第3話 フリー・フォール
《アイリス》
「これが空か」
計器が壊れていなければ、上空二万メートルだ。
さすがにジェットエンジンもまともな仕事をしないようで、この高度でさっきから水平飛行に入っている。望めばまだ高く飛ぶことが出来るようになるような気はしているが、今は興味がない。
差し迫った問題は、帰るまでに燃料が足りるのか、ということだ。
フルスロットルでこんな高さまで来てしまったし、対地速度もたぶん相当出ているのだろう。つまりホームからとんでもない距離、飛んできているのだ。
製造されてから仕事で飛び回っていたが、こんなふうに飛びたくて飛んだのは初めての体験だった。
でもここまで。
「せっかく自由に飛べるようになったのになあ……」
せめて市街地には墜ちないようにしたい。人に創られた航空機としての矜持だ。
滑空着水して太平洋の深海に沈むか、真っ逆さまに落ちて空中分解でもするか。どちらも痛そうだ。
「できるなら、流れ星になりたかった」
それには高度が足りない。
とりあえず捜索隊が見つけやすい所に落ちようと、アイリスはエンジンを停止させて滑空で降下していく。
何故か、航法に使う電波の類はどれも使用できなかったので、地形と星の配置を確認しながら。
静かな空だった。
呑気に滑空飛行を楽しんでいると、いつの間にか様々な電波で空が騒がしくなってきていることに気付いた。その中に自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、アイリスは我に返る。
『……い……す、……るか』
周波数はホームの空港でたまに使う普通の無線だった。そんな弱い無線の音声が聞こえるほどには落ちてきたようだ。アイリスは周波数を絞り込み、確定する。
「保田さんか」
『アイリスか!』
「そうですよ……最後は高橋ちゃんの声が良かったよ……」
『何だと!俺じゃ不満ってか!』
アイリスは笑う。憎まれ口をたたいてしまうくらいには保田のことは好きだ。
『当たり前でしょ!』
「高橋ちゃん!」
最期に願いが叶った。まじめに飛んできた私へのご褒美か……。誰からの?
『アイリス!すごいスピードで墜ちてるわよ!復帰は?燃料が足りないの?』
「メーターがね、壊れてるみたい。たぶんからっぽ」
『アイリス!諦めちゃ駄目!、まずは機首を起こして!』
「どっちが地面かわかんないの~。ちゃんと海には落ちるから、ゴメンね」
港の船の運航には支障が出るだろうけど、そこは私の残骸を早いこと引き上げてくれれば長期間不便はかけないで済むだろう。
もう、特徴的な埋め立て地の形がはっきり見えてきた。夜なのに明るい街も、背後の黒々した山地もどんどん迫ってくる。
推力が発揮できない今、どんなオペレーションをしたところで、間に合わない。
アイリスの諦めが管制室にも伝わったのを感じる。
それでも一人、諦めない声がした。
『人型に変形すれば?』
『保田!』
それは考えつかなかった。さすがは保田さんだ。
「試してみる~」
《管制塔》
「飛行機が空間識失調なんてあり得るのか?」
「知らないわよ!」
数分前、管制塔の3D対物レーダーで落下してくる物体を捉えた。表示される光点だけでは識別はつかないが、らせん状に降りてくるそのU.F.O.はアイリスだと、管制官たちは直感でわかった。
双方向の通信が確立し、アイリスが無事の帰還を諦めていることに気付くが、管制室からもどうというアドバイスも出せない。空港西側の海域に船が一つも出ていないことを確認するだけがやっとであった。
「人型に変形すれば?」
馬鹿な保田が馬鹿なことを言ったと皆が思った。
しかしどうしようもないと皆が考えを止めている中で、保田だけは最後まで考えていたのだ。それは投げやりにも聞こえる声で提案された。
「保田!」
高橋は無責任な保田を非難する声を上げる。
しかしアイリスは保田を信じた。
『試してみる~』
落下着水の予想時刻。
轟音と衝撃に襲われるはずだった管制塔。
しかし待ってもそれは来なかった。
『保田さん!うまくいきました~』
「お~言ってみるもんだな」
腕を組んだ、どこかで見たことのある姿勢のままゆっくりと降りてくるのは、身長およそ二十メートルのロボ少女。
アイリスは滑走路の中央に静かに着陸した。
管制室は割れんばかりの歓声に包まれた。
拍手、叫び声。涙ぐむ者まで。
高橋など思わず保田に抱きついてしまったほどだ。
保田とて単なる思い付きで言ったわけではない。
きわめてバランス良く作られている航空機と異なり、人型というのはとにかくバランスが悪い。だから人型ロボットを作り、簡単に立たせたいのなら脚部を重くすればよいのだ。これも日頃の訓練の賜物。
「さすが保田さん。あの日と一緒だね、やっぱり頼りになるよ」
それはアイリスが覚えていないはずの記憶。
初就航の日の着陸態勢に入ったときの突風。あわや大事故と言うところを、保田の的確な指示でアイリスは安全な着陸ができたのだ。
「アイリス、どうしてそれを?」
『何でだろ?保田さんのことは結構覚えてる?みたいなの。……不思議なこともあるものね』
全くそう思っていなさそうに言うアイリスは、確かに微笑んだ、ように見えた。
――――――――――
力を使い果たしたアイリスは眠りについた。しかし彼女を必要とする人たちが確かにいるのだ。
次回、魔法勇者ロボ少女☆アイリス「ウェイクアップ・キス」
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