第14話 盗賊襲来
晴れ澄んだ青空の下、大きな丸石にもたれ座る。そのまま空を見上げ瞳を閉じ、背後から聞こえる心地よい川のせせらぎをぼーっと聞いていた。
周囲の木々の背丈は森の奥にいた頃と比べて随分縮んでいる。最早大樹と呼べるサイズの木は視界には映っていない。
背後の少し離れたところからパシャッと水が跳ねる音が聞こえて、彼女が川の中に足を踏み入れたのだと分かった。
「覗いたら殺すわよ……!」
川の方からアルテが叫ぶ。
「覗くわけねえだろー、早くしろー」
アルテは多分いま素っ裸で川の水に浸かっている頃だろう。どうしても水浴びがしたいらしい。しばらく風呂に入れていないし、乙女としてこの期を逃す訳にはいかなかったのだろう。
「はぁー冷たいけど気持ちいいわぁ〜」
「足滑らせて溺れるんじゃないぞー?」
「子供扱いしないでくれるー?」
「昨日は子供みたいに泣いてたじゃないか」
「う、うっさいわね! しょうがないでしょ!? 昔から怒られると悲しくなっちゃうの!」
やっぱり子供じゃないか、と遠夜は思ったがまた怒り出しそうなので口にするのはやめておく。
それより今は周囲を警戒しなければいけない。以前も水辺で獣に襲われたことがあるし、用心に越したことはない。
遠夜はその場に座ったままフォーススキル〈サーチ〉を使用した。集めたフォースを周囲に波動として拡散させることで振動などの気配を探知出来る索敵スキルだ。このスキルはフォースの消費量が大きいため、今のAS解放率では広範囲の索敵や連続使用は出来ない。だがそれでも定期的に周囲の危険を探ることが出来るというのは、サバイバルにおいて大きなメリットになる。
半径一キロメートル範囲内にまでサーチの波を広げていく。
索敵範囲がゆっくりと広がるにつれて、付近の動物の位置や動きが感覚的にある程度把握出来る。付近には特に危険となるような大型の生物はいなさそうだ。とそう思ったとき、十一時方向約六百メートルの位置に複数の大型生物の反応をキャッチした。
複数の反応は随分と荒い足取りでこちらを目指して来ている。
かなり速い。
「アルテ! 今すぐ上がってこい!」
「え、なにー?」
「何かが近付いてきてる! 早く上がって服を着ろ!」
「え、ちょ、何よ急に、ちょっと待ってよ――きゃあっ!?」
水が豪快に跳ねる音と悲鳴が聞こえ、
「――っ!? どうしたアル、テ……」
すぐに駆け寄ろうと飛び出した先には、川の浅瀬で転んで尻餅を着いた全裸のアルテが「イテテ……」と腰を摩っていた。
目を閉じて即座に顔を逸らしたが、遅かったようだ。
濡れた石が遠夜の側頭部に直撃した。
「いっつぅ……」
「覗くなって言ったでしよこの変態ッ!」
「お前が悲鳴上げるから――」
うっかり目を開けてしまった遠夜の顔面に再び石が飛んできた。
「こっち見んな変態ッ!」
「すみません……」
目を閉じたまま渋々後ろを向く。
そんなこと言われても仕方ないじゃないか。このタイミングで悲鳴が聞こえたら何かあったと思うのが普通だし。遠夜は心の中で愚痴を呟いた。
「もういいわよ変態男」
少し待つとアルテが服を着終えていた。まだ彼女の長い金髪は濡れていて、一部が首元に張り付いている。
「ジロジロ見ないで」
「見てねえよ。それより大変だ」
「なによ」
「アルテがモタモタしてるせいで囲まれちまった」
「え?」
――数は八、いや九か。
明らかに人間並みの知性がある。移動が早かったのは多分馬か何かに乗っていたんだろう。姿は見えないが馬の荒い息遣いが聞こえてくる。
「多分人間だ。数は九人、明らかに俺達を狙ってる」
「そんな……」
「奴らの来た方向からして多分、俺達の足跡を追って来たんだろう。わざわざ身を隠してるってことは警戒しているのか、あるいは――」
その時、雑木林の中から紅く光を放つ物体が猛スピードで飛び出して来た。
――炎の矢……!?
即座にアルテを背中に庇いつつ、フォースの放出による障壁〈バリア〉を展開。目前で火炎の矢が掻き消える。
しかし直ぐに追撃が来た。今度は同じ方向から通常の矢がバラバラのタイミングで六発飛来する。
しかし展開していた〈バリア〉に矢は全て弾かれ地面に転がった。
直ぐに森の奥に銃を向けて様子を伺う。
「ね、ねえ大丈夫なの……?」
「アルテ、俺のそばを離れるな」
アルテが不安げに遠夜の背中に張り付いている。
人一人を庇いながら多数を相手取るのは少し面倒だけれど、やるしかない。何としてもアルテを守り抜く。
遠夜は気を引き締めた。
そうして遠夜が銃を構え森の奥を睨み付けていると、森の中からそいつらは現れた。
全員が人間族の男。真ん中の一人は馬に乗っている。それ以外は馬から降りて近付いてきたのだろう。みな弓、ナイフ、長剣で武装している。数は全部で九人。やはりだった。
「おい見たかお前らー? あの野郎俺のファイアアローを防ぎやがった。男の方は魔術師だ」
馬に乗った男が大声でそう叫ぶと、周りの仲間たちはケラケラと笑い始めた。
――この下卑た笑い方はどう見ても悪人だよな。わかりやすくて結構。
「何者だお前達は」
「あ? 何者かだってよ?」
また馬に乗った男がそう言うと、仲間たちが高笑いを始めた。
「質問に笑い声で返答とかどういう教育受けてんだお前ら。さっさと答えろ!」
「ははんっ、何だまだ状況が読み込めねってのか? 俺たちゃ怖〜い山賊だ。お前らの持ち物を頂こうと思ってな」
「まーそうかなとは思ったよ。断ったらどうなる?」
「殺すに決まってんだろ。本当ならさっきの奇襲で殺すつもりだったが、それなりに腕の立つ魔術師みたいだったんでな。こうやって態々交渉しに来てやったんだ。死にたくなけりゃ素っ裸になりなってな」
また一同大爆笑。絵に書いたような盗賊集団だ。
「おい兄貴、あの男の後ろ! えれぇ上玉の獣人が隠れてやすぜ!」
遠夜の背中でアルテがビクついた。
「ほ〜こりゃまたツイてるぜ。おい小僧、その獣人の女も置いてけ。そうすりゃお前だけは助けてやる」
アルテが少し怯えた目で遠夜の顔を見上げている。遠夜に見捨てられるんじゃ、何て考えてるのかもしれない。
「言っとくが俺達とやり合おうなんて考えはよしときな。俺様は元騎士団所属のナイトだ。他の連中も傭兵としてやってたんだ、お前一人でどうこう出来るわけがねえ」
彼らの言っている意味がどうもパッとしないが、取り敢えず腕に自信があるのは確かみたいだ。
「はぁ……この人数相手じゃ流石にどうにもならないか。わかった、荷物と女を差し出せば助けてくれるんだな」
「はあ!? ちょ、ちょっとあんた
……!」
「ふっはははは! こりゃ随分ハンサムなボーイフレンドだなおい! いいねぇ正直な男は嫌いじゃないぜ!」
アルテを見ると、泣きそうな面で遠夜を睨んでいた。そんな彼女を無視するように、遠夜は盗賊たちの方へ向き直り、
「じゃあこれ、まず挨拶がわりにくれてやるよ」
馬に乗った男に銃口を向けた。
一瞬青白い光が視界を照らした次の瞬間には、馬に乗った男がズリ落ちるように落馬した。
時が止まったかのように周囲の人間が口を開けて固まっている。
「ぐあっ」
「ぎッ」
「ぎゃああっ」
続くように三人目、四人目と人が死んでいく。
「テ、テメェ! 一体何してっ――」
また一人、頭部を撃ち抜かれ絶命した。
残った盗賊の男たちは皆一様に真っ青な表情で言葉を失っている。
「まさか自分達から襲っておいて、殺される覚悟もなかったのか? 悪いが俺はお前らの想像よりも遥かに人を殺してきてる。それが当たり前の世界で生きてきたんだ。情けをかけてもらえるとは、思わない方がいいぞ……」
遠夜が冷徹に睨みつけると、男たちは悲鳴をあげて一目散に背を向けて逃げ始めた。その背中をAT9から放たれたエナジーバレットが貫いていく。
「わざわざ自分達から姿を現してくれてありがとう。お陰で狙いやすい」
九人中八人が倒れ、残った一人をとっ捕まえて首根っこを掴み、こめかみに銃口を突き付ける。
「死にたくなければ答えろ。一ヶ月と少し前、この森の奥にあった獣人族の里を襲ったのはお前達か? それともお前達の仲間か?」
「ひいぃいっ、し、知らねえ、知らねえ! 俺達は最近この辺を縄張りにしてた盗賊だ! 森の奥なんて知らねえ!」
――アルテの里を襲った奴らじゃないのか。もしかすれば隷呪の鎖の出処を探れるかと思ったが、そう上手くはいかないか。
「お、お願いだ助けてくれっ、俺達が悪かった! だから助け――」
男の最後の言葉は銃弾によって遮られた。
「うーん、あんまり情報は得られなかったか。リーダーっぽい奴を残した方が良かったかな……」
今更言ってもしょうがない。
それよりも、
「アルテ、怪我は無いよな?」
彼女に駆け寄るが、何だか少し表情が固い。
「どうした? あ、もしかして裏切ったフリしたの怒ってるのか? しょうがないだろ? 相手に隙を作るためには必要な嘘さ」
「べ、別に怒ってなんかないけど…………あんた、同じ人間族なのにその、少しも躊躇わないのね」
「……ああ」
なるほど、と遠夜は理解した。
確かに目の前で人がこうも次々に殺されたら驚くのが普通だろう。少なくとも彼女の日常では滅多に起こりえない風景なのだと思う。
「驚かせちゃって悪かったな……俺のいた世界ではこんなの日常茶飯事なんだよ。人が人を殺し、人が人に殺される。地獄みたいな世界だろ?」
「あ、あんた……」
笑って誤魔化したが、自分の異常性にはとっくに気がついている。人を殺しても何とも思わなくなったのはいつだったか、もはや覚えてすらいない。気付けばそうなっていた。いや、そう育てられたと言うべきかもしれない。
「俺のこと、怖いか?」
「……べ、別にっ、あんたなんて怖くも何ともないわ! それにこの世界でだってこんなの日常茶飯事よ! こいつらは私達を殺そうとした、自業自得、それ以外にないわ!」
胸の前で両腕を組んで、彼女はプイっと首を振った。もしかしたら彼女なりに気を使ってくれたのかも知れない。
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