18の恋(前編)③

その日、夕方でアルバイトをあがった僕は、今回の同窓会に参加する友達と集まり、友達の一人が運転する車で市内にある駅へと向かった。


同窓会の待ち合わせ場所は、同窓会会場である市内のカラオケ店。


僕と他に、駅で乗せた友達も含めたもう三人が乗る車で、待ち合わせのカラオケへ先に到着し、駐車場で他の皆と、Aさんたちが来るのを待った。


その時点で僕の胸はすでに高鳴っていた。


もうすぐ好きな人に、逢える。

そう思うと、気分は落ち着かなかった。


そこに一台の車が入ってきた。

黒色の軽自動車。その窓が下り、助手席に乗った男友達が手を振った。続けて、奥の運転席からも女の子が手を振った。

その瞬間、僕は息を飲んだ。


その見慣れていたはずのメガネをかけたAさんの笑顔は、今までのものとは格段に違って見えた。


やがて車は停まり、助手席の男友達、後ろの席の女の子二人、そして運転席からAさんが降りる。


相変わらず長めのポニーテール、可愛らしい赤色の縁のメガネ、細い腕、赤い毛糸地の肩までの上着、白いカーテンのようなひらひらのスカート。


僕はその姿を、今でも鮮明に思い出せる。

その時のAさんの姿は、それほどまでに僕の目に、記憶に焼き付いていた。


それから皆でカラオケに入り、僕とAさんは少し離れた席に座っていた。

カラオケは大盛り上がりだった。僕と男友達のJとYとでアニメソングを熱唱した。

Kが就職したあごの焼き屋から、差し入れに島根県の特産物であるあごの焼きを持ってきたのに対し、「お前、ナマモノの持ち込みはだめだろ」とJが突っ込み皆で爆笑したりして、それは本当に楽しい時間だった。

そして、僕の視界には絶えずAさんの姿が映っていた。


僕はカラオケの途中、トイレへと席を立った。

用を足した僕は鏡の前で自分の顔を見つめた。

正直、困惑していた。

Aさんに対する自分自身の気持ちに、驚きを隠せなかった。

あの時かけた自己暗示が、こんなにも大きく花開くことになろうとは、思いもしなかったのだ。


僕の胸はずっと熱いものが込み上げて溢れそうだった。


手を洗って部屋に戻ると、Aさんが席を移っていた。それはつい先程まで僕のいた席に違いなかった。

元居た場所がなくなり困った僕をAさんは、

「ここおいでよ」

と自分の隣を差し、笑顔で手招きしてくれた。

僕はあまりの嬉しさと驚きに、飛び跳ねそうになる気持ちを抑え、僕はAさんの隣りに座った。


それからは、本当に幸せな時間だった。

Aさんの存在がとても近くに感じられ、Aさんの歌声がすぐ耳元から聞こえてきた。

好きな人が、いま、すぐ隣りに座っているのだ。

だが、幸せな時間は長くは続かず、時間に限りのあるカラオケは無情にも終わりの時間が近付いていた。


だがここで、信じられない奇跡がおこった。


するとAさんが、お腹がすいたねと言い、「この後、ご飯食べに行く?」と僕に提案してきたのだ。


僕はあまりの出来事に我が耳を疑った。

もちろん行く、と内心、半ば信じられない思いで答えていた。


カラオケを出たところで、同窓会は一旦解散になり、僕とAさん、そして二人の女の子がご飯を食べに行くことになった。


学生時代の旧友たちと別れを告げ、僕を含めた四人はAさんの車に乗り込んだ。

車を発進させたAさんが、

「一度家に帰っていい?探しものあるんだ」

と言って、車はAさんの家に向かうことになった。

僕は密かに、Aさんの実家が見られるんだ、と喜んだ。


恋とは、相手のひとつでも新しい部分を知る度に、新しい喜びを運んでくれるものだ。


Aさんの家は小高い坂の上にある一軒家だった。

「ちょっと待ってて」とAさんが車を停め、家に入っていくと、正面の二階の部屋の灯りが点いた。


あそこがAさんの部屋なんだな、と思った。


ほどなくして灯りが消え、Aさんが「ごめんねー」と言いながら車に戻ってきた。


そうして車を再び走らせ、国道沿いにあるファミリーレストランに僕たちは入った。


四人掛けのテーブルで、Aさんは僕の隣の席に座った。

それはまさに夢の様な時間だった。


間近に見るAさんの笑顔が素敵すぎて、今でもあの時のことは霧に包まれたような記憶のもやの中で残り続けている。


Aさんと(もちろん他に二人女子がいたのだが)一緒に話をしながらご飯を食べる時間は本当に素晴らしいひと時だった。


だが、そんな幸せな時間はやはり終わりを告げ、僕たちは帰る時間になった。


Aさんはまず先に一人の女の子を家に送り、次に僕を家まで送ってくれると言った。

残るもう一人の子は、今日はAさんの家に泊まる予定らしかった。


一人先に同級生の女の子を家に送った後、車の中で後部座席の僕と運転席のAさんとで話をした。もう一人の助手席に座る女の子は割と大人しいらしく、会話にあまり加わらなかった。

僕はあの帰りの車内を思い出しては、もしあの時もう一人の子が居なかったなら、僕は確実にあの日あの時、Aさんに告白をしていたことだろうと今でも思う。

それくらい、あのときの僕の心は舞い上がっていたのだ。


そして、Aさんが運転する車は、僕の家の前に到着した。

Aさんともっと一緒にいたかった。だが、奇跡はその日それ以上は起こらなかった。


Aさんはまたね、と手を振って、二人を乗せた車は発進した。

僕は遠ざかる車を、見えなくなるまでずっと見送った。


その夜、布団に入った僕は、今日のことを繰り返し思い出した。

どの場面にもAさんの笑顔があり、幸せで溢れていた。

布団の中で僕は、知らないうちに涙を流していた。


窓から見える遠い星空を見つめながら、Aさんのことを想い続けた。

その日の夜は、永遠のように長いながい眠れない夜となった。


恋とは不思議なもので、ある日突然、今まで当たり前に見てきた人を、急に輝かせて見せることもある。


僕はこの片想いでそう学んだ。


その時は自分の気持ちを素直に受け入れてあげよう。

この人が好きだ、と。


18の恋、後編へ続く

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