第16話 情報収集

 通りにある石造り四階建ての宿屋に入って、まずこう言われた。


「帰りな。ここはお前らみたいなのが来る場所じゃねえんだ」


 続いて見つけた赤レンガの宿屋で、


「冗談じゃないよまったく。ウチの評判を下げるきかい。帰ってちょうだい、獣人連れはお断りだよ」


 そして三件目、今いる宿屋の受付では、


「部屋に獣の匂いでもついたら誰が綺麗に掃除してくれるんだ? お前らか? 泊まるなら金貨五枚だ、払えねんなら他あたりな」


 意地の悪そうなオヤジに見下されてそう言われた。


「に、匂いなんてつくわけないでしょ!」


 顔を真っ赤にしてアルテが叫ぶ。

 しかしオヤジは更に人を小馬鹿にした表情で、


「あ? 何だって? 生憎と動物の言葉は分からなくてな〜」

「嘘言わないで! 同じ言語でしょ!」

「キャンキャン吠えるな。獣臭くて堪らんわ」

「――っ!」

「ぶべッ――!?」


 アルテがオヤジの頬をひっ叩くより早く、遠夜の右拳がオヤジの鼻先を殴り飛ばしていた。

 オヤジは血を吹いた鼻を押さえて仰向けにすっ転ぶ。


「お前の方が百倍臭いんだよ加齢臭オヤジ! 行こうアルテッ……!」


 アルテの手を引いて宿屋を飛び出した。


 ――まったくとんでもない畜生ばかりだ。同じ人間とは思えねえ。


 腹の底のムカムカを抑えながらアルテの手を引いて、舗装もされてない土道を八つ当たり気味に強く踏み歩く。

 しかし弱ったな、と遠夜は思う。

 街の中とはいえ、もう辺りは既に暗い夜道となっている。早く宿を確保せねばならぬというのに、どの店もこんな対応で、店前の看板には決まってこう書かれていた。

 獣人お断り。


 本当にどうしたものか、そう思いながら歩いていると、突然アルテの足が止まった。


「アルテ……?」


 俯く彼女の瞳から涙が零れ落ちる。

 それを見てギョッとする。


「き、気にすんなって……! 宿なら他を探せばいいし」

「何よ、ハッキリ言えばいいじゃない……」

「な、何を」

「迷惑だと思ってるんでしょ!? ハッキリ言えばいいじゃない!」


 アルテは遠夜の手を振りほどいて、瞳に涙を浮かべて叫ぶ。


「アルテ……そんなこと思ってないよ」

「嘘ばっかりっ! あんたこれからずっとこうなのよ……!? どこへ行っても私といる限り馬鹿にされるし、宿にも泊まれない! でもあんたは……私とは離れられない……っ」

「他の街は大丈夫かもしれないだろ。この街でだって探せばきっと」

「どうせ見つかりっこないわ! 私がいる限り!」

「おい落ち着けよ」

「いいわよもう! やっぱり人間なんてどいつもこいつも最低な奴ばっか! 嫌いっ、大っ嫌い!」

「アルテ」

「触んないでよ!」


 アルテの肩に触れようとした遠夜の手は、周囲に音が響くくらい力いっぱい跳ね除けられた。

 彼女の機嫌の悪さが予想以上で驚いたが、彼女自身もまた自らの言動に驚いた顔をしていた。


「アルテ……俺のことも嫌いか?」

「っあ……、あたり前でしょ……」


 小さくそれだけが響いた。

 せっかく少しは信頼を得られたと思っていたのに、振り出しに戻ってしまった。


「はぁ……」


 頭を抱えて溜息をこぼす。

 目の前の少女はどこかバツが悪そうに視線を逸らしている。

 肌寒い空気と絶妙な静けさの中、互いに突っ伏し、沈黙。空気は最悪だった。

 沈黙の最中、気まずくなって視線を泳がせた先に酒場の看板が目に入った。入口から明かりと共に人々の談笑の声が漏れ出ている。

 しめた、とそう思った。

 こういう時に肝心となるのは情報だ。そして情報収集に最適な場所と言えば酒場と相場が決まっている。

 ただ問題点がひとつ。

 横目にアルテを見た。

 彼女が一緒だと、また追い返されてしまう可能性が高い。一度顔を覚えられたら二度と入店は出来ないだろうし。


「なあアルテ」

「何よ……」

「悪いんだけどさ、ここで少し待っててくれないか?」

「え、」

「そこの酒場で色々と聞き込みしようと思って。でもその……」


 アルテがいると店に入れない、と直接言うのは今の状況的にかなり気が引ける。

 そうして遠夜がまごついてると何かを察した様子のアルテが、


「いいわよ、行ってくれば」

「あ、わ、悪い……」

「謝んないでよ……」

「あぁ、でも」

「いいって言ってるでしょ!」


 再びアルテが叫ぶ。


「そ、そんなに怒るなよ」

「っ、あんたと喋ってるとイライラするのよ! 酒場でもどこでも行ってくればいいじゃない!」

「……そんな言い方ないだろ。俺はお前のために」

「頼んでない……! いいからさっさと行きなさいよ!」


 涙目で睨みつけるアルテ。今は相当虫の居所が悪いらしい。


「はぁ……わかったよ。そこで待ってろよ」


 遠夜は彼女に背を向けて、一人で酒場へと向かった。


 木製のスイングドアを潜って入店すると、人々の談笑する声はより一層煩く聞こえ始めた。

 思ったよりも狭くて窮屈で、木製の机と椅子があちこちに設置されている。が、そんなの無視して立ち飲みしている客が多い。

 店の後ろの方では上裸の男が飲み踊って騒いでいる。あの辺には近づかない方が良さそうだ。

 カウンターの座席に腰掛けて、静かにグラスを拭いている店主の男に声を掛けた。


「失礼、オススメを一杯頼みたい」

「いらっしゃい。今日のオススメはグランコールだ」

「グラ……ああそれで」


 木製ジョッキに注がれ出てきたのは黄色い炭酸系のアルコール飲料。フルーティーな香りがするが、上部に白い泡が溜まっているのを見ると多分ビールの一種だろうと思う。

 未成年だし普段から酒は飲まないが、この場合はしょうがない。

 口をつけるとアルコールのキツイ匂いと苦味が口いっぱいに広がって、思わず顔がしかめっ面になりかける。不味いとも苦いとも言えず、感想をビールごと飲み込んだ。

 そのままビールを飲むふりをして、ひっそり周囲に聞き耳を立てる。雑音が多いが、近いヤツらの声は何とか聞き分けられそうだ。

 丁度右斜め後方の席の男達が話してる声が聞こえる。


「おいおい、そりゃホントか?」

「あくまで噂話だが、信憑性は高いらしいぞ。東の国境沿いの駐屯地におっかねえ数の兵士が送られてきたらしい。そろそろ東の連合とやり合うつもりじゃないかってな」

「戦争が始まればこの辺の街もあぶねんじゃないか?」

「馬鹿言え、戦争になればラブニが負けるはずもない。ここまで攻め込まれるなんてありえないさ」

「まーいざとなれば、こっちには銀翼の騎士団がいるからな。ラブニの雷神様々だ。それに最近じゃ雷神に匹敵するんじゃって噂のルーキーも現れたらしい。なんとそいつ、女の神官らしいぞ」

「その話はデマだって聞いたぞ」

「ああデマに決まってる。だいたい騎士でもねぇのに何で雷神と比べられる」

「それはお前……」


 何の話をしているんだろう。

 他の方へ耳を傾けるが、遠夜の知りたい情報を話している奴はいなさそうだ。

 しょうがないので店主の男に話しかけてみる。


「なあおっちゃん、ちょっと訪ねいんだけど」

「なんだい」

「いやあ、この街ではあまり獣人を見かけないと思って」

「ああ、あんた中央から来たのか。都会の方じゃ獣人がのさばってるらしいな」

「そうなんだよ。今日初めてこの街に来たんだが、ちょっと珍しくてな」

「珍しい? ありがちな話だと思うがな。獣人差別に対する規制が強い都心と比べて、地方の方だとまだそういうのが根付いてるんだよ。王都ですら未だに獣人は奴隷だって叫んでる輩がいるのに、わざわざ差別の酷い地方に獣人が住み着くと思うか?」

「あ、あぁ確かにそうだな……」


 ――なるほど、通りで。


「それでも、たまーに獣人の旅人が訪れることもあるがな。そんときゃ大体やな顔して帰って行くよ。まあラブニの中でもこの街の人間の獣人嫌いは相当なもんだし、仕方ないさ」

「へえ……」


 こうなるとこの街で宿を探すのは無理かもしれない。今夜は街の外で野宿することも考えた方が良さそうだ。

 一応他にも色々と聞いておく。


「ところでなんだが、エルセニアって国に一瞬で空間を移動出来る人間がいるって聞いたんだけど、何か知ってるか?」

「空間を……? さぁ、エルセニアなんて遠い国のことは、この辺じゃ話題になんねえもんで。最近じゃ東の連邦の方がよく話題に上がってる。何でも戦争の兆しがあるってよぉ」


 さっき後ろの連中も似たようなことを言っていたな。遠夜達にはあまり関係が無さそうな話題だが。


「おかげで近頃この付近じゃ盗賊が出張ってきてて大変さ」

「ん? どうして盗賊が出てくるんだ?」

「ああ、国境近くに兵士が増えたことでその辺縄張りにしてた盗賊がこっちに流れてきてんのさ。元々輸送される物資を横取りしてたような小賢しい連中だ。兵団相手にゃできねえからな」

「なるほど、どおりで盗賊が多かったわけだ」

「なんだい、兄ちゃんも盗賊に襲われたくちか」

「まあそんなとこ。全部追っ払ってやったけどね」

「ははははっ、そうかいそうかい。兄ちゃん腕っ節がありそうだしな」


 店主が豪快に笑って見せた。多分嘘だと思われているのだろう。


「まあ、これでも一応戦闘のプロだし。丁度そいつらから持ち物も奪ってきたんだ」

「ほ〜う、何を奪ったんだ?」

「金と馬を一頭、それと……隷呪の鎖とか」

「なにぃ?」


 店主の眉がねじ曲がった。


「知ってるのか?」

「ああ、近頃噂になってるあれだろ? 話は聞いたことがある」

「ほとか?! 出処は?」


 思わず身を乗り出した。


「……ああいや、俺も噂を耳にした程度さ。飲みに来た連中が話してた」

「そ、そっか……」

「けんどまあ、手に入る場所といえばやっぱ王都以外ねぇわな」

「王都……て言うと、聖王都のことだよな」

「ああ。そういった黒い物品は大体王都の闇市場でよく扱われてるはずだ」


 王都ならば丁度次の目的地だ。アスガ大陸行きの船の搭乗許可を貰うためには避けて通れない場所だ。王都に着いたら色々と調べてみる価値はありそうだ。



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