第3話『会長のために』

 急いで教室を出た零八は、ちょうどそこを通りかかった少女とぶつかりかけた。

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 幸いお互いに転ばなかったものの、かなり心臓に悪い出会い方をしてしまう。

「ええ、私は大丈夫よ。でも……君こそ大丈夫?」

「はい」

 返事をしながら相手を顔を見る。零八にはその顔に見覚えはなかったが、次に見た腕にある腕章がその立場を明かしてくれていた。

「生徒会長? 入学式で話してた……」

「正解。ついでに名前も覚えて、友月ゆづき。友達の友に月曜日の月よ」

 友月はそう言って握手を求める。零八はそれを握った。

「神呪零八です。神様の神に呪い、08で零八です」

「零八くんね。では一緒に行きましょうか」

「え?」

 友月は右手の握手を左手に持ち替えて手を繋ぐ。零八は戸惑って動けない。

「帰るのよね? 最終下校時刻は過ぎてるし、今普通に校門に行ったら先生に怒られる。私と行けば生徒会の手伝いをしてくれてたことにしてあげるわ。悪くない提案でしょう?」

「は、はい。お願いします。ただ……手を離していただけると──ありがた、かったり? したりします」

 零八のその提案に友月は手をすっと離す。

「ごめんなさい。ただ、逃げないか心配で」

 逃げる? 友月の口から不穏な言葉が放たれ、零八は冷や汗をかいた。

「そんなに怖がらないで。零八くんにお願いをしようと思っていただけなの。本当に生徒会の手伝いをしてみない?」

「僕にできることなんですか?」

「ええ。普通の仕事じゃないからむしろ零八くんにしか頼めないわ」

 そんな前置きを挟んで、友月は本題を切り出した。

「七不思議って知ってる?」

 タイムリーな話題に零八が友月を凝視する。友月にとってはそれが答えだった。

「最近七不思議を信じてる生徒が多くて、不安がったみんなが目安箱に調査依頼を投函とうかんしてるのよ。噂と言ってもそこまで影響力があると私としてもなんとかしないとと思っていて、そこでちょうど七不思議に詳しそうな零八くんを見かけたの。みんなの不安を取り除くために、協力してほしいのよ。お願い!」

「なんで、僕が詳しそうって……」

 さっきから零八は質問ばかりしている。だが、質問しなくてはわからないことばかりだから仕方ないと自分に言い訳をしてどんどん訊いていく。

「さっき零八くんが出てきた部屋、あそこは七不思議その7【開かずの間】と呼ばれていて、教師ですら鍵を持たない謎の部屋なの。たしかにあそこが開いてるところは見たことなかった。けど零八くんは新入生なのにあそこの開け方を知ってた。だからそう思ったの」

 なるほど、あの部屋はそういうものだったのか。おそらく奈々の能力だろう。それが七不思議の一つとしてひとり歩きしてしまったのかもしれない。

「友月会長は七不思議を信じてるんですか?」

「信じる。私は生徒の信頼する生徒会長だもの。彼らを、そして彼らの信じるものを信じないようじゃちゃんとした運営はできないわ」

 生徒に向き合うその姿勢はなんとも生徒会長らしい。トップになるのも大変だな。

「七不思議の正体がわかったらどうするんですか?」

「校内新聞で公表するわ。害がないなら安心していいことを、害があるなら気軽に近づかないように」

 奈々を見た感じ七不思議に害はないだろう。友月も信用に足る人物だし、きっと悪いようにはならない。二人を繋ぐことができたら双方にメリットがあるだろう。そうしたら奈々も考え直してくれるかもしれない。

 そう判断した零八は友月の提案を飲んだ。

「僕は何をすればいいですか?」

「やってくれるの?」

 嬉しそうに友月は笑う。やや大袈裟に。

「僕にできることなら……」

「じゃあまずはラインを交換しましょう。そうしたら七不思議たちと接触してほしいの。それでわかったこと──なんでもいいわ、安全か、危険か、見た目、遭い方、対策、それらをラインで共有してくれる?」

 こうして零八は友月の連絡先を手に入れた。入学初日に会長とコンタクトを取れたのは友月を慕う生徒からしたら羨ましいどころではないが、零八にはプライベートな連絡をするつもりはなかった。彼の目的はあくまで奈々と仲良くなることである。

「それじゃあよろしく頼むわね。どの七不思議から調査するかは任せるけど、目星をつけてるやつはあるの?」

「えーっと、はい。明日は【トイレの花子さん】の所に行ってみようと思ってます」

「花子さんか──気をつけてね。ネットでは危険な噂が多い七不思議だから」

 友月の発言に不安を覚えた零八は【トイレの花子さん】で検索をした。


【トイレの花子さん】

 学校のトイレに現れる怪異。地域によって異なるが、三階の女子トイレの三つ目の個室にいることが多い。扉を三回ノックして「はーなこさん、あそびましょ」と言うと現れる。

 何者かに追われ、トイレの個室に逃げ込んだところを殺された少女の霊であり、「あそびましょ」と誘ってきた相手を自分が死んだ方法で殺す『○○ごっこ』に巻き込む。中でも『撲殺ごっこ』と『首絞めごっこ』が多い。


 人を殺す怪異、確かに危険だ。これは変に噂になっても仕方がないな。

「こっちがその気になれば遭遇しやすく、遭遇したらほとんどの場合死ぬ。とても危険よね。うちの【トイレの花子さん】がネット通りなのかの調査、頼んだわよ」

 友月の重い口調に固唾を飲んだ零八。

 それを見かねた友月は一転明るい口調で言った。

「怖くなったらいつでも辞めていいからね。あと──生徒会長権限で女子トイレに入るの許してあげるから。あ、でもなるべく見られないようにね」

「……あ、ありがとうございます」

 零八は友月の冗談にうまく対応できなかったことを恥じ、顔を逸らしたまま校門を出た。


 自転車通学の零八と別れた友月は叉神学園の最寄駅に入る。三番ホームで見知った顔たちを見つけて声をかけた。

「遅くなってごめんなさい。もう三本くらい見送ったんじゃない?」

「会長と帰るのも生徒会の役目ですから。それで、例の新入生はどうでした?」

 小柄な少女は、大好きな先輩と数分ぶりに会えたことを喜んだ。

「あれはやっぱり知ってる人間ね。情報提供の約束も取り付けたから、こちらの計画もより良いものにブラッシュアップしやすくなるわ。それに、彼をサブプランにするのも悪くない」

「さすが会長。ぼくも貴方に恥じない働きをしなくてはなりませんね」

 そう言った少年は左手をひたいに当ててニヒルに笑う。

「それなんだけれど、零八くんは最初に【トイレの花子さん】と接触するみたいなの。忠久ただひさは【トイレの花子さん】担当だったわよね。よろしく」

「会長の指示なら従いますが、女子トイレに潜入するなら女性の方がよかったのでは? 元々男女比は女性の方が多いのですし」

 忠久と呼ばれた少年のもっともな発言に今まで黙っていた少女がヤジを飛ばす。

「ねえ、真紀ちゃん。平等にクジで決めたんだから今更文句を言うのはダサいよね?」

「そうだね、志帆ちゃん。いつもは『会長のためならなんだってします』みたいなこと言ってるんだから、こういう時にもちゃんと意思を曲げないでいてほしいよね」

 顔は違うが所作がそっくりの二人の少女──志帆と真紀は息ぴったりに頷いた。

「安心してよ忠久。旧校舎だからほとんど人来ないし、もしバレても私が責任取るからさ」

 友月はそういうが、まったくもって安心できない。忠久は【トイレの花子さん】の調査中に女子トイレに入らないことを誓った。それは自分が変態のレッテルを貼られるのを恐れたのではなく、敬愛する友月に責任を取らせたくないという忠久らしい理由だった。

「今まで苦労して準備してきたのだから、絶対に成功させましょう。生徒会の威信にかけて」

 友月の掛け声に、今まで黙っていたメンバーを含めた七人が一斉に『おー』と叫ぶ。

 変人だらけの生徒会に周りの目を気にする人はいなかった。

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