第11話 大事な話――②
「ふむ……まだもう一つ話をしとらんかったな」
そう言えば、話は遠夜だけじゃなく遠夜とアルランテ二人の話だと言っていた。まだそのことについて話を聞いていない。
「トーヤ、隷呪の鎖という言葉を聞いたことはあるか?」
「隷呪の鎖……?」
色々な本を読み漁っていてよかった。言葉はすんなり入ってきた。
「知らない、何なんだそれ?」
「異界から来たと言うのなら知らなくとも当然か。隷呪の鎖とは、人が人に掛ける言わば呪いじゃな」
「呪い……」
オカルトみたいな話だろうか。それともこの世界には本当に呪いがあるとでも言うのだろうか。
まさか、と遠夜は思う。
でも。ここは異世界なのだし、遠夜のいた世界とは全く別の理が存在したってなんらおかしくは無いとも思う。そもそも獣人なんていう空想上の人類が今目の前にいるのも事実だし、あまり自身の知る常識内で物事を考えるのはよした方が良いのかもしれない。
「ジェイニル、その呪いって一体……」
「特殊な条件の元発動する呪いじゃ。隷呪の鎖を対象の首に掛け、条件を満たした上で血の契約を結ぶことで、鎖を掛けた相手を縛ることが出来るのじゃ」
「縛るって?」
「簡単に言うと相手を奴隷に出来る」
「……は?」
慣れない言葉に思わず口が開く。
そもそも何故、今そんな話をするのだろう。何だか物凄く嫌な予感がする。
「一度奴隷となった人間は主の命令に絶対服従し、自らの意思で決して逃れることは出来ない。最悪の呪いじゃ」
「ちょっと待て、何で今その話をするんだよ」
「……」
ジェイニルは何も言わない。だがその黄色い瞳で遠夜の顔をじっと見つめている。
嫌な予感。
「だって、でもそんな……」
アルランテを見た。
彼女は暗い表情で俯いている。
「違う……違うぞ、俺はそんなことしてないぞ! そもそも鎖なんて……!」
「鎖は一度使用されると対象者の肉体に取り込まれる。ちょうど首元あたりじゃ」
心当たりはある。
「で、でも俺は……」
「呪い発動の条件は使用者が対象者より強者であること、使用者が対象者より精神的に優位に立っている又は対象者の意識が無い状態であること、この二つの条件を満たした上で鎖に自身の血を吸わせることで呪いは発動する」
「……っ」
あの時、彼女を助け出した時、彼女は気を失っていた。そして遠夜は狼の獣との交戦で左腕を負傷していた。
その腕で確か、
「……アルランテを抱きかかえた。助け出すために。その時、怪我をした左腕で彼女の首元に触った」
「……やはりそうか」
沈黙が流れる。
「お主は知らぬかもしれぬが、我々獣人族はかつて人間族の奴隷じゃった。誰がそうしようと決めたのかも知らぬ。だがそれは酷い仕打ちを受け虐げられていたそうじゃ。今でこそ奴隷制度は撤廃され、奴隷反対の文言を掲げる国は増えたが、その影で獣人奴隷の売買は未だ密かに行われておる。この隷呪の鎖は近頃騒がれておる道具なのじゃ。出処も分からぬ闇市から広がり、今では世界中で呪いをばらまいておる」
「ジェイニル……呪いを解くにはどうすれば」
「呪いを解く方法は、残念ながら聞いたことがない。だからこそ世界中で問題となっているのじゃ」
「そんな……」
「もし、可能性があるとするならば隷呪の鎖の製作者、その術者を見つけ出せばあるいは呪は解かれるかもしれん」
「術者……?」
それは一体何者なのだろう。この世界には人を呪うことが出来る人間が本当に存在すると言うのだろうか。
「しかしな、その者の顔を知るものがおったのならどこぞの騎士団が捕まえておるはずじゃし、そもそもこれ程強力な呪いをかけられる人物じゃ。犯人は相当な怪物よ」
どこの誰かも分からない人間を個人で探し出す、そんなの出来るはずがない。そいつを捕まえるのは諦めた方が良さそうだ。
「で、でもさ、俺はほら、アルランテに酷い命令とかしないしさ、それにどうせこの里を出ていくんだしそこまで深刻になる話でもないんじゃないのか?」
「それがそうでも無いんじゃ。隷呪の鎖で繋がりを得たもの同士は、一定以上の距離を離れることは出来ん。もし無理に離れようとすれば奴隷側の首がきつく締まり、身動きが取れんようになる」
「は、はあ!? 何だよそれ!?」
「だからこそ決して逃げることの出来ぬ呪いなのじゃ」
「きょ、距離は? どれくらい離れるとそうなる?」
「性格には分からぬが、大体二百メートル程じゃと聞く。だからトーヤ、お主がここで語学を学んどる間、アルテは殆ど外出できておらんかった」
それを聞いてアルランテを見た。
――そんなこと、一言も言わなかったじゃないか。それで俺への態度もあんなだったのか……?俺が彼女に命令すれば逆らえない。だから、怯えていたのか……?
「トーヤよ、先程の話、やはり里の者に話してみよう。ワシも説得を手伝う。もしかすればこの里に居られるかもしれぬ。そうすれば二人とも一緒に」
「それは出来ない」
遠夜はジェイニルの言葉を遮った。
「出来ないとは」
「妹が……妹がいるんだ。危険な状態なんだ。俺がいなきゃ、きっと酷い目にあう。妹だけじゃない、仲間も、みんな俺がいなきゃ……だから俺は、元の世界に帰らなきゃならない……」
妹をあの危険な場所に一人でいさせるわけにはいかない。隊のみんなのことも心配だった。だから直ぐにでも元の世界に帰る必要がある。
「トーヤ……しかしそれでは」
「勝手なことを言ってるのは分かってる。でも、これだけは絶対に譲れない。悪いけどアルランテ、君には俺と一緒に来てもらう」
アルランテが顔を上げて遠夜を見た。少し驚いた表情をしている。
「ト、トーヤ何を……」
「離れられないんなら連れて行くしかない。俺はこの世界の知識が疎いから丁度いい。彼女に色々教えて貰いながら目的地を目指すよ」
「な、何を言い出すんじゃトーヤ……!」
「ただその代わり、道中は俺が必ず彼女を守る。必ずだ。そして隷呪の鎖を作った張本人を見つけ出して呪いを解かせる」
「な、何を……っ」
たじろぐジェイニル。
すると、
「いいわ、あんたに着いてってあげる」
少女が立ち上がった。
「アルテまで……なぜっ」
「私もこんな男と一生離れられないだなんて絶対に嫌だからよ。私の生き方は私が決める。他人に縛られるなんて真っ平御免よ」
少女の真っ直ぐな瞳からは強い意志を感じた。迷いは無さそうだ。
「アルテ……」
ジェイニルが悲しげな表情で呟いた。
そんな時、部屋の扉が軋む音を立てて開いた。
「行かせてあげましょう貴方」
そこにいたのはケルミナだった。
ケルミナは穏やかな表情でこちらへ歩み寄りながら、
「きっともう、二人の覚悟は固いのよね。若いんだから、こんな所にずっといるんじゃなくて、世界を見てきなさい」
「婆さん……じゃが外は危険じゃ」
「あら、さっきトーヤちゃんが守ってくれるって言ってたじゃないの」
「しかし……」
「トーヤちゃんのこと、信じているんでしょう?」
「………ああ、信じてるとも」
ジェイニルは悲しげに頷いた。
一体いつから話を聞いていたのか分からないが、ケルミナのおかげで何とかなりそうだ。
「さあ、出るなら早い方がいいわ。別れが惜しくなっちゃう。明日の朝にでも行くんでしょう?」
「そうだな、出来るなら俺もそうしたい」
「じゃあ決まりね、今日はたんとご馳走を作らなくちゃ。ほらお爺さん、料理するから手伝ってちょうだい。二人はゆっくり荷造りでもしてなさい」
そう微笑みながらウインクして、ケルミナは渋るジェイニルを部屋から連れ出して行った。
部屋には遠夜と少女がポツンと取り残された。
遠夜はアルランテと顔を見合わせる。
「誓うよ。君のことは、俺が命に変えても守る。だからこれは命令じゃなくてお願いだ。俺のこと、信用してくれアルランテ」
遠夜がそう言うと彼女は少し気恥しそうな表情を浮かべたあと、
「アルテ……特別にそう呼ぶことを許可してあげるわ、トーヤ」
「ぷっ、ははっ、どっちが主人だよ」
思わず笑みがこぼれる。
少女は相変わらずムスッとしている。
「そう言えば、アルテのフルネームって何?」
「――アルランテ・ルシア・バーミュエン。覚えておきなさい」
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