第6話『話を聴いてくれ』

 放課後の音楽室の前で、零八は立ち往生していた。生徒の多くが家に帰ったのにも関わらず、音楽室からはピアノの音が聞こえ続ける。

 零八はクラシックに明るくないから曲名まではわからないが、これがクラシック音楽であることと、上手いことはわかった。

「完全に入るタイミング逃したな」

 花子の時のように勇気が出ないのではなく、この素晴らしい演奏を邪魔したくなかったのだ。しかし、その瞬間ピタリとピアノが止んだ。人影が扉のすぐ向こうまで迫る。零八の手に依らないまま扉が開く。

「はじめまして、あなたが零八さまですわね。わたくしは七不思議その3【放課後のピアニスト】三浦美琴と申します」

 月明かりが差し込む音楽室で、真紅のドレスに身を包む少女に出会った。


 美琴に手を引かれるまま音楽室に入り、流れるように椅子に座らされ、彼女の演奏の続きを聴いている。

 なんだろうか、聴いたことがあるけど名前を知らない。なんとなく昔の外国の人が作った曲なんだろうということだけがわかる。それこそベートーヴェンとか。

 そこで零八は違和感に気づく。奈々も美琴も七不思議その3は【放課後のピアニスト】と言った。おそらくそれが正しいのだろうが、友月の資料には【歌うベートーヴェン】とある。生徒が勝手につけた名前だろうから多少の表記揺れがあるのはわかるが、なぜピアニストの七不思議を【歌う】としたのかがわからなかった。

 零八がそんなことを考えていると、美琴は器用にもピアノを弾きながら話を始めた。

「尊乃さまや奈々さまからどこまで聞いていらっしゃるかわかりませんので最初からお話しますが、わたくしは今いる中で一番最後に七不思議になった、新参者なのですわ」

 硬いお嬢様口調でそう語る美琴に、零八は声が詰まる。そもそも他人ひとの演奏中に声を出していいものなのかわからない。仕方がないので次の言葉を待った。

「つまり、呪われた生徒のお相手をするのもこれが初めてでして……正直どうすればいいのかまったくわからないのです。それにみなさんのような特殊な能力の使い方もわかっていませんし……まだまだ未熟なことは理解しておりますので恥を忍んでお訊きします。花子さまと尊乃さまとはどのようなことをなさったのでしょうか?」

 未だピアノは止まらない。でも質問に答えない方が失礼だと思って事実を話した。

「花子さんとは色々なゲームで遊びました。一番長くやったのは花札です。尊乃は自分の思いを深く話してくれました。あと、七不思議について詳しく教えてくれました」

「そうですか……あと、敬語で話す必要はございませんことよ? わたくしたち、同い年ですので」

「それは……そちらこそ」

 硬い敬語がさっきから気になっていた。

 花子も敬語だが、仲のいい後輩(実際には年上だが)という雰囲気があった。それに比べて美琴は距離を感じる。

「わたくしは名家の生まれでして、そのような教育を幼い頃から受けております。生前の習慣は簡単にやめられません。死んで日の浅いわたくしでは尚更なおさらですわ」

 なるほど、こういう話をすればいいのですね、と思いつく美琴。ピアノを弾くのをやめて零八の方を向いた。

「わたくしたちは歳も近く、お互いに何も知らない状況です。ここはひとつわたくしの協力者になっていただけませんこと?」

 そうして美琴は一つの提案をした。彼女の言うことをまとめると、つまり話し相手になってほしいとのことだった。

「他の七不思議はあれをしようこれをしようという方ばかりです。でしたら一人くらい、ただ理由もなくお話をする相手がいてもよろしいのではなくて?」

 奈々のオーダーは七不思議全員と仲良くなること。仲良くなるという点ではこれほど健全で気軽な関係もないだろう。

「うん、わかった。よろしく頼むよ」

「ええ。愚痴など、人に言いにくいこともわたくしには遠慮なく話してくださいませ」

「なら……遠慮なく──」

 それから零八たちは時間を忘れて話し続けた。


 美琴はふと時計を見て、零八が帰るべき時間をとうに過ぎていることに気がついた。

「レイ! 時間まずくないかしら。ご両親が心配なさっているのでは?」

「あぁ、大丈夫だよ。親には遅くなるって話してあるし。でもたしかにそろそろ帰った方がいいかもね」

 レイと呼ばれた少年──零八は残念そうな顔で立ち上がる。

「はい。昇降口まで送っていきますわ」

「ありがとう、でも大丈夫だよ」

「いえ、まだ少し話したいことがございますので」

「ミコがそう言うなら、一緒に行こうか」

 ミコと呼ばれた少女──美琴は嬉しそうに頷いた。

 ふたりは音楽室を出て、横に並んで歩き出す。

「それでミコ、話したいことって?」

「それほど真面目な話ではないのです。ただお礼が言いたかっただけですわ。レイの話す高校生活はわたくしが体験できなかったものですので。最初の授業から入学前課題の小テストをする数学の先生への愚痴でさえも、嬉しかったのです」

「そっか、今年の三月に亡くなったって言ってたもんね」

 美琴の話によると、彼女は叉神学園に合格していたという。春から零八と共に入学するはずだったが、事故に遭い叶わなくなってしまったそうだ。

「えぇ。ですが……より正確に言うとわたくしは死んでいないのです」

 美琴の足が止まる。零八はどういうことかと振り返る。

「昇降口に着いてしまいましたので、詳しくは次にお会いした時に致しましょう」

 美琴はとても怯えている表情をしている。まだ話す勇気ができていないのだと予想がついた。

「わたくしに聞いてほしいことができましたら、あるいはわたくしの演奏を聴きたくなったらいらしてくださいませ。その時までに、準備をしておきます」

 そう言われては無理に聞き出すわけにはいかず、美琴の礼を背中に受けながら零八は帰路についた。

 七不思議と友達になる。

 奈々の望みをこれ以上ない形で零八は叶えた。この友情があとあと零八を苦しめるなんて考えもせずに。

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