第6話 幕間 在りし日に

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 ……






 ………






 ……………








 目を開けると目の前にあるのはいつも通りの天井で、布団の感触も、いつの間にか僕の頭がズレ落ちれて横に転がっている枕も、見慣れた光景だ。そしてこの心の奥底から湧き上がる「起きたくないな!!」と言う気持ちも、慣れたものだ。




 おはよう。


 外は……まだ暗いな。




 今日も変わらない、微妙な朝だ。




 身体はここから動きたくないと言っている。


 が、心に染み付いた習慣がそれを許してくれないらしい。


 朝はこの時間に起きて、鍛錬をしないと調子が上がらないのだ。


 かろうじて物の場所が分かる程度の、ほとんど開いていない目を駆使して、身支度を進める。




「さて、行くか」




 一通り整え終えたところで、道具を持って部屋を出る。


 自分の身の丈ほどある模造刀、大人の掌ほどの大きさの鏡、それから汗を拭うための布だ。




 僕の家は貴族街を囲う森を警備する者たちの詰所からほど近い場所にある。


 僕の家の家長が代々森の警備長を務めているからだ。


 いずれは僕も──まあ、何のために見張っているのかなんて爪の先ほども知らないのだが。




 そんなわけで僕の今いる場所は昼間何かしらの事情で使われていることがほとんどなのであまり自由に使えない。


 あと、僕自身の事情として、そんな人たちの前で鍛錬するのはこっぱずかしくて仕方がない。


 大人は、このくらいの子供が棒を振りまわしていたら微笑ましいものを見るような目をするからだ。




 今だけは、一人で集中して素振りができるし、あまり人に見せられない魔法も練習できる。……もしかしたら、父が使うのを見ているかもしれないが、そういう問題ではない。


 こんなことはどうでもいいんだ。伝わる人にだけ伝わってくれたら。




 模造刀を振る。


 前に習った型を、基本的な動きから順に少しずつ体を慣らして複雑な動きに。


 こっそり机の上の勉強を抜け出して、暇そうにしていた警備の人から教わった型。


 名前は確か……ロ……ロ、ロ、ロ、ロなんとかさんだ。


 時々窓から見かけるが父の近くによくいる。




 何回振るとか、何周するとか、そういうのは決めていない。


 陽が森の上から差した時に、魔法に移ることにしている。




 いつもこの時間に練習しているのは水鏡という魔法。


 極めると色々便利なのだそうだが、ちゃんと習ったわけじゃないし、今のところ僕にできるのは展開して、魔法を反射することだけだ。正直、地味だと思う。


 例えばダリアは炎熱の魔法が得意なだけあって派手だし、何より破壊力が段違いだったりするし、レシィのは月の魔法というやつで、影を操作したり精神に作用したりそういう陰湿な……と、これ言って前に怒られたんだっけか。何と言うべきか、うん、直接的ではないが強力な雰囲気のある魔法が使える。


 得意な魔法の属性ばかりは生まれ持った魔力によるものなのでどうしようもない。




 ただ、魔法は個人の頭の出来次第で便利にも、つまらないものにもなる。




 基本的には魔法に決まった名前、形と言うべきか、そういうものはない。


 一部、特別なものもあるが、普通は月の魔法、炎熱の魔法、水の魔法、といった感じにカテゴライズされる。


 だから個人の魔力への解釈次第で如何様にも変化するのが魔法だ。


 ダリアのような器用さや、レシィのように頭が良いわけではない自分には、魔法の解釈を広げる感覚がよく分からない。訊いてはみたが、やはり難しい。


 そんなわけで、朝の鍛錬はこうして形のある程度決まった魔法を行使する練習を続けている。


 何を、やっているのだろうな、僕は。




「終わろう」




 いつの間にか陽も森の上から親指一本分昇っている。


 この時間なら父も朝食を終えているはずだ




「……」


「……」




 前言撤回。


 まだいたんですか。


 随分と今日は長居するのですね。




「おはようございます」


「……おはよう」




 なんでそう、気まずくなる間を開けるのか。


 そんなにも嫌なのかな。


 ふと、父親の皿に目をやると食べ終わった後のようだった。


 いつもなら食べ終えるとすぐに席をたって自室へ行ってしまう(メイド情報)らしいのだが今日はどういった風の吹き回しなのだろうか。何か言いたいことがあってわざわざ残っていた、なんてことがこの人に限ってあるものか。


 不思議に思いつつも自分の食事に手を付けようとするとフォークが空を切り、テーブルにぶつかるコツンと言う音だけが響いた。


 誰が仕込んだのかなんてわかり切っている。


 父だ。




「何でしょうか?」


「魔法の鍛錬の方は、捗っているのかね」




 言いたくないな。


 最早父親との関係性はどうだっていいと思っている。


 好かれたいとも、失望されたくないとも思わない。


 既に父の関心は僕にないのだから。


 けれどだからと言って上手くいかないことを報告するのはとてつもなく癪だ。


 この気持ちが嫌で、できるだけ関わりたくなかったのに。


 時たま構うかと思えばこんな嫌がらせまがいのこともしてくる。


 心に靄がかかる。




「魔法とは自由なものだ。人が己の手足をつかうように、鳥が空を羽搏くように、想像のままに変化するものだ。自由に、だ」




 そう言い残して行ってしまった。


 父が去ると、机に映し出されていた幻の朝食は消え、代わりに本物が運ばれてきた。




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「……と、いうことが今朝あったわけですよ」


「あら、魔法、上手くいってないんです?」


「ぐ……」




 どうやら彼女……ダリアはそちらの方が気になったらしい。




「私のイメージは前にお伝えした通りですし。水の魔法、水の魔法......ああ、そう言えば」


「?」


「私も以前考えたことがあったな、と。炎とは、熱とは、そもそも一体何なのかを。そうですわね、いっそ湖にでも飛び込んで、より身近に、一番近いところで感じてみたら見えてくるものがあるかもしれません」


「そんな力業が……。って、まるで本当にやったことがあるみたいな」


「ふふふ。若気の至り、です」




 意外でもなんでもなく、相変わらずの見た目に反したやんちゃぶりは昔から健在だったようである。彼女の心根を知った今ならば、そんな破天荒さも理解できる。


 それを踏まえても、ダリアの闇が若干垣間見た気がしたが。


 う~ん、僕とほとんど歳は変わらないはずなんだけどな……。




「停滞を受け入れていては上手く行きませんことよ。努、忘れることのなきよう」




 そう言ってダリアはこの話を締めくくったのだった。




 その後は一言二言話したところで僕の意識が消失してしまって、ほとんど話せなかった。


 以前のような言葉だけの謝罪ではなく、心の底から申し訳ないと思った。


 最近は鳴りを潜めていたのだが、よりによって今日この時間に起こったのは残念でならない。自分に腹立たしさすら覚える。




 そんな自分を見てダリアは微笑んでいたのだが、それだけは分からなかった。




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「ただいま帰りました」




 外出先から戻ると自室で本を読むことが多い。


 レシィの所から借りて来たものだ。


 適当に数冊まとめて借りてきて、読み終わったらいいタイミングを見つけて返却がてら次の数冊を借りに行く。


 あと一週間はもたなそうだし、どこかでまた行きたいなぁ。


 読みたいから別に良いのだが、いかんせん書庫は遠いのがネックなんだよなぁ。




「失礼いたします。坊ちゃん、本日の課題ですが」




 ……そうだった。


 ダリアの所に行った日は昼間に机の上の勉強をできないから夜にやらなきゃいけないんだった。




 今日は読書お預けか。


 勉強を終えて夕飯を食べたらもう寝なければならない。


 読書の頭になっていたのになぁ。






 ……………






 ………






 ……






 .






 そんなこんなで、僕の一日は過ぎていた。




 平穏だったころの、ほんの一幕である。




【あとがき】



ここまで読んでいただきありがとうございます。

第一幕はこれにて完結となります。

全三幕構成を予定しておりますが、続きはまだ用意できていないので、一ヶ月程度を目処に書き上がりましたらまとめて投稿致します。

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Fw: 古き世界の君へ ―魔法のない世界に来ましたが、何とかやっています― 『キリノミヤコ編』 @tanakami_ben

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