第4話『花札で遊ぼう』

 翌日の放課後、零八は旧校舎三階に来ていた。もちろん昨日計画した通り【トイレの花子さん】と遭うためだ。

 しかし来てみたもののやはり女子トイレに入る勇気はなく、その前を行ったり来たりしている。許可があり、人の目がなくてもマナーを気にするタイプであった。

「よし」

 しばらく彷徨いた後、そう言って自分に喝を入れ、女子トイレの扉をゆっくり開き、素早く滑り込む。

 インターネットの情報が三つ目の個室を三回ノックであったことを振り返る。

 コンコンコン──

「はーなこさん、あそびましょ」

「…………」

 五秒にわたる無音。トイレを早く出たいという気持ちが、体感時間を何倍もに引き延ばす。

「はぁい」

 手順を間違えたか不安になり、一度外に出ようとした零八の腕を、小さい手が掴んで強引に個室に引き込んだ。

「遅いですよ。別に約束したわけじゃないですけど、ずっとウロウロするのはやめてくださいね。その時間があればどれだけ遊べたか考えてください。時間は有限なんですから」

 文句を垂れるのは中学生くらいの女の子。便座の上に立ち、零八と身長を合わせて威厳を保とうとしている。

「えっと……ごめんなさい」

 なんとなく年下に謝るのは恥ずかしいが、完全に零八が悪いので素直に謝る。

「しょうがないですねぇ、許してあげます。でも遅れた分は残って遊んでもらいますよ」

 遊ぶ。その言葉にネットで見た『○○ごっこ』を連想して零八は身構える。このまま殺人あそびに巻き込まれるかもしれない。

 零八が女子トイレに入るのを躊躇っていた理由の一つである。奈々や尊乃が花子さんの危険を語っていなかったとはいえ、ネットや友月の忠告を無視することができなかった。

 奈々とデートするためとはいえ、命までは賭けられない。しかしどれだけ零八が警戒しようと、一度掴まれた腕を振り払うことができなかった。

 少女は便器の中に落ちる。そして彼女に掴まれて引きずり込まれる零八。

 零八の頭の中は怖いと汚いとわけわからないでぐちゃぐちゃになっていた。

 水が眼前に迫り、零八は思わず目を閉じた。


 濡れる感覚がないことを不審に思った零八が目を開けると、そこはどう見ても旧校舎の教室だった。

「はじめまして、七不思議その1【トイレの花子さん】を務める、一ノ瀬いちのせ花子はなこです。気軽に花子さんって呼んでくださいね」

 黒髪をボブカットにし、白いシャツに赤いスカートの少女は深々と頭を下げた。

「花子さん……僕は神呪零八──いや、そんなことより今のは?」

かわや渡り──奈々さんの催眠術みたいな七不思議固有の能力で、わたしの厠渡りはワープ。水面と水面を瞬間移動することができます」

 花子が足元を指差す。そこには水で満たされたバケツがあり、今の話を信じるのであればここから出てきたようだ。

 次に教室を見渡すと、扉や窓が釘打ちされていて開かないようになっている。ここは厠渡りでのみ来れる秘密の部屋というわけか、と零八は感心する。

「さて、時間もないことですから早く遊びましょう。何がいいですかねー」

 彼女はそう言って教室後方の箱の中を漁る。そして彼女が取り出したものを見て零八は冷や汗をかいた。

 それはハンマーだった。零八の頭に『撲殺ごっこ』がよぎる。

「いやそれ……」

「これですか? ピコピコハンマーです。『叩いて被ってじゃんけんぽん』に使うんですよ。やりますか?」

「いや……いいかな」

 たしかにどう見てもピコピコハンマーだったが、油断できない。奈々の催眠術やさっき花子のワープなど、七不思議が不思議な力を使うのはわかってる。ピコピコハンマーの重さを変えて殴りかかってくるかもしれない。そう考えると危険そうな遊びには付き合わない方がいいな。

「ツイスター、塗り絵、軍儀、カタン、積み木……零八さんが好きな遊びやゲームはありますか?」

 正直に言うと、零八にそんなものはない。修学旅行でトランプをしたり、流行りのソシャゲをやったりはするが、目の前にいる少女ほどそれらに熱中したことはなかった。

 ただ、今回は命がかかっている。なんでもいいと言って危険な遊びを提案されたらたまったものではない。花子の好感度を下げないように意識しつつ安全な遊びを提案しなければならないのだ。

「あんまり動く遊びより、座ってできるボードゲームの方が好きかな」

「でしたら、わたしが一番好きなゲームに付き合ってくれませんか?」

 興奮気味に話す花子の手には、花札が握られていた。

「花札? こいこい……だっけ?」

「はい! ルールはご存じですか?」

「いや、わからない。ごめん」

「それなら教えますから、やってみましょう」

 そう言って花子はカードをシャッフルすると互いに八枚ずつ配り、二人の間に表向きに八枚を並べた。花札が危険なことはないだろうと、零八は黙ってそれを見ていた。

「配ったがわたしと零八さんの手札で、表向きなのが場、残りは山札です。

 自分の番になったら手札から一枚カードを選んでそれが場のカードと同じ花の絵なら二つあわせて自分の持ち札にできます。同じ絵がなければ場に置きます。

 その後山札から一枚めくって、手札から出した時と同じように同じ花の絵があったら持ち札に、なければ場において番が終わります。これを繰り返して持ち札で役をつくります。

 役ができたらそれを宣言して、『あがり』か『こいこい』を選べます。あがるとその回に作った役の点が手に入って、こいこいをするとその回を続行して更に高い点を目指します。役があっても相手に先にあがられるとその点は無かったことになってしまいます。

 それを十二回繰り返した合計点で競うので、こいこいを利用して稼げる時に稼ぐ必要があります。そういう駆け引きが楽しいんですよ。あ、札一覧と役はこの紙を参考にしてください。十一月の札とかややこしいので気をつけてくださいね」

 役と札を一通り目を通して、なんとなくこいこいというゲームを理解した。

「よし、やってみようか」

「はい! はじめてなので失敗したり間違えたりしてもいいですからね。その代わり、わたしはゲームで手を抜く気はありません。全力で勝ちますよ」

 こうして初対面の少女とのこいこい対決が始まったが、二時間経過しても一度も勝てていない。

「あがります。三点追加で七対二十八。わたしの勝ちですね。最初に比べたら何回かは勝てるようになってるのでいいと思います。わたしが相手じゃなかったら勝ち越せてもおかしくないですよ」

 花子は机に突っ伏して負けを認める零八に健闘を讃える言葉をかけた。しかし零八はそれを受け入れ難いようで、もう一回と駄々をこねている。

「零八さんがやる気なのはとても嬉しいんですけど、そろそろ七不思議と呪われた生徒として真面目な話をしたいですね。零八さんがわたしを生き返らせる気がないのにわたしに呪いを解いてほしがってると聞きましたが、ほんとですか?」

 花子の顔が本当に真面目なものに変わったので、零八もそれにならって真面目に言葉を紡いだ。

「奈々は僕の初恋で、彼女を生き返らせたいと思ってる。奈々にそう話したら、彼女は他の七不思議全員と友達になることを条件として提示してきた」

「それでわたしと友達になろえとした──噂通りですね。改めてわたしは【トイレの花子さん】です。ですが、ネットで目にする『撲殺ごっこ』や『首絞めごっこ』をするような暴力的や【花子さん】ではなく、ただの遊びが好きでか弱い女の子です。わたしが友達に求めることはひとつだけ、一緒に遊んでくれることです。零八さんはこれから他の七不思議とも遭うことになるでしょうから、毎日なんて贅沢は言いません。週に数回遊びましょう。わたしが満足したら、その時は呪いを解いてあげます」

「遊ぶだけでいいの?」

「はい。最高です」

 交渉成立を記念して、ふたりは握手を交わした。

「さて、そろそろ他のゲームをしましょうか。気分を一転してビデオゲームなんてどうでしょう。格ゲーとかいけます? レーシングや音ゲーもありますけど」

「あ、その前に花子さん、明日遭うならどの七不思議がおすすめかな?」

「わたしが最初ですよね? なんでも尊乃さんの推薦があったとか。まぁ順当ですね、わたしがチュートリアルとして適任ですから」

「なんでそう思うの?」

「今の七不思議の中で一番呪われた生徒と関わってきたのがわたしだからです。こう見えてもう十五年も【花子さん】やってますし、先輩の奈々さんや尊乃さん、魅羅みらさんに比べてちゃんと向き合ってきましたから」

「としうえ?」

 零八は驚きのあまり思わずそう呟いてしまった。

「はい、死んだ時の年齢が見た目の成長は止まりますし、わたし生前から若く見られてるだけで、死んだのも十七歳ですから零八さんより年上ですね。あ、実年齢を考えるのは失礼ですからやめてくださいね」

 わけがわからなかった。

「ま、まぁわたしの年齢なんてどうでもいいんですよ。次遭うなら誰か、でしたよね。七不思議の中には友達になるのを拒みそうな人もいますから、そういう方は後回しにするっていう尊乃さんの意見には賛成です。なら美琴みことさんか、それこそ尊乃さんがいいと思います」

「美琴さんと尊乃さん?」

「はい。それぞれ音楽室と図書室をテリトリーにする七不思議です。放課後にそこに行けば遭えますよ」

 零八は次回の指針を得たことにホッとした。そしてその礼として全力で目の前の年上少女に向き合うことを誓った。

「格ゲーやろう」

「はい! 今度こそ勝てるといいですねー!」

 からかうように言う花子に、売り言葉に買い言葉。時間を忘れて遊び続け、結局二日連続で最終下校時刻を過ぎてしまったので、厠渡りで家のトイレまで送ってもらった。

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