第20話 ユニット活動と幸せの八割
あたしは部屋のベッドに寝転びスマホを見上げていた。その画面にはニュース記事が映し出されていた。
『朝ドラ発のユニットへ!』
あたしはその見出しを見ながら、頬を緩める。静かな夜だった。車が外を走っていく音が聞こえるくらいだ。
「まったく上手くやったんじゃない?」
「綺羅……夜の女の子の部屋に来るのは、どうかと思うよ?」
「君と僕の仲じゃないか」
音もなく綺羅に声をかけられる。
あたしは肘をつきながらベッドから起き上がり、ベッドの端に腰掛ける。
綺羅は入口近くの壁に寄りかかりながら、こちらを見ていた。
半眼に見つめながらあたしは小さく肩を竦める。プライバシーの侵害も甚だしいが、今のあたしは機嫌が良い。
「見て、これ。立夏姉のおかげだよ」
綺羅にスマホを見せる。画面に映るのはドラマの制作発表の写真だった。もう半年以上前になる。
記事を進めるとあたしと立夏姉の二人が並んだ写真が並ぶ。
ドラマの人気が出たのもあって、ユニットとして活動できるようになった。
なんて幸運。
今でもあたしは信じられないような気持ちだった。
「本当にユニットとして活動できるなんて、嬉しくて仕方ないんじゃないの?」
綺羅はスマホをちらりと眺めるとすぐに肩を竦めて目を離す。
あたしはスマホを自分の方に戻し、また眺める。
立夏姉とあたしの名前が並んでいるだけで、頬が緩んでしまう。
綺羅からの指摘にあたしは枕元に置いてあったペンダントを掲げた。
「うん、すっごく嬉しい。ほら、これ見て!」
掲げられたペンダントは濃いピンク色の液体で、すでにほとんどの空間を埋め尽くされていた。
ドマラが始まるときは半分だったのに、始まってからは早かった。
綺羅が顔をしかめる。
「……8割埋まってるじゃん」
「ドラマ撮影始まってから、溜まっていくのが早くてさ……どれだけ立夏姉といると幸せなんだろうと思って、自分でも呆れてたの」
あたしはペンダントを光にかざして覗き込む。綺羅の反応とは反対にあたしは、このペンダントが埋まっていくのが嬉しかった。
だってこれは着々とあたしの願いがかなっていくことの証だったから。
少し揺らせば綺麗なピンクの水面が揺れた。
「僕としては、それを照れながら話せる君が凄いと思う」
綺羅はこめかみに手を当て何度か忙しなく指を動かす。それから理解できないような顔で大きくため息を吐く。
あたしとしてはもうちょっと共感してもらいたい。
「ユニットを組むことは、すんなり決まったの?」
「うん。立夏姉も嫌がることもなく賛成してくれたんだ。ダンスとか苦手なのにさ。堀さんも不思議がってたよ」
「ああ、確かに君が得意な分、面白かったね」
綺羅が鼻で笑った。
あたしは唇を尖らせる。立夏姉はノリ切れないのか、動きが固くなりやすいのだ。
監督もそれを見て、立夏姉はほぼ歌だけになったくらいだ。振りは手だけ。
「立夏姉はあれでいいの。新しいマネージャーさんも決まったし……やっとユニット活動の実感が湧いてきたかな」
ユニットとしての活動が増えるのを見越して、砂川さんという男の人がマネージャーになった。
今からユニット名を決めたり、曲録りがあるらしい。
まだ始まる前からあたしはワクワクしていた。
そんなあたしに綺羅は目を細めた。
「この頃はあの子もイロハに対して激アマだもんねぇ」
「え、そう? 堀さんも言ってたけど、変わらないと思うんだけどなぁ」
立夏姉は態度こそ柔らかくなったけれど、最初から仕事に対して真面目で優しい。
そこに変わりはないのに、綺羅と同じようなことを言われることが増えているのも事実だった。
綺羅は深くため息をつくと、まるでミジンコを見るような目で見られる
「激アマだよ……君、自分たちのインタビューとか見直してるの?」
「もっちろん、動画もダウンロードしてる」
あたしは素早く画面をタップして、ダウンロードしてある動画の一覧を出した。
これがドラマのクランクアップのときで、こっちがユニット活動の発表のときの動画。
ありがたいことにバラエティー番組への出演も増えたので、それもクリップとして保存してある。
その中のお気に入りを再生して、綺羅に向けた。
綺羅は興味なさそうに画面を見ながら、さっきより長い溜息を吐く。
「はー……僕の言ったのは、仕事の見直しとしてなんだけど」
「立夏姉、この頃笑うのが増えて、綺麗だけじゃなくて、可愛い部分も多いと思わない?」
あたしは綺羅の隣に並ぶと、画面の中をのぞき込む。
お気に入りの動画だけあって、立夏姉の可愛い所がよく撮れている内容だった。うん、この動画を作った人にはお礼を言いたいくらいだ。
綺羅を放って画面にくぎ付けになるあたしに、彼は天井を仰いだ。
「ああ、うん、観賞用だね、それは。しかもフィルターが入りすぎて、何も見えてない」
綺羅は肩をすくめると、呆れたように首を横に振った。
*
今日はユニット――many colour seasonz、メニカラの初めてのミュージックビデオ撮影の日だった。
スタジオの一角にある楽屋であたしと立夏姉は並んで呼び出されるのを待っていた。
目の前の鏡にはメイクも終わり、衣装も来たあたしたちの姿が映っている。
手のひらにうっすらと汗が滲んでいるのを感じながら、あたしは軽く拳を握る。
「うー、緊張する!」
「……そうは見えないけど?」
足をじたばたと動かす。どうにもこの待ってる時間が苦手だ。
あたしがが肩を回しながら声を上げると、隣に座っていた立夏姉がうっすらとほほ笑みながらこちらを見つめた。鏡越しに目が合う。それさえ見とれそうで、あたしはふくれっ面を作る。
「立夏姉にはそう見えても、あたしは緊張してるの」
「私こそ、この年でユニット活動するとは思ってなかったんだから。本当に大丈夫かしら」
その綺麗さで不安になられると、アイドルの大半は不安になると思う。
あたしはそう言いたいのをぐっと堪えつつ、心配そうに手を組む立夏姉を見つめた。
それからわざとからかうような声で言う。
「絶対大丈夫だよ! 立夏姉が一番きれいだから……ダンスが踊れなくも」
「一言余計よ」
あたしの軽口に立夏姉が頬を緩めた。つんとほっぺたがつつかれるも全然痛くない。
だらしなく頬を緩ませたあたしに、立夏姉は少しだけ眉間に皴を寄せた。
「私がドラマで隣だっただけで、イロハにはもっと同い年くらいの相手が良かったんじゃない?」
「イヤ」
立夏姉から出た思いも寄らぬ言葉に、あたしは一瞬固まる。
何を言っているのか。あたしがユニットを組みたいのも、隣に痛いのも立夏姉だけなのに。
思考が爆発しそうになり、あたしはほぼ脊髄販社のスピードで首を横に振っていた。
そのまま立夏姉の手を取る。
緊張して冷たくなっている手を包み込んだ。
「あたしは立夏姉とだからユニットを組んだの。他の人だったら考えもしなかった」
これだけは伝わって欲しい。
何度言っても、立夏姉は交わすだけだから。あたしは伝わる様にとまっすぐに目を見つめる。
立夏姉の肩が微かに震えた気がした。
嫌がられてないのを確認しながら、あたしはそっと指を絡ませる。
「イロハ」
立夏姉が心配する必要は一つもない。
あたしはにっと口角を吊り上げた。
「だから、心配しないで。立夏姉がベストパートナーだよ!」
もう、残された時間はそうないけれど。あたしの隣は立夏姉だけ。
果たしてどこまで一緒に行けるのか、あたしにも分からない。
今あたしにできることは目の前の愛しい人へ向かって、最高の笑顔を送ることだけだった。
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