第4話 イロハの町
電車の窓の外に流れる風景に目を細める。電車の揺れに身を任せながら、私はイロハが死んだ町へ足を運んでいた。
やっとのオフに何をしているのかと思いつつ、どうしても来たかった。
イロハの思い出を求めている部分もあったのかもしれない。
私は視線をスマホの画面に落とす。
あれから何度も手掛かりがないか、イロハの痕跡を探していた。
スマホに残された写真を一枚ずつ指でスワイプしながら見つめる。
「この人、イロハの写真によく映り込んでる」
ピントの合っていない背景の隅に、黒い服を着た男が映っていた。
最初は気にしなかったが、何度も写真の端に写り込んでいるのを見つけ胸の奥がざわつく。
砂川さんが言っていた特徴とも一致する。
「自殺じゃなくて、殺されたとしたら……」
考えすぎかもしれない。
でも、もしも——もしもイロハが誰かに追い詰められていたのだとしたら。
私はイロハのスマホをぎゅっと握りしめ、かすかに震える指先で鞄の中にしっかりとしまい込んだ。
ちょうど良いタイミングで、電車が駅に到着するアナウンスが流れる。
私は息を整えキャップのつばを指で下げる。人混みが静かに入口に集まってくる。
到着のアナウンスとともに開いた扉から私は足を踏み出した。
「変わらないね、ここは」
ぽつぽつと人が降りる人波に流され駅の改札を出ると、私の前には馴染みのある景色が広がっていた。
目を細める。
心の中にほのかな温かさが広がっていく。久しぶりにイロハの気配を感じた気がした。
イロハと何度も歩いた町並みというだけで、私にはもう特別だ。
駅を出ると目の前にはすぐ商店街が続いてる。アーケードを入ってすぐに、店先から漂う甘い匂いや揚げ物の香りが鼻をくすぐった。
『ねぇ、立夏は何が好き?』
いつもイロハは良い匂いに連れられるように店先をちょこまかと歩いていた。
覗き込んで、迷って、私に聞きに来る。
言ったことは無かったけど、その姿がとても可愛らしくて、私は好きだった。
「食べるの好きじゃないのに、よく食べてたな」
私の半分くらいしか食べなかった気がする。
商店街の入り口には、イロハが好きだったたい焼き屋がまだあった。
なぜか餡子じゃなくてクリームだったけど、よく熱々を頬張っていたのを覚えている。
視線を向けると、ちょうど子どもが母親と一緒にたい焼きを買っていた。
『これ、可愛くない? あたし、好きなんだぁ』
「ぷよかわシリーズ完成したのかな? 誕プレでもあげたけど」
続く雑貨屋のショーウィンドウには、イロハが好きだったキャラクターグッズが並んでいた。
表に飾られたキーホルダーたちは少しだけ色あせているようにも感じる。
イロハがどんな顔でここを覗き込んでいたのかが、簡単に思い出せてしまう。
町のそこかしこにイロハの存在があった。 私はそのことに気づいて苦笑するしかない。足を止めて天を仰ぐ。
「駄目ね、この町。イロハを思い出すものが多すぎる」
思い出に涙が溢れそうになるなんて、ドラマ以外でもあるものだ。
胸が締め付けられる。
彼女がいないという事実が、今この瞬間も私を押し潰そうとしているように思えた。
楽しい思い出がたくさんある。だからこそ、イロハがここで死んだ理由が分からない。
「イロハが好きな町だったから?」
そんな場所を死に場所に選ぶなんてあるだろうか。
いや、それを言うならイロハが自殺すること自体ありえないのだけれど。
自殺なんて言葉と対極にあるくらい、生きることを楽しんでいた子だった。
いくら考えても分からない。私はため息を飲み込んだ。
「なんでいなくなっちゃったのかなぁ、イロハ」
結局、私の中にあるのはそれだけで。
気づけば私の足は勝手にイロハが最期を迎えた踏切の方へ向かっていた。
*
アーケードを通り抜け、隣の駅が近づく。
人通りは疎らだ。昼過ぎという時間がその理由かもしれない。
踏切が見えてきた瞬間、私は足を止めた。
遮断機の黄色と黒の隣に鮮やかな花たちが置かれていた。
献花だ。
胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。急にイロハがいないという現実を突きつけられた気がした。
立ちすくんでいた私の耳に急に声が飛び込んできた。
「イロハを殺したのは君だ」
「え?」
突然の声に後ろを振り返る。
いつの間にか私の真後ろに男がいた。一メートルもない。
緊張に喉がひきつる。ここまで無防備に人に近づかれたのは久しぶりかもしれなかった。
だが、それも男の顔を認識するまで。
男は目が半分隠れるような前髪の奥でにやりと笑う。
イロハの写真によく写っていたいた男だ!
黒のコートに、ストレートのパンツとシンプルな格好をしていた。砂川さんの情報とも一致する。
「どういう意味……?」
絞り出した声はかすれていた。男と目が合う。
その瞬間、私は背筋が凍るような感覚に襲われた。
灰色の瞳に黒い瞳孔が浮いているように見えた。まるで何でも吸い込むブラックホールのようなのに、そこには感情が見えない。
私の声が届いた瞬間に男は踵を返し走り出す。
「逃がさないっ!」
弾かれたように私もすぐに駆け出した。
イロハを襲ったかもしれない男。イロハのストーカーかもしれない男。
そして、イロハの死を私のせいと言った理由を聞き出さなければならない。
男はするすると体重を感じさせない身のこなしで駅の構内へと逃げ込む。
突風でキャップが外れ、中に入れていた髪の毛が解けた。周囲の人々が驚きながら振り返るが、構っていられない。
「ここ……」
視界の先、エスカレーターの脇で立ち止まり、私は息を切らしながら辺りを見回した。
だが、男の姿はどこにもなかった。
肩で息をしながらホームの端に立って右左とと確認する。人はまばらで見逃すわけもないのに。
遠くで、カンカン、と遮断機が下りる音がする。
「イロハを追いかけなよ」
「え?」
その声が耳に入った瞬間、背中を強く押された。
「——っ!」
浮遊感。ホームから身体が投げ出された。
世界がスローモーションになったように感じる。
目
ホームでは私の背中を押した男が、こちらを見て笑っていた。
警笛がなる。
電車が近づいてくる。
正面から向かってくる電車を見て、イロハもこの映像を見たのかと思った。
最後に見えたのは、運転手の顔。
私を見て驚愕に目を見開く姿に、なんだか申し訳なさを覚えて、私の意識は暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます