BLACK/OUT(O)
望乃奏汰
🐈⬛⸒⸒⸒⸒💡
公園の隅の草むらを一心不乱に見つめていた。
四つ葉のクローバーを探すのが最近のマイブームだからだ。
幸せになりたいとかではなく、単に探すのが楽しくてやっている。私はサイゼリヤの間違い探しにも真剣に取り組むタイプだ。
今日も買い物の帰りに近所の公園に寄った。
公園とは名ばかりの、住宅街にある空き地に申し訳程度にベンチを置きました。というような狭く簡素な場所だ。
当然私以外にこんな場所にわざわざ来る人間はいない。近くの広い公園のほうが遊具も噴水もレストハウスもあるしキッチンカーも来るので人気だ。勿論そんなところで俯きながら草むらを凝視する不審な人間がいたら通報される可能性がある。私はこうした客観性を持ち合わせた不審者なのだった。なので人のいない簡素な空き地で草むらを凝視している。
「んんんー今日はなかなか見つからんな。」
夕方になってきたし諦めて帰ろうとしたとき視界の隅になにか動くものがあった。
なんだ!? ネコちゃんか!?
あたりを見渡したがそれらしいものはいない。
また、すっ。となにか動いた。
そのあたりに目をやると、西日を受けオレンジに染まる公園を囲むコンクリート壁に猫の影が映っていた。
「ネコちゃん!?」
影の本体のネコちゃんを探したが、見当たらない。だが相変わらず壁にはネコちゃんの影が映っている。これは一体全体どういうことなのだろうか。
ネコちゃんの影はしっぽをゆらゆらと動かしながらひょこひょこコンクリート壁の中を歩いている。黒猫が壁ギリギリのところを歩いているのかと思ったがナナメから見ても全く厚みがない。
「これはまた面妖な、、、」
面妖としか言いようがなかった。
しばらく見ていたがどんどん日が落ちて20分程度でネコちゃんは見えなくなった。
◇
翌日、夕方頃にまた例の公園に行くとまた壁にはネコちゃんが映っていた。
公園に行く前に近所の百均で猫じゃらしを買ってきた。
自分の影がいい感じに映る場所に立ち猫じゃらしを振る。
「ほーれほーれ猫じゃらしですぞぉー」
おお、ネコちゃんが猫じゃらしの影と戯れている。かわいいぞ。ネコちゃんは影だけでもかわいい!!
20分経ち日が落ちてネコちゃんは消えた。
その翌日も、その翌々日も私は空き地に行き影のネコちゃんと遊んでいたのだが、段々と日が短くなってきて、ネコちゃんとの接触タイム(いや、実際は触ってないのだが)がどんどん減ってきていた。困った。私はネコちゃんともっとたくさん遊びたい。
私の中でネコちゃんをどうにか連れて帰ることはできないかという思いが日に日に大きくなっていった。
私の住んでいるのは家賃激安のアパート、勿論ペット不可であるが、影のネコちゃんはそうした規約の枠外の存在なので問題ないだろう。そもそも影のネコちゃんって何を食べるんだろうか。うんこもするのだろうか。わからない。まぁ影のネコちゃんなのでなんとかなるだろう。全く根拠の無い自信があった。
影のネコちゃん日が落ちると周りの影に溶けて見えなくなる。光源があれば日が落ちてからでもネコちゃんは存在するのではないのか。という仮説を実証してみることにした。
その日、空き地にいつものように猫じゃらしと、これまた百均で買った強力LEDライトを持っていった。ちいさいペンライト型だったが光量が強く照射範囲が広すぎない。
日が完全に落ちきる前にコンクリート壁をライトで照らす。ネコちゃんはライトで照らした範囲からおりこうに動かなかった。
そして、日が落ちてからも消えなかった。
ライトを動かすとネコちゃんもそれに合わせて動く。そのままライトを点けたまま道路に出る。ネコちゃんは消えない。前方を照らすように、或いは犬のリードに引っ張られるようにアパートに帰った。
部屋の電気をつけてしまうと影が薄くなりネコちゃんが消えるのではないかと思い、デスクライトを壁に映し、そこにネコちゃんを移動させた。
私はデスクの前の椅子に座りながらしばらくネコちゃんを見ていた。
こんなにネコちゃんを近くで見たのは初めてだ。
部屋にネコちゃんがいる。
ペット不可の部屋に!ネコちゃんが!いる!
私は大興奮した。
影のネコちゃんは丸くなりしっぽをゆらゆらさせている。
なんてかわいいんだ、、、
ネコちゃんを部屋に連れて帰ってきたという安心感と達成感から急に眠気がやってきた。
しっぽの、この、ゆらゆらするのが、なんとも、、、
◇
「・・・・・・んぁ?」
寝てしまった。
相変わらずネコちゃんはデスクライトのあかりの中で丸くなっている。
ネコちゃんがいる生活、豊かな生活。
ぱちん。
何かが割れるような音がして、部屋が真っ暗になった。
途端にざあっと腕に何かが触った。
「え!? 何!?」
次の瞬間、
肌という肌に顔に口に目に鼻にざりざりとした何かが這い回る巨大なたわしが体を押し潰していくように蠢いていていていてててて痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたたたたた
「んぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
必死に探し当てたスマホのホームボタンを押し明るくなった画面とともにおぞましい不快感と痛みが消えた。
すぐにバックライトを点け、まだ口と喉と鼻の奥に中に残るざりざりした気持ち悪さから私はその場で何度も嘔吐した。
「・・・・・・おぇっ、げぇっ、、、ゲハッ、、、うぅ、、、ゲェ、、、」
どれ程の時間が経っただろうか。ようやく落ち着きを取り戻し部屋中の電気をつける。
洗面所で口をゆすぎ、吐瀉物で汚れた服を洗濯機に投げ込む。
汚した床を掃除してシャワーに入り着替えると電気をつけっぱなしで午前三時過ぎに居間のソファで寝た。影のなるべくできない場所で。寝室に行くのが嫌だった。ベッドの下に『あれ』がいるかもしれない。
◇
翌日、部屋のカーテンを開ける。
開けても目の前は隣のマンションの壁しか見えない。このアパートが激安なのはこういった理由もある。暗い。
部屋の電気は昨日から付けっぱなしだ。
今月の電気代が怖い。
それよりも『あれ』が遥かに怖い。
『あれ』は猫ではなかった。
猫の姿をしたなにか恐ろしいものだ。
死ぬかと思った。
まだあの気持ちの悪い感覚が抜けない。
まだ物陰に潜んでいるかもしれない。
夕方に暗くなりいなくなったように見えたのは、影に溶けて希釈されたからなのかもしれない。
部屋に連れてきてはいけなかった。
『あれ』はきっと部屋の容積に釣り合わない比率の『闇』なのだ。
デスクライトを確認すると電球のフィラメントが焼き切れていた。
日中部屋の影になりそうな部分をひたすらスマホのフラッシュを光らせながら回った。
『あれ』の姿はどこにもなかった。
今日も電気をつけっぱなしで居間のソファで寝た。よく寝れなかった。
BLACK/OUT(O) 望乃奏汰 @emit_efil226
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