿を探そう」

「う、うん……」


 考えてても仕方ないので、気にせず遠夜達は店を後にした。




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