18の恋(後編)③

イヤホンから流れる、当時流行りのパンクソング。

僕はその歌詞に、Aさんへの想いを重ねながら、車窓から見える夜空にAさんの笑顔を思い浮かべていた。


僕を乗せた高速バスは、東京へ向けてひた走っていた。

Aさんとデートしたその夜、僕は東京にある専門学校へ体験入学をするために、夜行バスで東京へと向かっていたのだった。


車内は皆、寝静ねしずまり、ひとり眠れない僕は音楽を聴きながら、Aさんのことばかり考えていた。


長い時間をかけて、次の朝早くに渋谷の街にバスは到着した。

ギターケースを背中に背負い、僕はややこしい東京の地下鉄をなんとか乗り換え、ようやく専門学校がある駅へとやってきた。


高校三年の夏、やはり同じようにこの専門学校へ体験入学に訪れていたが、単線たんせん一本の田舎で育った僕には、どうも東京の地下鉄には慣れなかった。


専門学校に到着すると、受付で体験入学の旨を申し出て、同じ日に体験入学に訪れていた学生たちと共に、先輩学生たちに案内されながら専門学校を見てまわった。

教室や授業の説明を受け、一階にあるライブステージがある部屋で実際にギターを弾くことになった。

知らない人たちの前でいきなり弾くのはとても緊張したが、やはり楽しかった。それに、ステージを見守ってくれた先生も優しく教えてくれた。

僕は改めてこの専門学校に通いたいなと思った。

ちなみに、このとき担当してくれた先生は、後に専門学校を卒業してからも個別レッスンに通い、ギターを教わった自身の師と思っている先生だ。


学校での体験入学を終えて、専門学校の最寄り駅近くにあるホテルにその日は泊まることになった。


その夜、僕は友達から、共通の知り合いである先輩が偶然、東京にきていると聞かされ、早速その先輩へ連絡を取った。


そして次の日、先輩と待ち合わせ、一緒に渋谷へ行くことになった。


一緒に渋谷しぶやの街を見て回り、続いて二人で代官山だいかんやまへと歩いて向かった。


代官山は、どこもかしこもオシャレなお店ばかりだった。建ち並ぶお店の雰囲気は、地元にはないものだった。

先輩の買い物に付き合いながら、僕はAさんに何かプレゼントをと思い探し、立ち寄った雑貨屋で小さなネックレスを買うことに決めた。


それからまた代官山をしばらく見て回り、再び渋谷に戻ってきた。

帰りの高速バスは再び渋谷発のもので、偶然にも先輩とは同じバスで、しかも僕の後ろの席が先輩の席らしかった。


先輩とともに夜行バスに乗り込み、僕たちは東京を後にした。わずか二日間の短い旅だった。

それから長い夜行バスの旅を終え、十一時間かけて僕と先輩は地元、島根県しまねけんに戻ってきた。


東京から戻った僕はAさんにメールで、お土産を渡したいから会いたいという旨を告げた。


そして、次の土曜日にAさんと会うことになった。

僕はその時にもう一度、Aさんへ気持ちを伝え、ちゃんとAさんの答えを聞こうと決めた。


だが、僕の気持ちには重い気分がのしかかっていた。

思えばあのデートの日、最後の一言は、遠回しにフラれたようなものではなかったか。

Aさんに会えるというのに、ちっとも嬉しい気持ちにはなれなかった。

それを友達に言ったところ、「しっかりしろや、おまえを応援してくれてる人たちに失礼だろ」と叱られたのも無理はなかった。

それで、僕はどんな結果になっても、Aさんと向き合おうと、改めて決意した。


そしてやってきた土曜日、僕は友達の車に乗せてもらい、待ち合わせのサティへとやってきた。


サティ一階の入り口近くへ友達を待たせ、僕はAさんとの待ち合わせの広場へ向かった。

広場に到着し、ほどなくして、Aさんはやってきた。

仕事終わりらしく、水色の軽装にピンク色のメガネをかけていた。


僕は「これ、東京のお土産」と買ってきたネックレスを渡した。


Aさんはありがとう、と小さく笑ってくれた。


僕は、そして恐るおそる切り出した。

「あの…この前のさ…答えなんだけど…」

心臓が飛び出しそうなくらいバクバクと音を立てていた。

口の中がやけに渇いて言葉がうまく喋れない。

どうしてこんなに言葉が話せなくなるんだろう。言いたいことはたくさんあるのに、聞いて欲しいこともたくさんあるのに。

はがゆくて、はがゆくて、悔しくてたまらなかった。


「うん…」とAさんは少し困ったような顔をして、

「気持ちは嬉しいんだけど、私ね、やっぱりそういう風には見れないっていうか…」

「うん…」

僕は今すぐにでもこの場から走って逃げ出したかった。

「それにね、半年したら東京行っちゃうじゃない?だから…ね」


僕はAさんの言葉を聞きながら、ああ、今フラれたんだな俺、とそう思った。なんだかAさんの言葉が他人ごとのように遠く感じられた。


僕は苦笑いを作り、「そっか…」と小さくつぶやいた。

「ありがとう、この数日間、楽しかったよ」

それだけ言って、僕は来た方向に向かおうとした。

Aさんに涙は見せたくなかった。


Aさんは「私も楽しかったよ、またみんなで遊ぼうね」

そう言ってAさんは笑顔でひらひらと手を振った。


僕も手を振り返し、歩き出した。


待たせていた友達に、「やっぱダメだったわ」と笑って見せた。

友達は泣き出しそうな笑顔で肩を叩いて、元気出せや、と言ってくれた。


友人に車で送ってもらい、家に帰りついてから、僕は布団の中で泣いた。たくさん泣いた。

Aさんを想う気持ちは、止まらずに目から溢れ続けた。


こうして、僕の18歳の大きな片想いは、夏の終わりと一緒に大きな思い出へと変わった。


それからも、何度友達とAさんの話をしただろう。

何度Aさんに会いたいと願ったろう。

何度Aさんを想ったあの二週間を思い出したろう。


その時の僕は、この気持ちが永遠に続くのではないかと本気で思い、こんなにも誰かを好きになることなど、この先の人生でありえないのではないかとさえ思ったほどだった。


人生、そう、この恋を例えるなら、そんな言葉さえも語れるような気がした。


僕は後日、友達との恋愛話の中でこう言った。


「恋愛でよく例えられる活用があるだろう?

Like-Loveの違いとかって。あれは違うよ」

僕はこれを否定し、もう一つ最上級さいじょうきゅうを付け加えた。

人生、そう、この恋を最上級にするならば、人生そのものだ。


『Like-Love-Life』だと。


僕の中には、今もあのAさんを好きだった夏は、色褪せることなく生き続けています。


あれから彼女は結婚し、子供に恵まれ、家庭を築いたと共通の友人から聞いた。

どうか、いつまでもお幸せに。

大好きだったAさんへ。


おわり

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