18の恋(後編)②
僕は昼前に電車に乗り込み、待ち合わせの駅へと向かった。
その日はいい天気だった。
電車から見える
八月も後半に差し掛かり、夏ももうすぐ終わる。
このまま夏が終わらなければいいのに。
僕は初めてそう
この夏は本当に楽しかった。
改めて思う。
新しい仲間たちに囲まれて、夜が明けるまで騒いだり、花火をしたり、カラオケをしたり、ドライブをしたり、恋愛や馬鹿みたいな話についてなどたくさん語り合った。
そんな夏に出会った仲間たちと、皆で海にだって行った。沈むオレンジ色の夕日に
僕はこの夏の思い出を、一生忘れないだろうと思った。
何よりもAさんを好きになれた。
そして今日、この日を迎えられた。大好きな人との初デートの日を。
本当に、最高の夏じゃないか。
-僕は
高校を卒業し、フリーターをせずにそのまま上京して専門学校に進んでいたら。
今のアルバイト先に入らなければ、今の仲間たちに出会わなければ、Aさんのことを好きにならなければ。
いったいどれだけのものに出会わず、後の人生を過ごすことになっただろう。
きっと僕の人生は大きく違うものになっていただろう。
そんな風にこの夏のことを思っているうちに、電車は待ち合わせの駅に到着した。
僕は飛び出しそうな心臓の高鳴りを抑えながら、駅舎のベンチに座りAさんが来るのを待った。
駅員以外、誰もいない田舎の駅でぼんやりと座っていた。
電車は一時間に一本。ただ終わりかけた夏の蝉の鳴き声だけが、駅の待合室の中に
しばらく経ったのち、そこに入り口からひょこっと女の子が顔を覗かせた。
Aさんだった。
何度も何度も思い出そうとした顔が、そこにはあった。
ああ、そうだこの人だ、この人が僕の好きな人だ。
「おはよう」
僕は緊張する気持ちを抑えながら、ぎこちない挨拶をした。
「お待たせ、じゃ、行こうか」
そうしてAさんの運転する車に乗って移動することになった。
Aさんは少し離れた場所に自分の車を止めていて、二人で歩いてAさんの車に向かった。
隣りを歩くAさんは、胸にワンポイントの茶色のロングシャツ、そのシャツと合わせた同じく茶色っぽいミニスカート、それにピンク色の
僕は、世界でこんなにメガネが似合う女の子と今まで出会ったことがなかった。
いや、僕は出会っていたはずだった。そう、とっくの昔に。
僕は、知っているはずの女の子に、
あの同窓会の日、僕はAさんにもう一度出会い、初めて恋をしたのだ。
車に到着してAさんは鍵を開けた。
そう、この車だ。あれから何度、同じ車種の黒い軽自動車を街で探したろう。その度に何度Aさんが乗っていないかと、運転席に目をやっただろう。
二人で車に乗り込み、車は発進した。
車に乗り込むなり、「うーん、どうしよっか」と、Aさんは呟き、
「ねぇ、サティ行っていい?」
と聞いてきた。
僕は不思議に思いながらも、いいよと答えた。
僕を乗せたAさんの車は市内のサティに到着した。
「映画って今、面白いのやってたっけ?」とAさんが訊いた。
-はい?
僕は一瞬、
Aさんは案外、気分屋なところがあるらしかった。
映画館コーナーに到着したが、Aさんは見たいと思うような映画がなかったらしく、ちょうどお昼時になったので一階の洋食屋でお昼ご飯にすることになった。
そうして、お店で二人でドリアを食べながら話をした。
緊張しながらも、僕は適度な会話をAさんと楽しんだ。
意外にも、会話が続くことに驚いた。とはいえ、Aさんから話のタネを切り出してくれるので、慣れていない僕としてはとてもありがたかった。
食事の後、しばらくサティの中をひと通り見て回った後、再び車に戻ってきた。
「今日、ビリヤードするんだよね?」と僕は聞いた。
うん…、とAさんはなんだか煮え切らない表情で答えた。
それから「じゃあビリヤード行きますか」と、やはり煮え切らない様子で言った。
ビリヤードだと何か不満なのだろうか。
僕にはAさんの考えはさっぱりだったが、とにもかくにもビリヤード場へと僕らはやってきた。
複合施設の建物五階に位置するゲームコーナーにそのビリヤード場はあった。
最初にAさんからルールを説明してもらい、実際にやりながらビリヤードのやり方を教えてもらうことになった。
ゲームは初心者にも馴染みやすいナインボールに決まった。
白い玉を突き、1から9までの数字が書かれたボールを白い玉を当てて順にポケットしていき、最終的に9を落としたものが勝ちというシンプルなものだった。
初めて経験するビリヤードは案外難しく、やり始めてしばらくは真っ直ぐ玉を突くことさえままならなかった。
そしてビリヤードの最中、僕はAさんが玉を突くその姿に目を奪われた。
肩幅二倍くらいに開いて伸ばした足から、腰を曲げて、片手をピンと伸ばし、折り曲げたもう片手でキューを握り締めるその姿は、今でも忘れてはいない。
僕は生まれて初めて、女の子に対して『かっこいい』という感情を抱いた。
ビリヤードをするAさんの姿は、とてもかっこよく、素敵だった。
結果はやはり、ビリヤードが初めての僕の
それからビリヤード場を後にした僕たちは再びAさんの車に乗り込み、市内をドライブをすることになった。
車の中では、僕たちはたくさん話をした。
会話の主となるのは、やはり高校時代の思い出話がほとんどだった。
また、一部の道が混雑しており、運転の途中で割り込みをしてきた車両にAさんがいらいらしたりしたような場面もあった。
そうしてしばらく市内を走ってから、お茶にすることになり、国道沿いにあったベーカリーカフェでサンドイッチを食べた。
Aさんと会ってから、本当に幸せな時間だった。
彼女を見ているだけで僕の中のからっぽだった部分が満たされていくようだった。
彼女の笑顔が、少しトーンの高い声が、なびかせるポニーテールが、僕は彼女の全てが愛しくて仕方がなかった。
本当に、なぜこんな素晴らしい人を仲良くなってから一年間も好きにならなかったのか。
こっそりと心の中で、僕は高校三年生の頃の自分を
今なら言えるのに。
あの頃好きだった女の子とは、比べものにならないほど、今の僕はAさんのことが大好きだ、と。
だが、無情にも二人の時間は流れていき、別れの時間が近づいていた。
そうして「家まで送ってくね」とAさんが言った。
車は、今日のデートの終わりに向かって走りだした。
帰り道に、ずっと続いていた会話が途切れ、一時、車内が
僕は横目に、真っ直ぐ前を向いて車を運転するAさんの横顔を見た。
何か言わなきゃと考えるほど、何も言えなくなる。
ただ無情に別れの時だけが近づいてくる。
そうこうしている内に、車は僕の家がある町にに入った。
帰りたくない、そう思った。
今日が終わらないでほしい、そう願った。
だが、そんな気持ちは言えるはずがなかった。
叶うはずもなかった。
Aさんの車は、僕の家に到着した。
僕はこれ以上止まるわけにもいかず、Aさんに今日のお礼を言いながら、しぶしぶ車を降りた。
家の前で、僕は車のドアを開けたままAさんに向き直った。
「今日、ありがとう。楽しかった、また遊ぼう」
そう改めて言った僕にAさんは、
「私も楽しかったよ。またみんなで遊ぼうね」
そう言って手を振った。
走り去る車に向かって、ずっと手を振りながら、僕はAさんの言葉を
みんなで遊ぼうね、彼女は確かにそう言った。
僕は泣き出したい気持ちのまま、車が見えなくなった後も、しばらくその場に立ち尽くしていた。
ただ、夏の終わりかけた夕陽が悲しいくらい綺麗に空を染めていた。
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