第3話

 零士が目を開けると、そこには知らない天井………ではなく、ふわふわとした白い雲が舞う青い空が広がっていた。

 仰向けで転がる首筋にはザワザワとした芝生の感触と、寒くも暑くもない心地の良い風。

 そこが屋外である事は零士も見当はついたが、問題はつい先程まで実家にいた自分が何故こんな所にいるかという事。

 

「………へ?」

 

 未だ混乱冷めやらぬ中、零士は手の中のゼノンカイザーを見た。そこに輝くあの日のヒーローを見つめると、ようやく安心したのか冷静に周囲を観察できるようになった。

 

「やったあ!実験は成功だ!!」

「うぇわっ!びっくりした………」

 

 だが落ち着いたのもつかの間、周囲から大きな声で子供のようなキャッキャと騒ぐ声が聞こえてきて、零士は思わず飛び起きた。

 そしてその声の主………少なくとも日本語が聞こえてきたので日本人がいると思った零士であったが、起き上がったすぐ前にいたのは日本人所か人間ですらなかった。

 

「え………なにこれ、ぬいぐるみ?」

 

 口周りと腹は白く、その他が緑の体毛に覆われたロップイヤーラビットが二足歩行で歩いているような、なんとなく某モーマンタイのデジタルなモンスターや、クスノキ科の常緑樹であるセイロンニッケイの樹皮を乾燥させたスパイスと同じ名前のウサギにしか見えないゴールデンレトリバーのそれを感じさせるぬいぐるみのような謎生物が数匹。

 魔法少女のマスコットと言っても差し支えは無さそうだが、一方で加虐心に溢れた悪いインターネットの住人の餌食にもなりそうな、そんな可愛らしい生き物だ。

 

「ぬ、ぬいぐるみとは失礼な!ワタクシはこう見えてもリバーティア中央大学を首席で卒業した天才、コボルト族きっての天才コットン・モッフロン教授でございますぞ!?」

「え、ええっ?は、はい?教授?」

 

 その自己紹介のような反論を返してきたマスコット生物の一匹………「コットン・モッフロン」と名乗る、角帽(大学生がつけてるアレ)とケープのいかにも「博士です!!」と視覚効果に訴えてくる個体が零士の膝の上で吠えていた。

 ただ零士には彼の名乗ったコボルトという種族名が、よく知るファンタジー作品のそれなのか、似ているだけで名付けられたSF世界のクリーチャーなのかという混乱が生じていた。

 というか、子供部屋からここに来るまでまるで三流のネット小説かというような急展開の数々。90年代の熱血少年主人公なら秒で受け入れただろうが、零士は良くも悪くも思考の凝り固まった異常中年男性。中々そうはいかない。

 

「ちょっと待ってダーリン!この人混乱してるわよ!ちゃんと説明してあげて!」

「ん?ああ、そうだねハニー」

 

 そんな零士の混乱ぶりを察したのか、別のコボルトが助言する。どうやらそのコットンという個体の妻のようだが、零士には他個体との見分けがつかない。

 

「………人間さん、名前は?」

「ひ、日ノ出零士です………」

「あなたの出身国は?」

「に、日本………英語で言うとジャパンです」

「よろしい、ワタクシの知らない国だ」

 

 ふむなるほど、とコットンは少し考え、先程とは打って変わっての真剣な眼差しを零士に向けた。

 

「零士さん、落ち着いて聞いてください………ここはあなたのいた世界ではありませんぞ」

「うえっ………!?」

 

 薄々そうでないかと思ってた事がコットンから突きつけられ、唖然とする零士はコットンからの状況説明………という名の世界観設定解説が始まった。

 

 

 ***

 

 

 この世界………仮に使われている年号「P.Eパンタジスタ・イラ」を取り「パンタジスタ」と呼ぶ事にするこの世界は、結論から言うとパブリックイメージで描かれるような剣と魔法のファンタジー世界である。

 電気の代わりに魔法がエネルギーとして文明を回し、人間に加えてエルフやドワーフ………もっと言うとここにいるコボルトに代表されるような多種多様な亜人種が共存する世界。

 だがある時、邪悪な魔術を使いモンスターを操り、自分以外の全てを滅ぼそうとする存在・魔王が現れた。

 恐るべき魔王の闇の魔術により凶暴化したモンスター軍団を前に人々は追い詰められ、人間と亜人種はあわや絶滅に追い込まれそうになった。

 だが「エベーク共和国」の魔術師が、古代の魔術を解析し、異世界………零士のいた世界かどうかは解らないが………から、魔王に対抗できる存在・勇者を呼び出した。

 勇者は魔王と戦い、その爆発するような勇気の力を持って魔王を討ち滅ぼし、世界に平和をもたらした。

 そして今日が、その魔王が倒されてから丁度50年が過ぎた、P.E2083年に当たる。

 

 

 ***

 


「つまり………ここが僕のいた世界で言う所異世界で、僕はそこに転移してきた。って事でいいんだね?」

「その通りでございますぞ!そして貴方こそかつての勇者と同じく、世界を救う救世主なのでございます!」

 

 どこかのオタクを傷つければ笑いが取れると思っている金持ちが仕掛けた悪意の籠もったドッキリかとも思ったが、目の前の喋って動くぬいぐるみのようなコボルト達を見ていると、ロボットと考えるには動きや仕草が自然すぎた。

 零士は本当に自分が異世界転移を果たしたという事と向き合わなくてはならなくなった訳だが、そこでもう一つ疑問が浮かんだ。

 何故自分が異世界人の言葉を理解して会話できてるのかとか、こういうのって普通高校生ぐらいの少年を呼びつけるもんじゃないのかとか、そもそも自分は帰れるのかとか、言いたい事はいくつもある。

 その中から零士が選んだ質問、それは。

 

「聞いた限りだと………僕は君の使った魔法で、このパンタジスタ界にやってきたみたいだけど」

「その通り!天才コットン・モッフロンがかつて勇者を呼び寄せたという古代魔術を研究し再現した………」

 

 確かに、零士の周りには発光する宝石のようなものを祀った祠か灯籠のような石積が囲むように配置してある。これがコットン教授が再現したという勇者を異世界あっちから呼び出す古代魔術のようだが、零士が知りたいのはそれではない。

 

「いやあの、話を聞く限りじゃ、その勇者召喚をやった理由が見えてこないんだけど………魔王が倒されたのなら、誰か呼び出す必要なんて無いんじゃないの?」

 

 ご尤も。平和な時代に勇者やヒーローがいらない事ぐらい、数多の逆張り作品を、真っ当なヒーロー好きの怒りを含めてSNSで受動喫煙してきた零士にだってわかる。

 だが、直後のコットン教授が騒ぐのをやめてコホンと咳払いをした様を見て、それが科学者特有の好奇心による愉快犯的動機でない事だけは解った。同時に、深刻な理由である事も。

 

「ウム、その事なんだがねぇ………」

 

 ゴクリと息を呑む。まさにこの物語の根幹に関わる理由が飛び出そうとしていた、その時。


 ………ずどぉっ!!

 

 と地面を揺らすような轟音と振動が彼等を襲った。爆発である。見れば木々で遮られて見えないものの、遠方から煙が上がり、ズドンズドンと断続的に爆音が響いていた。

 

「な、何………!?」

「早速来たようですな!さあ行きますぞ救世主殿!」

「わ、わあちょっと!?」

 

 そして有無を言わさず、コットンは零士の手を引っ張り爆発の方向へと駆けてゆく。

 拒否しようにもコットンの力は強く、零士は逃げたい意思に反して爆発の元………戦いの場へと連れて行かれてしまう。

 ………手の中にゼノンカイザーを握ったまま。

 

 

 ***

 

 

 森の中を切り開いて作られたコボルド達の村は、おおよそのファンタジー作品か御伽噺等、ドイツ辺りのヨーロッパ圏にて今も歴史遺産として見られるような、木と石とレンガと漆喰で作られた家々が立ち並んでいる。

 高台に風車がシンボルのようにポツンと置かれた、近代〜中世の建築様式による村。


「うわああ!助けてくれええ!」

「誰かああ!」

 

 して、そこに現れた「敵」であるが、そんな中世〜近代のヨーロッパを思わせる街並みを蹂躙しているのは、オークやドラゴンの類ではなく明らかな人工の巨体。

 履帯の足に合金の装甲、砲台とポンと乗せたモスグリーンの機械が、キャタピラで家を踏み潰し、時折砲台をぶっ放している。

 

「………へ?戦車?なんで異世界に戦車があるの??」

 

 零士はそれを知っている。それは自分の世界で「戦車」と呼ばれ、現実では兵士達を守る文字通りのタンクであり、特撮映画で怪獣に破壊されるやられ役である。

 何の車種かまでは分からなかったが、その昔のアニメでモブ敵として出てきたような酷く簡略化され、主砲しか付いていない様はいかにもミリオタから総叩きにされそうな外見をしていた。

 それが牧歌的異世界ファンタジーの村で暴れまわっている光景は世界観設定も時代考証もへったくれもなく、普段なろう原作作品の細かい描写をあげつらっていい気になってるレビュアーが見たら泡を吹いてぶっ倒れそうな光景でたる。

 

「零士さん!」

「な、なんです?」

「あなたが異世界転移させられた理由はアレです!」

「いやわかるかァ!?!?」

 

 そしてあまりにも大事な説明を省略しすぎなコットン教授に、零士はそれまでの急展開で溜まったフラストレーションをぶつけるかのようにツッコミを入れるのであった。

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