これが夢であることが、ぼんやりと、なんとなくわかった。


 燃え盛る炎の中にいた。肌を焦がすような熱気が辺りを支配し、空気そのものが焼けているかのように重苦しい。呼吸をするたび喉の奥が焼けつくような感覚がする。

 鉄くずが崩れ落ちて、巻き上がる粉塵が視界をくもらせる。横倒しになって無惨に変形したバス、フロントガラスが弾け飛び無防備にボンネットの内部が露出した車、それらから立ち上る黒い煙。ガソリンと、焦げたゴムと、焼けただれた金属、そして、肉が焼けるような臭い。生々しく凄惨なその臭いは、直に嗅いでいるというのではなく、嗅いだときの衝撃を思い出しているという感覚の方が近い。

 ジリジリパチパチと炎の音は近く聞こえるのに、人の声はどこにもない。叫びも、うめき声も、すすり泣きも、助けを求める声も、一切が聞こえてこない。ただ、燃え落ちる瓦礫と火の粉の弾ける音だけが耳の奥を満たしていた。不気味な、静寂とも言えない静寂。世界の終わりにひとり取り残されたような。もしかすると、臨界点を超えた絶望の中では、人は何も発せないのかもしれない……阿鼻叫喚とは“最悪”の中では生まれないのかもしれない。

 ここはあの事故現場の景色だ。暴走した車がバスや乗用車を巻き込み、大きなビルに突っ込んで起きた、大規模な事故。すべてを飲み込んで爆発を起こし、巨大な壁のような炎を焚きあげたそれを、夢の中で追体験しているのだと、なぜだかわかった。

 ずるずると、ひとり、足を引きずりながら歩く。さながら地獄絵図の中に迷い込んでしまったような気分であった。身体は、自分のものとは思えないほど、動きが鈍い。脳から出る信号が、四肢に伝わるまでに微妙な遅れをとっているような感覚。視界が悪いのは環境のせいか、自身が負った怪我のせいか。

 ……ふと気づくと、目の前に、男が倒れていた。

 ピンクベージュに染めた髪、ワインレッドの瞳、首や腕に見えるタトゥーが肌の上で影のように浮かんでいる。上背もなければ体格もよろしくないが、男性のものであると一目でわかる骨格をしている。

 自分だ。

 それは間違いなく自分自身であった。

 頭蓋が割れ、手足はあらぬ方向に折れ曲がり、皮膚の裂け目から零れた灰色や黄色の臓器が赤黒い血の上に放り出されている。その見開かれた目には一片の光もない、辺りはこんなにも鮮烈に炎が照らしているというのに。

 ……死んでいる。一目でそうわかった。

 あの事故現場の中、死んだ自分を見下ろしている。


 では、はたして、今自分を見下ろしている『自分』は一体、だれなのだろうか。

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カタシロSS @FuaDayo

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