第12話 旅立ち
日も出始めた早朝、既に目が冴えている遠夜はジェイニルに貰った服に袖を通していた。
その格好では悪目立ちするだろうからと、ジェイニルが用意してくれた。着心地は悪くないが、やはり遠夜の特殊戦闘服には及ばない。あれは柔軟で強度もあって防火性に速乾性もある。中に着るピチピチのコンプレッションスーツだけは今も着ていて、その上からジェイニルに貰った旅服を着ているくらいだ。
「ちょっとだけ動きづらいかも」
手足を動かしながら呟く。
リネンっぽい材質の服の上から革服を着ているが、ほんの少し動きづらさを感じる。とは言えこの程度は誤差だ。
後はポーチを腰に付け、更にもうひとつ大きめのを肩から下げた。中にはジェイニルに貰った道具や金、食料等が入っている。ちなみに銃やナイフ、弾薬はホルスターと共に腰のベルトに取り付けてあり、いつでも戦闘態勢に入れる状態となっている。
異世界の旅服に銃が携帯されている自分の姿は、なんだか新鮮だった。
部屋から出て階段を下りる。
その途中、丁度四階にあるアルテの部屋の前を通りかかった時だ。彼女の部屋の扉が空いていて、そこにアルテが突っ立っていた。胸元の黒リボン、白いフリルブラウスに赤いスカート、さらに赤い外套を羽織っている。遠夜の着る地味な服装とは大違いだ。これからデパートにでも行くつもりだろうか。
「お、おはようアルテ……てか、何やってんだ?」
アルテは遠夜を見ながら目をぱちくりさせる。
「丁度よかった、あんた手伝いなさい」
「はあ?」
「荷物が大きすぎて出られないの! ふぐぐ……そっちからも引っ張ってよ……!」
見るとアルテは自分の身体よりも大きく太ったリュックサックを扉に挟んでいた。サイズ的にどう見たって抜け出せるわけが無い。
「な、何やってんだお前っ、そんな荷物……一体何入れたらそうなるんだ」
「着替えとか! 普通に可愛い服とか!」
「おバカ! オシャレさんか! 何着入れてんだよ、遊びに行くんじゃねーんだぞ。服なんて今着てるので十分、せいぜい予備が一着だ」
「バカ言わないで、ここから王都まで何日かかると思ってるの!? ずっと同じ服なんて絶対に嫌!」
断固として拒否、その頑なな意思が瞳に宿っている。
「お前なあ……」
「いいから早く手伝ってよトロイわね」
「コイツ……」
しょうがないので彼女の腰に手を当てる。
「ちょっ、ちょっと、どこ触ってんのよ!」
「仕方ないだろ、手を引っ張ったって抜けやしないんだから」
「だとしても触り方が一々いやらしいのよド変態!」
「だっ、誰がド変態だこの野郎!」
「ひっ」
思わず少しだけ声が荒らげ、アルテの肩がビクッと揺れた。
「お、おい……」
彼女の瞳が潤んでいく。
「ぅ……何よ、うぅっ、ド変態って思ったから、言っただけじゃない……っ、そんなに怒らなくたって……っ」
泣き出した。
「ええっ、いや、ごごごめん! 泣かせるつもりはなかったんだ、今のは怒ったと言うよりかはその、ツッコミと言うかその…………で、でもダメだよやっぱり、荷物が多いと体力使うし、いざって時に動きづらいし」
「うぅ……でも服持ってきたかったんだもん……」
「お、王都に着いたら服を買おう? な? それでいいだろ?」
少女を慰めながら遠夜は思った。なぜ自分は子供の世話みたいなことをしているんだろう。しかしこの子、メンタル弱いな。
結局荷物は最小限に減らし、ついに里の出口の前に立った。
出口には荷馬車が一台停まっていて、ジェイニルとケルミナが見送りに来てくれていた。
「お爺様、お婆様、行ってくるわ」
アルテは涙を惜しみながらジェイニルとケルミナにハグをする。
「うぅうアルランテェェ……」
ジェイニルは号泣し、
「きっと大丈夫、貴方に神の祝福を願ってるわ」
ケルミナも悲しげな表情でそう呟いた。
「私二人のこと絶対忘れない。二人は私の本当の家族よ。いつか呪いが解けたら、またきっとここに帰ってくるわ……」
アルテの瞳から涙が零れる。
ここまで互いに思い合える家族がいて彼女は幸せ者だなと、遠夜は少し羨ましく思った。
「トーヤよ……今一度お主にも礼をいわねば」
「ジェイニル、それはこっちのセリフだよ。今日まで本当に世話になった、ありがとう」
「礼には及ばんよ」
ジェイニルがいつもの穏やかな笑みを見せる。
「地図は持ったかの?」
「ああ」
「通りの道まではラカスという青年が馬車で送ってくれる。そこからは昨日教えたとおりに進むのじゃぞ」
「ああ、わかってる」
「トーヤ……アルテのこと、よろしく頼む」
「ああ、必ず守り抜くよ」
ジェイニルとハグをして、ついに遠夜達は馬車の荷台に乗り込んだ。
馬車が走り出し、こちらへ手を振る二人の姿がゆっくりと遠ざかっていき、そしてとうとう見えなくなった。
見えなくなったあともアルテは荷台から身を乗り出し、悲しげな表情を浮かべていた。
それでも馬車は二人の旅人を乗せて進み続ける。
「いつまでも暗い顔してたって仕方ないぜ?」
「わかってるわよ。これは私がした選択なんだから」
アルテが馬車の中に顔を引っ込めた。
馬車は想像以上に大きく揺れている。山道なんてこんなものだ。
「なあアルテ」
「何よ」
「どうして一緒に来てくれたんだ? 俺と一緒に旅するなんて絶対嫌だったろうに」
「言ったでしょ、あんたと一生離れられないだなんてゴメンなのよ」
「ほんとにそれだけか?」
これは彼女にとって重大な決断だったはずだ。けれど決める時は案外あっさりと決断した。まるで元々考えていたようだった。
「はぁ……ぶっちゃけそれは理由の半分。もう半分は、あんたが行こうとしてる国」
「えと、エルセニアだっけか?」
「あたしの生まれ故郷なの」
「え、そうなのか?でも、じゃあジェイニル達は」
「お爺様とお婆様とは血は繋がってないの。私の本当の親は……」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
何だかまずい質問をしてしまっただろうか、と遠夜は少し焦った。
けれどアルテは淡々とした口調言う。
「別に、今更両親のことなんて何とも思ってないわ。血なんて繋がってなくたって、私にはちゃんと親がいたもの」
「そ、そうか」
「エルセニアにはいずれ行ってみたいって思ってたし、丁度いい機会だと思っただけよ。一人じゃ危険だしね、あんたそこそこ強そうだったから」
なるほど、と思う。彼女なりに色々と考えがあったようだ。意外と強かな一面を見た気がする。
「でもよ、それって俺を信じてくれたってことだよな? 嬉しいよ」
「勘違いしないでくれる? あんたのこと信じてるわけじゃないから」
「え……」
地味に傷つく言い方だ。
「私が信じてるのはお爺様よ」
「は?どういうことだ?」
「言ってたでしょ、お爺様には人の心の善悪を見抜く目があるの。だからあんたを信用していると言うより、お爺様が認めたあんたを、私も一応ほんのちょっと僅かながらに認めてあげることにしたってだけ」
「すんげえ上からだな……。つっても、それって結局ジェイニルの勘だろ?」
「はあ?お爺様の天恵よ? 勘なんかと一緒にしないで」
「天恵?」
様々な本を読み漁っていた遠夜の脳内が勝手にその言葉をそう訳した。
「あ、あんた本当に何も知らないのね……天恵って言うのは神から授かった祝福の力よ。お爺様は本当に人の心の善し悪しがわかるの」
「へ、へぇ〜そんなのあるんだ」
にわかには信じがたい話だが、呪いなんてものが存在する世界だし、有り得なくはないのかもしれない。
「もしかしてアルテも天恵ってのを持ってたりするのか?」
「ふふん、まあね。私はその辺の人間より結構凄いわよ」
「へえ〜」
「へえ〜って、もしかしてあんた、天恵持ってないの?」
「ああ。そんなもん俺のいた世界には存在しないからな」
「え、じゃああんた、天恵なしであの強さなの?」
「え、まあ、そうだな」
「驚いた……てっきり何か凄い天恵を授かってるものとばかり思ってたわ……」
よく分からないが、遠夜の実力に関してはそれなりに信用はあるみたいだ。
そんな時、馬車の揺れが収まった。
馬車が停車したのだ。
「悪いが送るのはここまでだ。あとは二人で頑張んな」
馬車を操縦していた里の若い男が御者台から振り向いてそう言った。
「ラカスだったか、ここまでありがとう」
「よせよ、人間が礼なんて」
遠夜達が馬車から降りると、ラカスはすぐ馬車を回して元来た道を引き返していった。
感謝はしているが、何と言うかあっさりした奴だ、と遠夜は思う。
「さて、ここからはジェイニルに教えて貰った通り、東側からぐるっと回って森を抜けよう。少し遠回りになるけど、このルートの方が水や食糧が手に入りやすくて、獣との遭遇もある程度避けられるらしい」
ジェイニルに貰った地図を広げる。
古い地図には赤い線が引かれてあって、危険な場所や川の位置なども記されている。十日も歩けば森を抜けられるはずだ。
「いよいよ……いよいよ旅が始まるのね……!」
隣でアルテが瞳を輝かせている。
「え、なに、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ! これから私の冒険が始まるのよ! 子供の頃以来だわぁ……きっとこれから様々な苦難を乗り越え、ドラゴンを倒し、迷宮に隠されし秘宝を見つけ出すんだわ……!」
「え、なにっ、今ドラゴンって言った!? ドラゴンって本当にいるの!? 絵本だけの話じゃないの!?」
「さあ私についてきなさい!」
「ねえちょっとっ……てかそっち逆!!」
ついに、二人の旅は始まった。
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