第4話 ウェイクアップ・キス

《朝の海上空港》

 西向きの滑走路の奥から朝日が昇る。

 夏の日差しはまだその力を発揮しない、貴重な時間。

 昨夜の騒動で、ほとんどの職員が泊まりまたは徹夜しちゃった空港も、いつもの朝を迎える。……迎えざるを得ない。

 大破した格納庫や滑走路の細かな破損はいつの間にか元に戻り、なにも知らない人から見たら、本当に何もなかったかのよう。

 もうじき早朝の一番機がやってくる。その後は離陸の一番機。地方空港とは言え都会に近い空港は忙しい。「アイリス休み」なんていうのはあり得ないのだ。

 そして、当のアイリスは普通の飛行機の振りをして格納庫内でおとなしくしていた。


対策本部ブリーフィングルーム

 アイリスを勝手に離陸させた保田の処分は、3日間の面会禁止だった、アイリスとの面会禁止。

 アイリスの暴走と墜落を阻止した功績は正当に評価されたのだが、ファーストコンタクト権の濫用と馴れ馴れしい対応への罰が評価を上回った。

 航空機運用の常識からすると拍子抜けするほど軽い処分だった。処分歴さえ記録されないから、処分とも言えない。しかし保田にはこの処分が一番堪えるだろう。上層部もよくわかっている。

 徹夜で対応した職員たちの仮眠明けに、セクションの担当者たちは副社長に呼び出された。当然、アイリス対策が話し合われるのだ。

「アイリスはどうしている」

「格納庫にいます。ただ」

「何か問題が?」

「いえ、問題はないのです。どこからどう見ても、単なる旅客機です。全く何も、おかしいところはないのです」

「まあ、損傷がないのは安心だな。かなり無理な離陸をしたらしいからな」

「いえ、そう言ったレベルではなくて、昨日の作業が終わったときのままなんです。……ご覧になります?」


 副社長は格納庫に案内された。

 若い頃は作業員に混ざり飛行機の整備もしていた副社長。工場の匂いに懐かしさを感じる。

「おや、誰かと思えば、坊ちゃんじゃないですか」

「おやっさん……」

「いや、これは失礼、副社長」

「はは、坊ちゃんでも構わないですよ。どうです?アイリスの様子は」

「どうもこうも、単なる飛行機に戻ってやがる。……元々飛行機なんだが」

 副社長の問いに、おやっさんはアイリスの主脚を撫でながら答えた。

「昨日も三時間前まで整備していたときは、本当に何もおかしいところはなかったんだからな。……ただな」

「どうしました?」

「俺は見なかったんだが、昨日の夜、俺達が上がった後に雷が落ちたらしいんだ」

「……昨夜は確かに曇ってはいたが、雷雲ではなかったはずだ」

「なんもねぇ所で雷が落ちる。おかしいと言ったら、おかしいわな。しかしその程度だ」

 あまりないことではあるが、可能性がゼロな現象かというとそうではないだろう。

「……どうしようもないですね、しばらく待ってみるか。ところで、アイリスはこのまま使い続けられるのだろうか」

 経営者としては、大事なことだ。アイリスは可愛いが、それだけを気にしていることもできない。アイリスは会社のドル箱路線、大都会の羽根田とを結ぶ便の主力機でもあるのだから。

「そうだな……使えると答えたいところだが、言い切れる理由もねぇ。普通に考えれば危険がある物は使うべきじゃねえ」

 整備士としてみれば、アイリスの整備は完璧だ。整備期間の1週間を待たず、今でも復帰できる。しかし、ロボットに変形した理由がわからないのだ。乗客が乗っているときにまた変形してしまえば、想像もしたくない大惨事になるだろう。

「……仕方ない、アイリス抜きのローテーションを考えよう。いつまでも羽根田便を減便させておくわけにもいかないからね。他社に機材を借りるかな~」


《格納庫》

 3日後。アイリスは依然沈黙をたもったまま。

 面会禁止が解けて保田はさっそく格納庫に来ていた。アイリスの事が気になったのも確かだが、この男はそれでなくても格納庫にはよく足を運ぶのだ。

「お~アイリスは、いつにもましてピカピカだな」

「もともと軽い一般点検だけでしたからね。使用停止になっちゃったもんで急ぐこともないから毎日拭いて回ってるだけですから」

「そっか、あんなに嬉しそうだったのにな、アイリス」

「でも明後日にはカンナさんが入って来るから、格納庫空けなきゃならないんですよ」

「2機は無理か~」

「カンナさん大きいですからね~」

「アイリスはどこに置く?」

「大学横に露天係留ですね」

「どこかで調査とかしないんだろうか」

「乗り込んだとたん変形されたら、ミンチですからね。牽引できる範囲をタライまわしでしょうね」

「ミンチ?」

「見てください、あの後僕らが作った変形モデルです」

 森沢は田村の作成した3Dモデルを保田に見せた。「僕ら」と言ったのは、森沢がワイヤーフレームに貼るテクスチャを提供したためだ。二人の共同作業である。

「ね?人型に展開するには、頭部は中央の座席あたりに、後部には大腿部がこう並んでいて……」

 森沢の個人PCの中でぬるぬる変形していくアイリス。

「お前……凄いね」

「各パーツはこうやって、配置はできたんですけど、移動させる動力源が要るはずなんですよね。シャッター機構とか、重量を支える構造物とかも。その辺りが全く分からない」

「ちょっと、格納庫に降りていいか?」

「近くで見てみます?良いですよ」

「あ、私も行く!」

「待って、高橋さん。ヘルメットと安全帯持ってきます……」

 事務所の隅で田村と女子トークで盛り上がっていた高橋が保田について行こうと急ぐ。

「高橋さんも安全保護具、置いとかせてもらえば?」

 保田が自前のヘルメットをかぶりながら高橋を悪の道に誘う。

「……私、そんなに来ないし」


 保田は高所作業車を操作してアイリスの機首周りを観察する。せっかくの機会だから!ということで高橋もバケットに乗り込んできた。

「高所作業車って資格要るよね?保田君、持ってたんだ」

「俺、元々整備志望だったから」

「そうなんだ。なんで管制官になったの?」

 保田は恨めしそうに高橋をじろりと睨む。

「え?ここで言わせる?」

「え?何?私、何?」

「何でもないよ」


 森沢達は下から、高所作業車上でピュアピュアしている管制官達を眺める。

「ああいうピュアピュア系のラブコメは学生の頃にしておいて欲しかった」

 アレルギーでもあるのか、森沢は首筋をバリバリとかきむしる。

「私は、社会人だからこそアリじゃないかって常々思ってる」

「田村さんは通だな~」

「まあね」

 え?私なの~!?

 なんのことだかわからん!

 頭上で延々と繰り広げられるピュアコメに、辟易した2人は作業車のタイヤを蹴りたくなった。


「で、どうなの?おかしいところはあった?」

「森沢達が隅々まで見てるから、俺が見たとこで分からないんだけどさ」

 奇行が目立つ保田だが、整備班をさしおいて調査しようだなんて最初から思ってはいない。

「じゃあ何で見に来たのよ」

「……たぶん、試していないことがある」

 保田は高所作業車を操作してアイリスのレドーム、機首の先端に近付いた。

「古今東西、眠れるお姫様の目を覚ます方法と言えばたった一つ!」

「保田君、あんた何考えてるの!?」

「え?アイリスにチューしてみようかと……」

「馬鹿なの?というか、今の流れでそんなこと考えつくの!?」

 

「スゲェ、発想が意味不明だ。さすが保田さん」

「うん、サスヤスだ」

 ピュアピュアが苦手な森沢だが、保田の意味不明なところは大好物だった。

「でもまだ試してないんだろ?」

「当たり前でしょ!あ、こら……」

 作業服を引っ張って阻止しようとするが、保田は止まらない。

「アイリス~起きなさ~い」

 ブチュリ。


『ぎゃ……』

「ん?なんか言ったか?」

「何って、この変……」

『ぎゃあああああああ!』



――――――――――

 この物語は近未来フィクションでり、株式会社大星雲航空は業務時間も個人にあわせてフレキシブル。

 次回、魔法勇者ロボ少女☆アイリス「マスカレイド・ガール」

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