ホームベーカリーで作る培養肉

鬱ノ

ホームベーカリーで作る培養肉

立ち飲み屋で一人で飲んでいると、隣の青年に話しかけられた。


「僕、好奇心旺盛で、すぐ人に話しかけちゃうんです」


明るく話す、コミュ力が高そうな若者だった。


「パン作りが趣味なんですよ」


「へえ、そうなんですね」と、適当に相槌を打つ。


「パン作りと言っても、単にホームベーカリーで前日に材料を入れてスイッチ押すだけなんですけどね。でも美味しいんですよ。うちに食べに来ませんか?」


グイグイと距離を詰めてくる。少し怖くなってきた。


「ホームベーカリーって、意外とパン以外のものも作れるんですよね。ピザ生地もできるし、餅もつける。機種によっては、ジャムやヨーグルトなんかも作れるんです。他に何か作れないかと思って、クックパッドでレシピを探して、色々作りました。ケーキやスープ、自家製豆腐も作りました」


そこまでは普通の話だった。しかし次の言葉で、雰囲気が変わった。


「それで、ある日『ホームベーカリーで作る培養肉』ってサイトを見つけたんです」


「培養肉?」


「そう、素人がHTMLタグを手打ちして作ったような、ものすごくシンプルなサイトでした。黒背景に灰色文字、変なフォントで、ところどころ文字化けしたレシピが載ってました」


「怪しいサイトですね」


「ですよね。でも、興味が湧いてしまって。その培養肉、材料が特殊なんですよ。豚皮や牛脂、レバー、骨粉、岩塩、プロテインパウダー……まあ、この辺りまではわかるんですけど、卵の殻や貝殻、それに……ブハッ!」


青年は急に笑い出した。


「ははははっ、失礼。ケラチン入りのヘアトリートメント、コラーゲンジェル、高脂肪のスキンクリーム、工業用ゼラチン、洗剤用のリン酸塩、肥料用尿素、毛髪……もうわけわからないものがいっぱい書いてあって」


「も、毛髪?」


「ええ。それで、実際作ってみました」


「えっ?」


「え?」


「……作ったんですか?」


「ええ。僕、好奇心旺盛なんで」


「その……できたんですか?培養肉」


青年はニコリと微笑みながら言った。


「まあ、あれは培養肉というより……どうです、うちに食べに来ませんか?」


「いやいやいや、遠慮します!」


早々に話を切り上げて、帰りたくなってきた。


「冗談ですよ。それでですね、例のサイト『ホームベーカリーで作る培養肉』、ひとつ注意書きがあったんです。でかい赤字の警告文が」


「怖いですね」


「『絶対に指定日数以上培養しないでください』って」


「賞味期限的なことですか?」


「だと思いました。でも、気になって指定日数超えてみたんです」


「だ、大丈夫なんですか?」


「好奇心旺盛なんです。半年以上培養しました」


青年は、ビールを飲み干すと突然黙り込んだ。どうやら話は終わったらしい。


「……じゃあ、そろそろ」


「動画見ます?」


帰りますと言いかけた瞬間、青年が静かに口を開いた。


「ホームベーカリーの動画です」


断るのも怖くて、動画だけならと答える。

青年はスマホを操作し、画面を見せてきた。


真っ暗な画面。夜の路上だろうか?

自動露出制御が働き、少しだけ明るくなる。画面の真ん中に白い物がある。ホームベーカリーだ。それが路上に? いや、違う。マンションのゴミ捨て場のようだ。夜のゴミ捨て場にホームベーカリーが放置され、それをじっと撮影している。意図がわからない。不気味で、胸がざわつく。

音声もあるようだが、立ち飲み屋のざわめきの中ではよく聞こえなかった。カメラは動かず、何も起こらない。ふと、ホームベーカリーの蓋がわずかに揺れたように見えた。気のせいかもしれない。見ていると、胸が苦しくなるほどの嫌悪感がこみ上げてきた。


「帰ります」


青年の顔を一切見ないまま、そそくさと会計を済ませる。店を出ようとしたとき、背後から青年の声が聞こえた。


「培養肉とか、全部ウソですよ」


声を無視して、そのまま夜道を急いだ。

振り返るたび、青年が追ってきている気がした。


家に着くと、吐き気に襲われ、トイレに駆け込む。青年の声と笑顔、そして見せられた動画が頭から離れない。胃をひっくり返しながら、あの瞬間を思い返す。立ち飲み屋の喧騒が静まった一瞬、スマホのスピーカーから確かに聞こえた音。


それは、ゴミ捨て場のホームベーカリーから漏れる、赤ん坊の泣き声だった。



(了)


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ホームベーカリーで作る培養肉 鬱ノ @utsuno_kaidan

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