第4話

「あれが零士さんを異世界転移させた理由です!!」

「いや訳わかんないよ!?」

 

 コボルトの村を焼く謎の戦車を前に至極真っ当なツッコミを入れる零士。

 たしかにそれだけ見せられても何が何だか解らないが、状況から判断するに「あれ」が世界に再びの危機をもたらした者達の手先か何かで、再びの勇者召喚が行われたのはそれに対抗するため。というのは零士のオタク的マインドから想像がついた。

 

「まだ解らないんですか!?あれと戦って、ワタクシ達の村を救って欲しいんです!!」

「だからそれが訳わからないって言ってるんだよォ!!」

 

 しかし零士の中の常識的メンタリティがそれを認めたがらなかった。

 そりゃあそうだ、いくら救世主だの勇者だのと祭り上げられようと、生身で戦車と戦えと言われて喜んで飛び出していく人間などいない。

 

「何故です!?ヒーローになるチャンスですよ?あなた方オタクと呼ばれる人々はテレビやゲームに出てくるヒーローが好きな人種だと、勇者召喚魔法の資料にはありましたのに!」

「どんな魔法の資料だよそれェ!?」

 

 同時に、勇者召喚魔法………恐らく勇者の素質を持った者を別の世界から連れて来る魔法の基準というか、その勇者の素質というやつが何なのかに零士は気づいた。

 それは、ヒーローに対して強い憧れをもつもの。それなら、アニメや特撮のヒーローが好きなオタクという人種がその定義に入るのも納得がいく。

 

「というかあのさ、その資料に書かれてる程最近のオタクはバカじゃないんだよ!自分がどう足掻いても主人公になれない事も!どんな努力をしたってヒーローになれるなんて詐欺だって事も!現実とフィクションの両方から散々殴られて嫌でも理解してるんだよ!!」

「し、しかし資料には………」

「資料なんて知るか!!とにかく僕は勇者でも救世主でもない!!ただの役立たずの!ろくでなしの!女の腐ったような異常中年男性なんだよ!!世界なんて救えないし、そんな寝言は寝てから言えってんだよ!!」

 

 爆発と破壊を前にして零士が吐き出した感情は、弱音と言うにはトゲがあり、罵倒と言うには弱々しすぎた。

 いきなり誘拐に近い形で呼びつけ、有無を言わさず救世主の役割を押し付けてきたコットン教授への抗議もたしかにある。

 だが、その吐露した言葉の数々は、これまでの30年程の人生の中で投げつけられてきた様々なマイナス要因………その多くは、真っ当な親の元で育てば味わうハズが無かった物への嘆きと怒りにも聞こえた。

 

「れ、零士さん!後ろ!」

「話をそらすな!大体人を誘拐して勇者にするなんて………」

「戦車が狙ってるんですよ!!」

「えっ」

 

 しかしこの場は戦場。個人の悲しみなど関係ない。

 戦車の砲塔がウィィーンという起動音と共にゆっくりと零士達の方を向き、狙いを定めた。

 

「どういう事だ?なんでウジムシどもの巣に人間がいる?」

「ひ、人の声………?」

 

 戦車から声が聞こえた。響き具合から、外部スピーカーを使って中から話している………つまり、操縦者がいるという事。

 戦車の上部ハッチがブシュウと開き、そこから現れたのは零士にとっては久々に見る人間であった。縦長の顔に青い目の見るからに分かる西洋人であり、軍服に帽子というスタイルも相まってか冷酷かつ高圧的な………いわゆる「鬼軍曹」をそのまま形にしたような男がそこにいた。

 ………上手くイメージが浮かばない方のために、某鋼鉄フルメタル上着ジャケットに出てくる教官殿のイメージとだけ伝えておく。

 

「私はエベーク連合軍、サウザンナイツ所属ガナリー・ハットマン軍曹である!おいそこの民間人!どうして貴様がこのウジムシどもの巣にいる?」

「ウジムシ………コットン達の事か………?」

 

 加えて、名前もそれらしかった事も。

 その「ガナリー・ハットマン」という軍人らしき人物の圧をかけるような態度が、どう考えても民間人に取るそれではない事。そしてコットン教授達コボルトをウジムシ呼ばわりした事に、零士は嫌悪感を覚える。

 ………不思議だった。少なくとも零士はここまでコットン達には酷い目にしか遭わされていないのに、何故か罵倒されると腹が立ってくるのだ。

 

「こいつらといるって事は、テメェもウジムシ共の仲間だな?!」

「あっ、いや僕は………!」

「黙れウジムシが!話し掛けられた時以外口を開くなッ!!」

 

 言っている事がもう滅茶苦茶であるが、一つだけ分かった事がある。

 最初からこのガナリーの中で零士は救助対象の民間人ではなく、殲滅対象の異教徒でしかないという事が。

 

「ウジムシにはウジムシらしい死を与えてやる!わかったかウジムシ!!」

 

 ガナリーは戦車の中に戻る。戦車で狙ってくると思いきや、実際に起きたのは予想の斜め上をゆく出来事であった。

 

「わあああ!?」

「せ、戦車がロボットに!?」

 

 戦車から足が生えて立ち上がったかと思うと、次は腕が飛び出て、最後は不気味な単眼モノアイが光る頭部が飛び出し、戦車は一秒も経たぬうちに零士達を見下ろすようなロボットの姿へと変形した。

 変形前に輪をかけて異世界ファンタジーの世界観をガン無視したその姿は、読者諸君には某猛獣ビーストに変形するロボット生命体が戦争ウォーズするアニメの和製版に出てくる戦車の弟の顔を、幻影ファントムの名を持つ汎用人形作業機械のモノアイフェイスに変えたような姿を想像して欲しいんだぞ。

 

「貴様らウジムシにはウジムシらしい死をくれてやろう!このベルパンツァーでなあ!!」

「や、ばいっ!逃げろおぉ!!」

 

 戦車変形ロボ「ベルパンツァー」が主砲をこちらに向けて殺意と侮蔑を込めた一撃を吐き出す。

 咄嗟の事に零士はコットン教授を抱き上げて逃げ出した。こういう時の逃げ足は、学生時代にヤンキーに目をつけられた時に散々鍛えたものだ。

 

「さあ逃げろ逃げろ!!逃げるやつはウジムシだ!逃げないやつは訓練されたウジムシだ!ほんとウジムシ狩りはやめられんなあ!!どうせ貴様らウジムシには死ぬしか価値はない!せめて俺を満足させる為にクソ撒き散らして死ねウジムシ共がぁ!!」

 

 もうウジムシという単語がゲシュタルト崩壊しそうな勢いであるが、撒き散らされる砲弾はギャグでも冗談でもない。

 当たれば建物は簡単に吹き飛ぶし、小さなコボルト達からすればひとたまりもない。だがガナリーはそれを承知の上で零士を正確に狙う事はなく、わざとベルパンツァーの砲撃をあちこちに飛ばして村を破壊しているのだ。

 天性のサディストであるガナリーにとって、小さく可愛らしいコボルト達が無惨に傷つき苦しむ姿は、彼の言うサウザンナイツなる組織の使命がこの行為に「正義」を持たせてくれている事も加算されて、麻薬を上回る快楽を与えてくれる行為なのだ。

 

「んん?どこに行ったウジムシどもめ!」

 

 しかし村を破壊する事に夢中になったガナリーは、最初狙っていた零士とコットン教授を見失ってしまう。

 ベルパンツァーの単眼をギョロギョロと動かして何処に行ったのかと探すが、すぐ後ろの瓦礫の後ろに二人が隠れている事には気付かなかった。

 

「………これで解ったでしょ?僕は救世主でもなんでもない、ただの弱者男性シャバゾウなんだよ………」

「零士さん………」

「こうやって悪い奴が暴れてても何もできない、ただのクズなんだよ………わかってよ、ヒーローなんかじゃない。僕は、僕は………!」

 

 弱虫、泣き虫、イジケ虫。思いつく限りの罵倒を浮かべようとする零士。もはや弱音や自嘲を通り越して自傷の段階であるが、それに待ったをかけたのは他ならないコットン教授。

 

「じゃあ何故ワタクシを連れて逃げようと思ったんですか!?」

「えっ………」

「ワタクシはあなたの不幸の元凶ですぞ!?それに置いて逃げたら助かる可能性もあるではありませんか!」

「それは………」

 

 指摘に対する答えを出そうとしたが上手くいかなかった。

 言われてみれば、眼前のコットン教授が自身を異世界転移させたのが今回の騒動の元凶。なら普通は見捨てて逃げる。

 だが実際に零士が取った行動はその真逆であり、何故こんな判断をしたのか、零士は自分の行動でありながらいくら考えても解らない。

 

「それは貴方が、紛れもない正義の心を持っているから!勇者の資格を持つものだからでございますぞ!!」

 

 その時、零士の心に雷が落ちたかのような衝撃が走る。君こそがヒーローだという、今まで生きてきた中で最大の他者からの肯定を受けた零士の心から、自惚れるなという理性を押しのけて熱い何かが湧き上がってくる。

 それに答えるかのごとく、零士は手の中に熱いモノを感じた。それは。

 

「………ゼノンカイザー………!」

 

 まるで縋るように手の中に握ったままのゼノンカイザー。零士の内に燃え上がる炎に呼応するかのように、その古ぼけたハズの姿は輝いて見える。

 いや、輝いていた。内から熱いエネルギーのように光が溢れ、それは強烈な意志となって零士に語りかけていた。

「共に戦おう、あの日のように」と。

 

「見つけたぞウジムシども!!クソ撒き散らして死ねぇっ!!」

 

 そして芽生えた兆しを摘み取るかのように、獲物を見つけたガナリーは操縦桿の引き金を引く。

 悪意と暴力を込めた破壊の一撃が、容赦なく零士に襲いかかる………!

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