第8話『過去を聴いてくれ』

 かもめにボッコボコにされた翌日の放課後、零八はそれを愚痴ろうと美琴の元を訪れた。ついでに以前はぐらかされた『正確には死んでいない』の詳細を聞ければいいと思っていた。

「それで、かもめさまに遭いに体育館に行ったら追い返されてしまった、と。あの方、結婚について何か話していませんでしたか?」

「うん、自分よりバスケが強い男と結婚したいの、って」

 すると美琴はあぁやっぱり、という顔をする。

「かもめさまとは数回遭ったのみですが、『呪いを解いて生き返る』を『結婚する』とイコールで考えているようですわ。なんでも、わたくしの前に【ピアニスト】をやっていた方は、選んでくださった方にプロポーズを受けて卒業していったそうです。それを見て勘違いしてしまわれたのでしょう」

 なんでそんなことになった、と零八は頭を抱えた。管理者の奈々や全智の尊乃はなんの説明もしなかったのか。

「七不思議の古株たちは放任主義なところがございますからね……わたくしの能力も、どうやら【ピアニスト】が代々受け継いでいたものがあるそうですが、そのうち身につくからと詳細は教えてくださりませんの」

「しょうがない人たちだね」

「もしかしたらもっと隠していることがあるかもしれません。わたくしが知っていることであれば教えますわ。わたくしはレイに隠し事をいたしませんので」

「助かるよ。じゃあ早速だけどどうしたらいいかな? せめて話だけでも聞いてもらいたいんだけど……」

 バスケの実力を見せる前に追い返されてしまった。いや、実際にはそんなものないんだけど。

「かもめさまを、ひいては奈々さまを諦める──いえ、七不思議ジョークですわ。そんな悲しそうな目をしないでくださいまし。そうですわね、わたくしに良い解決策はありませんが、奈々さまがかもめさまの件でレイを探していらっしゃると耳にしました。彼女を尋ねてみてはいかがでしょう」

 美琴からの朗報に零八は嬉しそうにその手を取った。

「ほんと⁉︎ 助かるよミコ」

「えぇ。今から行きますの?」

「いや。今日はいいや。ミコとおしゃべりするつもりだったから」

 零八の発言に美琴は目を伏せ、しばらく悩んだ後、はっきりと零八の目を見て言った。

「嬉しいことを言ってくださいますわね。えぇ、覚悟ができましたわ。ちょうど隠し事はしないと約束いたしましたしね。理事長室へ一緒に行ってくださいますか? わたくしがまだ死んでいないことを、詳しくお話しいたしますわ」

 もちろん零八は断らなかった。


 久しぶりの理事長室には相変わらず友佳がいて、ふたりの訪れを歓迎してくれた。

「みこちーを連れてくるなんて、なっちゃんとの賭けは順調みたいね。それとも、みこちーを生き返らせることにした──なんて質問は野暮か。それで、今日はなんの用かしら?」

「外出許可をいただきに参りましたわ。七不思議は外出してはいけないルールがございますが、理事長の許可を得ていれば問題ないと尊乃さまから聞きました」

「そうだね。外出目的は何?」

「夢指大学病院に……レイに今のわたくしを見ていただきたいのです」

「……あぁ、前に話してくれたやつか。わかった。でも面会時間がそろそろ終わるから、はなっぺの『厠渡り』で連れていってもらって。彼女の分の許可も出しておくから」

「はい。ありがとうございます」

「無理はしないようにね」

 零八を置いて話がどんどん進む。しかし会話の断片からこの後起こる事への不安を募らせていた。


 旧校舎三階、女子トイレ。【トイレの花子さん】のテリトリー。

「「はーなこさん、あそびましょ」」

「はぁい」

 鼻歌混じりの笑顔で三つ目の個室から出てきた花子に外出許可証を見せると、途端に不機嫌になった。以前もこんなことがあったらしい。

「零八さんと美琴さんと三人で遊べると思ったら、ただのタクシー役ですか。あーあ面倒だなー、わたしにも断る権利はあるんだけどなー」

「お願いします。花子さまの同伴でないと許可が降りなかったのです」

「どうしてもですかぁ?」

「どうしても、ですわ」

 ニヤニヤとする花子の反応を見るに元々断る気はなさそうだが、その言葉どうしてもを引き出したかったようだ。

「でしたら美琴さん。あなたは今度の放課後わたしと一緒に遊んでください。ちょうど多人数用の遊びをしたかったところなんです。これを守ってくれるならタクシー役くらいやってやりましょう」

 美琴はもちろんですわ、と頷いた。

「それから零八さん。あなたにも同じ遊びに参加してもらいます。ただついでに来週発売のマスモンカードの新弾を一箱買ってきてもらえますか? 知っての通り七不思議は外出ができないので。あ、半額は出します。ですが、もう半分くらい払ってもらえますよね?」

 零八は仕方ないと頷いた。

「よし、では早速参りましょう!」

 条件を取り付けて嬉しそうな花子は、自分がこの外出の主役であるかのようなテンションで能力を使った。

!」

 花子は両手で二人の手を握ると、勢いよくトイレに飛び込んだ。


 零八にとって目前に下水が迫る感覚は何度やっても慣れない。花子はいつも汚くないと説明し、それが正しいこともわかっているけどどうしても目を瞑ってしまう。

 今回もそうで、しばらくして目を開くと、そこは多目的トイレだった。病院には男女問わず入れるトイレがあるから助かるな、と何目線かわからない感想を抱いた。

「事前に聞いた話からして、ここが一番近いトイレのはずです。わたしはここで待っていますから、お二人で行ってきてください。わたしはただのタクシーですからね」

 花子はそう言って便器に座るとポータブルゲーム機を取り出した。美琴が秘密の話をしたいことを汲んでくれたようだ。しかしその前に零八は訊いておきたい。

「ちなみに、なんでトイレに飛んだの?」

 水ならなんでもいいんじゃなかったのか。

「ワープ先の座標としてイメージしやすいからです。十五年以上過ごした叉神学園内でしたらなんの水でもイメージできるんですが、校外ともなるとやはりビーコンがないと……って、こんな話する暇あるんですか? 面会時間ギリギリなんでしょう?」

 花子の説明に筋は通ってるなと思いつつ急いでトイレを出る。

「ミコ、どこに行けばいい?」

「すぐそこの病室です。わたくしに着いてきてくださいまし」

 そうして少し走りながらも目的の病室に着いた。どうやらそこは個室のようで、扉のプレートに書かれた名前に半分見覚えがあった。

 室内に入っても美琴はまだ躊躇っているようで、何も話す様子はない。

 狭い病室にはベッドが一つある。零八はそこで眠る少女を見て、なんとなく彼女の言いたいことがわかった。

 だから零八は美琴の背中を押すためにひとつ質問をすることにした。

「この子の名前、教えてもらってもいいかな?」

「……浦部うらべ、浦部美琴。生前のわたくしの名前ですわ」

 零八は黙って彼女の言葉の続きを待った。

「わたくしが事故に遭ったのはレイもご存知かと思いますが、その際わたくしは死ぬのではなく、いわゆる脳死状態となったのです。三浦美琴としてのわたくしがいる以上魂は肉体を離れ、目覚める見込みはありませんが、わたくしの両親が有り余ったお金を使って命を保たせております」

 無駄な行為ですわ、と美琴は語り終えた。

 零八は何も言えなかった。続きを聞くために黙った先程と違い、今度は何を言うべきかわからなくなってしまったのだ。

「それでは帰りましょうか。話したいことは話せました。長居は無用です」

 美琴はトイレに行こうと歩き出した。零八は何か言わなくてはと考える──

「僕に……僕にできることは何かある?」

「真実を知ったところで何か変わる必要はございませんわ。変わらずに音楽室へ赴き、変わらずにわたくしの演奏を聴いて、変わらずにわたくしとお話しして下されば、それで十分です」

「そっか……」

 零八は悲しそうな顔をする。そんな零八を美琴は抱きしめる。

「レイにできること、えぇ……ひとつだけございます。ですがそれはまたいずれお話し致しましょう。まだあなたとやりたいことがたくさんありますので」

 その言葉の意味のすべてを零八は理解することができなかったが、それでも美琴の思いを汲んで何も訊かないことにした。

 ふたりはお互いに黙ったまま花子の待つ多目的トイレに向かった。

「それでは花子さま、送って下さいませ」

「わかりました。先に零八さんをお家に送りますね。では、やりますよー」

 明らかなお通夜ムードを察した花子はいつも以上のハイテンションで場を明るくしようとする。しかし零八が自宅のトイレに転送されるまで、美琴との間に会話はなかった。

 トイレから出た零八は、制服のままベッドに寝転がってさっきあったことを思い出す。生前の自分を見て悲しむ美琴にできることはないのか、零八はもう一度考えたが答えは出なかった。


 一方その頃、音楽室に帰ってきた美琴は今日の行動についてひとりで反省会をしていた。

「ふぅ……疲れました。レイはどう思ってくれたでしょうか。奈々さまには……いえ、まだまだですよね」

 気分を切り替えるためピアノを弾こうとしたが──

「あら?」

 ピアノの蓋が開かなくなっていた。音楽準備室にある鍵を使っても何故か開かない。

「どうしてですの?」

 ピアノを弾けないことに焦る美琴を、音楽室後ろのベートーヴェンの絵がわらっていた。

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