第四話 人類愛は全てを救う

 きょうかは同期の絵を描こうとした。写真に忠実に描くが所詮下手の横好きに感じた。四組から最初描いたが、犬子はそれをみんなに自慢するように生徒達に見せた。

「きょうかが四組の絵を描いたの!掲示するね」

 犬子の微笑みは本当に嬉しそうにものだった。きょうかは正確に言えば下手の横好きではない。他の人よりも絵が上手い。だが、このクラスには絵の上手い人間が三人もいる。

 しかも、きょうかの過去を知っている者が多い。やよいは違うが、それでもそんなことに変わりない。

 そんな時に翔太が隣の男子にこんなことを言った。

「あいつの絵を指摘してやろうぜ!」

 からからと笑う翔太は悪意があるのかないのか微妙な顔つきをしていた。隣の男子がぽかんと口を開ける。

(なんだお前)

 きょうかはじっと翔太の方をまじまじと見てしまった。しかし翔太は何にも気づいていない。

 

•••


 それでも部活に行くと、相変わらずやよいは黙っている。

「やよいってさ、なんでクラスで人と話さないの?特に女子と」

「………ああいうの、嫌いなんだ」

「え?ああ、うるさいから?」

 きょうかはやよいに冗談めかしく言った。どうせ当たってないと思って自分なりに的外れなことを言った。

「…うん、正解。女子が騒いでうるさくても、みんな許すし。私ああいうの合わないんだ」

「へー………そうなの……」

 きょうかはそしてやよいにこう言った。最大の皮肉だった。

「まあ、あの子達はベビーピンクの似合う女だからね」

「ふふっ。何それ」

 やよいは無表情がデフォルトだが、軽く笑った。

 きょうかはやよいの微笑みを見て、少しだけ満足した。

 やよいは普段、感情を表に出さない。だからこそ、こうして小さくでも笑うと、それが本心なのかどうか気になった。

「ベビーピンクが似合う女ってさ、何やっても可愛いって許されるんだよ」

 きょうかは適当に言葉を続ける。

「ぶりっ子しようが、キャピキャピしようが、大声出そうが、全部可愛いで片付けられる。だから私はああいうタイプの女をベビーピンクが似合う女って呼んでるんだ」

 やよいは微かに眉を上げた。

 そして、少し間を置いてから「なるほどね」と頷いた。

「きょうかって、そういうとこ、変わってるよね」

「どこが?」

「ちゃんと周りを見てるのに、誰のことも特別扱いしない」

「………」

 それを変わってると言うのか。

 きょうかは小さく肩をすくめた。

「みんなには興味あるよ。でも群れるのは違う。私は誰の味方でもないし、誰の敵でもない。ただ、それだけ」

 やよいはそれを聞いて、しばらく沈黙した。

 やがて

「ふーん」とだけ返して、また自分のスケッチブックに視線を落とす。


•••


 夏になった。美術部では新しい問題が出てきた。三年生の新しい先輩豚島すずなが問題を起こした。なんと彼女は一也をストーカーしており、今の同じ年齢の先輩達と闘争しているようだった。互いにいじめ合い、先輩達は正義を主張する。その貫きっぷりにきょうかは正義を主張する方の先輩を裏で応援する。

 しかし、顧問の発言はまたしても部活内を動かした。

「これからはみんな仲良くして過ごしてね」

 その話を聞いた三年生達は互いに仲良くし、合わせながら過ごす。すずなとも仲良くやっていくことが決まったきょうかはなんとも言えない気持ちになった。

(は…?なんなんだよ、先輩達も、すずなも、顧問も。そんなんで………そんなんで解決したつもりか?)

 きょうかは心の中で苛立ちを感じながらも、表面では冷静を保っていた。美術部の中で、今まで何度も周りを無視してきた人々が、急に仲良くなったふりをして過ごす様子に、彼女はどうしても納得がいかなかった。

「どうしてみんな、そんなに簡単に妥協できるんだろうか?」

 きょうかは再び自問自答する。彼女は自分の中で、何かが違うと感じていた。弱者に優しさを示すのも、大切なことだと思う一方で、何かが腑に落ちない。

 やがて先輩達はきょうかとすずなが険悪という話を聞きつけた。きょうかにすずなと仲良くしようと言ったが、絶望的なタイミングですずながきょうかにこんなことを言った。

「今度文化祭で絵を描くんでしょ?きょうか!ちゃんとやれよ!!!」

「……チッ!!」

 きょうかはついに巨大な舌打ちをした。威張ったすずなの豚のような顔がやがてしおしおの動物のような顔になる。

 すずなは席を立ち上がりトイレに逃げ込んだ。二十分間も出てこなかった。

「あーあ、泣いてる……」

「……あんなの、泣かせとけばいいんですよ」

 きょうかはこれから部活をさぼるだろう。そう思いながら絵を描き続けていた。


•••


 きょうかは次の日、花美に話を聞いた。

「一也ってああしててさ!うちに膝枕してくれるんだよね〜!!!」

「一也優しいよ!ちょっと馬鹿だけど。でも、数学はもうちょっと教えてもらいたかったな〜!!」

 花美の声、態度、言動。それらが全て不快になっていく。

「そうなんだね」

 きょうかは弁当を食いながら花美の話を聞いている。花美のあざ黒い肌が汚いものに見えてきた。

(またか…またこうやって一也を自分のものだと自慢するのか)

 花美が話すその内容、無理に自分を誇示しているその言動が、きょうかにはただただうるさく感じられた。特に、「膝枕」だの「優しい」とか、そういう言葉を繰り返すたびに、きょうかの中で何かがひっかかる。

(本当に、何もかもが気に入らない)

 きょうかは微かに眉をひそめながらも、顔には笑顔を浮かべ続けた。心の中では、花美が無意識に撒いているその虚飾の数々に、どんどん耐えられなくなっていった。

「きょうかは一也とエピソードあるの?」

「え?」

「知らないの?きょうかが一也のこと好きみたいなのみんな知ってるよ!」

 きょうかはたちまち雷が落ちたような衝撃に陥った。誰がそんなことを言ったのかは気になったが、花美の声がまるで連続した痛みに感じる。

「え?どうしたの?」

「……私はあいつが好きなわけじゃないよ」

「え?でも嫌いなわけじゃないでしょ?」

「まあね」

 きょうかは弁当を食べ、花美の隣で話を聞く。

「なんかあったら聞かせてよ!嫉妬とかしてないから!」

 醜い顔。馬鹿そうな顔。汚い肌。きょうかにはまるで花美が恋と嘘をアクセサリーのように着飾る馬鹿女に見えた。

(我慢しろ。頃合いを見て騙せ)

 そう言い聞かせながら話を続ける。

「エピソードか…特にないな」

「え?前同じクラスだったんでしょ?」

「まあね。でも勉強を教えてもらったことはないな」

「きょうか、頭いいもんね」

「頭がいいというか……」

 そうだ、花美は違う小学校で事情を知らないんだ。花美は噂ときょうかの綺麗な表向きの話しか知らない。

 きょうかは心の中で花美の言葉に反応しながらも、表情を変えずに答えた。

「そうだね、でも、勉強っていうより…人それぞれだ」

 きょうかは軽く笑ってみせたが、その笑顔はどこか冷たく、薄っぺらいものだった。彼女にとって、花美の言葉はただの空虚な響きにしか聞こえない。

 頑張っている、とは言えなかった。流石に花美には言いづらかった。頑張ってるのではなく、むしろ自分はすごいのだと信じたかったからだ。

「でもさ、話を聞けて嬉しいよ。ありがとう」

「ほんとに!?」

 花美は嬉しそうに自分との友情を実感する。きょうかはつい笑ってしまった。

(頭悪いな。私嘘が苦手なのにこんなに騙されてる。騙す方が楽しくてたまらないっていうのは、こういうことなんだろうな)

 弁当を食べ終えて片付け、きょうかは花美にお礼を言った。

「今日はありがとね」

 そのままきょうかは立ち去り、次のことを考えた。しかし美術部はもう彼女の中で行かないことを決めていた。

(美術部に行くんじゃない。他の人と交流してみよう。奔放に動くのも楽しいよね)

 昼休みをこうしてきょうかは過ごし始めた。


 放課後。

 しかし、きょうかの掲示された絵を見て周りの生徒達は酷評した。

「狗崎ってあんまり絵上手くないよな」

「うまいっちゃうまいけど…これは二次元だな」

「てかさ、クラスにいる藤沢の方がうまくね?」

「佐伯に雛原に…絵上手いやつ揃いだよな」

 きょうかは立ち上がり、ずかずかと文句を垂れに行った。

「お前らよりも絵上手いよ、私は」

「いやそうなんだけど、指摘する権利は俺らにもあるだろ?」

 男子達はからからと笑う。そうだ、こいつらには何を言っても無駄だ。この男子達は自分の綺麗な部分を知ってる子達ではない。

 過去に自分を罵倒したくせに、怒られれば先生に助けを求める屑のような奴等だ。

「てかさ、藤沢の方が絵上手いよな」

 きょうかは驚いた。藤沢とは小学校の時に同じクラスだった明るいクラスの人気者だ。絵も上手いので彼女が例え痛々しいキャラが好きでも周りは許していた。

(藤沢?)

「藤沢の絵がこれから掲示されるんだけどよ、お前も見てみろよ。あいつ絵が上手いんだよ」

 男子達はそう言って立ち去った。まるでその様子はきょうかに対する侮辱に見えた。

「負け組がごちゃごちゃと…」

 とはいえ、前から知っている。藤沢が絵が上手いのはこの学校では共通認識だ。

 そうなればきょうかの絵は価値がない。みんながいなくなった頃を見計らってきょうかは額縁から自分より絵を手に取り、ビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。

「絵が下手な奴はいらない。無価値な奴はいらない。これもまた共通認識だ」

 きょうかは教室から立ち去る。部活はもうサボるつもりだ。そんな時に誰かとぶつかってしまった。

「おっと」

 ぶつかった女子はきょうかと同じ学年で違うクラスの女子友達だった。

「お前……ごめん、大丈夫?」

 その子はにこっと微笑みきょうかに話しかけた。

「なんか、あんたがみんなの絵を描いてるって噂になってるらしいけど…」

「ああ…うん、でももう…」

「私のクラスの絵を描いてくれない?」

「え」

 そのクラスは一也や歩実がいるところだ。倉田もいる。一也と違って倉田はエンターテイナー気質を発揮してみんなと溶け込んでいる。

「いいの…?」

「うん。うちのクラスはみんな歓迎するよきっと」

「ありがとう…そのうちにな」

 きょうかはすぐに決断した。他のクラスメイトの絵を描くのも、悪くないと。どうせなら自分のクラスを見限ってやろうと。

(藤沢がなんだ。お前らは藤沢を愛していればいい)

 きょうかはそれでも部活に行かず学校に居座り続けた。


•••


 次の日。

「きょうかの絵が破られたんだけど、誰か知らない?」

 犬子が困ったような顔をする。

 きょうかはその問いを無視し、黙って座り続けた。犬子が困った顔をしているのが分かったが、きょうかはその問いには答えなかった。彼女はただ、目の前に広がる静寂に耐えているだけだった。

(バカどもが、どうせ藤沢の絵を見て喜んでるんだろう。藤沢、藤沢… いつもみんなに持ち上げられて、あの絵がどうしたっていうんだ)

 他の生徒達も戸惑い困惑する。

「私は知らないです」

「俺も」

「本当に誰もそんなことしないと思います」

 みんなが口々に意見する。

 きょうかはその場の空気を感じ取ることなく、ただ目の前の机に視線を落とし続けていた。誰も自分の心の中を理解してくれない、そう感じるだけで、心はどんどん冷えていく。

(お前らがあんなこと言ったのに破いたらみんなで誰もそんなことしない?違う。価値がないのは私もそう思っていたからだ。そして、お前らも同罪だ)

 きょうかの方を見て犬子は困った顔をした。

「困ったな…きょうかは頑張って絵を描いたのに。すごいものだった。私絵が描けないからより一層困った。きょうかは大丈夫?」

「はい」

 きょうかの言葉は逆に淡々としていて、犬子に強烈な違和感を植え付けた。

「そっか…じゃ、授業始めるね」

(藤沢の絵を破かないだけありがたいと思え)

 きょうかはそう思いながら机からノートや教科書を出した。


•••


 その放課後。

「きょうか、ちょっといいかな」

「はい…」

 犬子はきょうかを呼んで別室に入った。

「あの絵を破いた人の心当たり、ない?」

「本当に知らないんです。今日の朝見たら、絵が破られてて……」

「嘘をついてるね」

「…!???」

 きょうかは見破られた。犬子はにっこり笑った。

「別に責めようとしてるんじゃないの。先生はなんで自分の絵を破いたか知りたいんだ」

 きょうかは正直ものだ。愚かしく話す。

「この絵に価値がないからです」

「そう?先生は価値があると思うよ。だってきょうかのセンスが現れてる。みんなの絵を描きたい気持ちが出てる。あんなに言ってるけど本当はみんなのこと気にしてるんじゃないの?」

 それはそうだ。きょうかは誰に大しても無関心ではない。それは当たり前だ。

「…ですが」

「みんなも褒めてたよ。みんなすごいって、こんなに描けるのはすごいって」

「違う!あいつらは…!指摘しようぜ!とか、うまくないとかいいやがった!先生はそれを知らないんだ!」

 きょうかは立ち上がった。汚い本音が現れる。

「あんな絵を描けない屑みたいな奴らに、指摘されて大恥だ!藤沢の絵がなんだ!あいつの絵なんて、大した個性もない。あいつらに受けるためのクソみたいな絵だ!絵にも性格にも異性関係にも媚を見出す、あいつの正体はそれだ!」

「そう見えるんだね…」

 犬子はきょうかを微笑み優しく抱きしめる。

「でも、私はきょうかにまた絵を描いて欲しいよ。私はきょうかの絵が好き。それはダメなの?」

「………くっ!!!」

 優しく抱きしめられるが、ナチュラル骨格特有の骨が棘のように包む。それが痛くもあり、暖かい。

「……うっ」   

 きょうかは涙した。こんなことを言われたことがない。親の純にもそんなに絵を美化して何がしたいの?とも言われる。一年生の同級生にはようやく絵と成績で認められた。顧問だって今は嫌いだが、かつては認めてくれて優良賞まで漕ぎづけることができた。

「私はきょうかの絵が好きだよ。本当に上手いし」

「…………」

 小学校時代、多くの生徒に言われた。絵が下手すぎると。担任にも褒められたことはない。

「……くそがよ………」

 涙を流してきょうかは抱きしめられることをを受け入れた。犬子に抱きしめられていると安心してしまったのだ。純にはないこの感覚に、きょうかは酔いそうだった。


•••


 幼い頃の記憶をふと思い出す。

「きょうかって絵が下手だよな」

「なー、あいつ勉強もできないんだぜ」

「しかも運動音痴だし、歌も下手。何ができんの?」

「……」

 それでもきょうかは無視をしない。絶対にほっとかないわ、相手の言葉を受け流すなんて、そんな弱者のやることじゃない。

 きょうかは、「力」で黙らせる。

「ふんっ!」

 男子の顔を足で蹴り飛ばす。

 鈍い音とともに、そいつの顎がずれたように見えた。

 そして、転がる男子の背中を見下ろしながら、鼻で笑う。

 何ができんの?だ?

 少なくとも、お前よりは強いけどな。

 それが、きょうかのやり方だった。

 殴られれば殴り返す。

 蹴られれば、蹴り倒す。

 煽られれば、顔面を踏みつける。

 …それだけで良かった。

 それだけで、生きていけた。

 だけど、担任は、決まってきょうかを怒った。

「ふざけんなよ!そんなことをして…!!!相手の気持ちを考えろ!」

 相手の気持ち?

 …なんで、こっちが考えてやらなきゃいけないんだ?

 先に馬鹿にしてきたのは、あいつらなのに。

 私をゴミみたいに扱ったのは、あいつらなのに。

 こっちは正当にやり返しただけなのに。

 そうやって、きょうかはずっと怒られてきた。

 ずっと、否定されてきた。

 自分の方法を、間違っていると言われ続けてきた。

 でも、「力」を捨てたら、何が残る?

 きょうかは拳を握りしめたまま、黙って先生を睨んでいた。

 それでも今となれば、中学で暴力は不要のものとなる。

「狗崎、そういうのは良くないよ」

「問題を起こすと、成績に影響するぞ」

「暴力じゃなくて、もっと大人のやり方を考えなさい」  

 これからは「実力」、そして「成績」が鍵となる。成績が優秀になれば犬子はもちろんのこと、塾の先生や純も褒める。周りと認めて期待する。

 そして、知らない先生や自分を嫌悪する先生達もきょうかを認めてくれる。「狗崎の成績は素晴らしい」と褒めちぎる。

 きょうかは必死で勉強した。

 小学校の頃は、「勉強ができるやつ」が偉そうにしていたのを知っていた。

 だから、そいつらと同じ土俵に立つために、頭を使うことを選んだ。

 今となっては自分を見下した生徒達は自分よりも成績が悪い。それが何よりの証拠だ。

 だが二年四組の生徒達はきょうかをあまり認めない。成績は高評価するが。

 ある者は、

「きょうかって昔成績が悪くて頭悪かったんよ」

 と過去を暴露する。

 ある者は、

「きょうかってものすごい問題児でさ」

 と掘り返す。

 何もできない、成績の低い奴らがだ。他の部活の分野ではきょうかよりもできているが、勉強面ではきょうかよりもレベルの低い奴らがだ。

 それでもやかで夏が後半になり、文化祭が訪れる。最終的にきょうかは部活に不参加を決め、報告もせずサボり歩いた。

 文化祭は絵を特別ブースにて掲示してもらった。同期全員を描いた絵だ。藤沢の絵には劣るときょうかは信じていたが周りの人間は全員褒めていた。

 そして犬子に唐突に言われた。

「きょうか、君は色々な人に迷惑をかけてるのを知ってる?」

「へ」

「やよいが…雛原やよいが、君のことを相談したくて来たんだよ。君に避けられてるって」

「避けられてる?」

 かたり、と変な音がした。何かが落ちる音だ。

 何を言ってるんだ。私はやよいなんか避けていない。友達だと思ってる。

「そう言ってるんだ。でもやよいは必死そうにきょうか友達でいたがってる。あれはどうにかしたほうがいいよ。やよいがそう思ってるんだから…きょうかだって、やよいのことが嫌いなわけじゃないでしょ?」

「ええ、はい…私は…」

「ならなんとかしたほうがいいよ。やよいだって、待ってるんだ。君のことを本当に友達だと思っている」

 きょうかは犬子の言葉を反芻した。

 やよいが、私に避けられてると思っている?

 やよいが、私と友達でいたがっている?

 頭の中が混乱する。

 やよいがそんなことを思っていたなんて、考えもしなかった。

(いや……でも、待てよ)

 思い返せば、確かに最近やよいとはあまり話していなかった。

 文化祭の準備もあったし、他のことに気を取られていた。

 でも、それは避けていたわけじゃない。

 やよいが「私と友達でいたい」と思っているのなら、どうして何も言ってこなかった?

 いつものように話しかけてくれれば、それで済む話じゃないか。

「……本当に、やよいがそう言ったんですか?」

「うん。君のことを、どうしたらいいのか分からないって悩んでた」

 きょうかは唇を噛んだ。

 それなら、やよいが話しかけてくればよかったのに。

 なぜ、こんな回りくどいやり方をするんだ?

 なぜ、犬子を通して言うんだ?

(わかってる。やよいは犬子先生を信じてない)

 だがやよいが信じてない先生を頼ったり、あんなにおとなしく、誰でも突き放すような態度をとっておいて縋り付いてくる。

(お前、こんな人間なのか)

 きょうかは話を切り上げた。

「わかりました。私から話しておきます。なんとかします」

「そう?よかった…」

 犬子の方から立ち去るきょうか。やるべきことは決まっていた。

(やよい…そんなに友達でいたいのなら見てやろうじゃないか。何が起きるのか)

 しかし文化祭が終わっても、合唱コンクールが終わっても、色々なことが済まされて秋になっても、やよいは相変わらず声すらかけない。

(…………なんなんだよ)

 秋になり、夏の熱気がすっかり冷めた頃になっても、やよいはきょうかに一言も話しかけない。

(お前、私に話したいことがあったんじゃないのか?)

 やよいが犬子に相談までして、「きょうかに避けられている」と言った。

 それなら、今のこの状況は何なんだ?

 結局、自分から動かない。

 ずっと、誰かが手を差し伸べるのを待っている。

 そんな姿勢のまま、何も変えようとしない。

 それがやよいという人間なのか?

 きょうかはやよいを横目で見ながら、静かに苛立ちを募らせた。

 やよいは相変わらず無表情で、いつものようにおとなしく過ごしている。

 昼休みも、放課後も、誰かと深く関わろうとしない。

(……結局、やよいは自分から動かないんだな)

 きょうかは、ふっと鼻で笑った。

 今更、何を期待していたんだろう。

 やよいが「友達でいたい」と言ったのは、ただの気まぐれか、それとも単なる自己保身だったのかもしれない。

 結局、やよいは「私がいないと生きていけない」わけじゃない。

 ただ、関係を維持するための最低限の言葉を犬子にこぼしただけ。

 それが「やよいができる限界」だったんだろう。

(つまらない。そんな関係なら、別にいらない)

 きょうかはそれ以上、やよいに期待することをやめた。


•••


 一也はその頃、一組にかなり嫌われていた。みんなとつるむのが大好きな一也でも、今となってはみんなに嫌われている。

 そしてきょうかに近寄らないでと言った噂もかなり広まり、一也は頭を抱えた。

 元々、そこまで強い立場じゃなかったが、この噂が決定的だった。

「俺、そんなこと言ってない………」

 一也の苦悩は続く。彼は今歩実と付き合い、どこまでも行ってしまう。ずぶずふの関係に陥り、誰も助けてくれない。

 一組の生徒達は、面白くないものには冷たい。

 彼らの中で、「面白い人間」でなければ、ただの無価値な存在になる。

(俺、そんなにダメか?)

 以前のクラスでは、こんなことはなかった。

 誰かとつるんでいれば、それでよかった。

 みんながワイワイ騒いで、バカ話して、それで済んでいた。

 でも、今のクラスは違う。

 学力の高いやつが多い。

 顔が整ってるやつもいる。

 何かしら「できる」やつが評価される。

(俺、つまんないってことか……?)

 そう思うと、胸が締めつけられる。

 今、一也が頼れるのは歩実だけだった。

 歩実は、相変わらず適当で享楽的で、周囲の不幸を楽しむような女だ。そして一也はこの女があまり好きではない。

 でも、一也にとっては唯一「居心地のいい場所」になりつつあった。

 どんどん深みにハマる。

 歩実と一緒にいる時間が長くなる。

 ずぶずぶの関係になっていく。

 でも、それでも誰も助けてくれない。

 そんな中、ある日、担任に言われた言葉が決定打になった。

「一也はこのクラスには合わないみたいだな、あはは」

 まるで軽いジョークのように。でも、それは冗談なんかじゃない。

 先生すら、俺を見放してるんだ。そう理解した瞬間、一也はもう笑えなくなった。

(……なんだよこのクラス)

 イケメンもいる。頭のいいやつもいる。面白いやつも、ちゃんと評価される。

 だが担任がずばりと自分を切り捨てたことを知ると一也は余計におとなしくなり、不機嫌になる。

(なんだよこのクラス、イケメンも多いし頭いい奴もいる……俺がつまらない扱いを受けてる)

 ため息をつき、一也は水泳部の部活から帰るしかない。


•••


 きょうかはある日、美術室を訪れた。顧問はこちらを睨みつける。

「…何の用」

「倉田は元気してますか?あいつ、みんなとコミュニケーション取れなかったし、明るいけどうまくいってるのかなって」

 ほんの気まぐれだった。倉田が気になっていた。やよいや他の部員なんかよりも。

「倉田は元気だよ。明るくて人懐っこい。みんなとうまくいってコミュニケーション能力も上がってる。けど…あんたのことはもうよく思ってない」

「なんでですか」

「倉田が病弱で体が弱いの知ってるでしょ?あの子はね、本当はサッカー部をやりたかったの。でも体が弱くて美術部に入った。やりたいことを我慢して倉田は苦悩してた」

「…聞いたことがあります」

「倉田は体が弱いのが嫌だった。やりたいことを本当は我慢したくなかった。でもきょうかは強いのに部活をサボり始めた。倉田はそれが気に入らないみたい」

「…何?」

「倉田はあんたに憎悪をぶつけたり虐めたりはしない。話せば普通に明るいと思う。でも、あの様子だともうダメだ」

「……………は?」

 なんだよそれ。私が悪いのか?倉田の思い過ごしなんじゃないのか?

 それでもきょうかは倉田を見捨てる気にはなれなかった。敗北して悩みを打ち明けてくれた倉田がどんなに自分を憎悪しても傷つける気持ちにはなれなかった。

「そうですか…」

「あと、一つ話ががあるんだけど。すずなのことでね」

「はい」

「あんた、嫌いな人がいてもどうして仲良くできないの?仲良くできるのが普通でしょ?やりなさいよ」 

「やりたくないんです。自由でしょ」

 きょうかは話を切り上げようとした。

 でも顧問はまだ話を続けた。

「すずなと仲良くできない理由、何?」

「……気に入らないからです」

「理由になってない」

「じゃあ、先生は誰かを嫌いになること、ないんですか?」

「私は教師よ。生徒を嫌うなんて、そんなことするわけないでしょ」

「はは……そうですか」

 きょうかは苦笑しながら立ち上がった。

「私は先生みたいに聖人じゃないんでね。嫌いなやつは嫌いですし、無理に付き合う気もないんです。じゃ、失礼します」

 そう言い残し、さっさと美術室を出た。

 教師が何を言おうと関係ない。

「狗崎!」

 きょうかのことをきょうかちゃんと最初は気に入って呼んでくれた顧問が苗字呼びだ。呆れてものも言えない。

(あいつは、私のことが嫌いなくせによく言うよ)

 どの道、きょうかはこの学校で、誰とも本当の意味で「仲良く」なったことはない。

 それが続くだけだ。


•••


 冬の修学旅行が近づいて来た。きょうかはほとんど一也と口をきいていなかった。

「………修学旅行が近いな」

 修学旅行のチーム決めの時にそう思った途端、藤沢がきょうかに声をかけて来た。

「一緒のチームに入ろうよ!もう作ったんだ!おいで!」

 藤沢はきょうかにも優しい。そりゃ言いたいことは言うし、強気なところもある。だがそれはみんなが許すくらいの強気さで大した問題にならない。

 だがきょうかは藤沢に対して妙な友情と憎悪を抱いていた。彼女は絵が上手く明るい性格でみんなの人気者。気さくで器用で、勉強はすこぶるできないが絵は上手い。

 しかし、きょうかの絵よりも藤沢の絵が常に評価された時、きょうかはその頃から藤沢をよく見ていた。

 そしてあることがわかった。藤沢はなんときょうかの友達の一人が好いていた男子生徒との恋を応援すると友達に言ったのに、自分はその男子生徒と付き合ったのだ。女子達からはかなりのバッシングを受けても、藤沢の動きや顔立ちは美しい。まるで明るい外国人のようだ。

 競争心があり、親切だが、人の目を気にするので人を褒めて好感度を調節するような女だ。意外とやることはちまちまとしていることをきょうかは知っている。

 それでもきょうかは藤沢を信じ続けた。仲良くもしたかった。藤沢はきょうかに害を与えることはほとんどないからだ。昔こそは嫌なことを言ってくるが、今は親しみやすい。

「いいよ」

 きょうかは藤沢のメンバーに入った。他のメンバーを確認して心の中でよし、と頷いた。

(いいね、みんないい子達だ)

 だがきょうかは内心、藤沢が友達の好きな人と付き合うことをやるのではないかと思っていた。相手の友達は一途で有名であるため、かなりの大騒ぎになっている。

 だが、その答えを出す間もなく、藤沢が笑顔で振り向いた。

「きょうか、楽しもうね!」

「ああ、楽しもう」

 その笑顔に、きょうかは少しだけ心を許しそうになった。

 だけど、それと同時に、どこか心の奥底で冷たい何かが警鐘を鳴らしていた。

(……まぁ、しばらく様子を見よう)

 そう決めたきょうかは、表面上は明るく振る舞いながらも、心の奥底では静かに藤沢を観察し続けることを決めた。

(藤沢、お前は結局、どんな女なんだ?)

 そんなことを考えながら、修学旅行の準備は着々と進んでいった。

「みんなもチーム決めるんだよね」

 藤沢がそう言ってきょうかに話しかけた。

「そうだね。私達はもう終わってるから様子を見るだけだね」

「うん!」

 花美も他のチームに入る。やよいは孤立している。きょうかはその様子に着目した。

(やよいは、どうなるんだ)

 きょうかはやよいに声をかけられないまま数ヶ月経っているのがわかる。やよいにもう声をかけることはない。それはそうとして興醒めしたわけではない。関心はある。彼女がこの先どうなるのかは知りたい。 

 ベビーピンクの似合う女達のメンバー四人がやよいに話しかける。

「あー、雛原さん一緒のチームにならない?」

 きょうかはそれを強く見つめた。

(暴れろ。やよい、いやなんだろ?あいつらが嫌なら断ってやれ!)

 しかし、やよいはきょうかが思うことと真反対のことをした。

「うん。わかった。入るよ」

 その瞬間、きょうかの心の中で何かが崩れた。

(……は?)

 あれだけ女子のキャピキャピした雰囲気を嫌がっていたやよいが、自らその輪に入るだと?

 しかも、迷いもせずにあっさりと?

(なにそれ。どういうこと?)

 きょうかは思わず、やよいの横顔をじっと見つめた。

 やよいの表情はいつも通り。無表情で感情が読み取りにくい。だが、その口元だけは少しだけ緩んでいるようにも見えた。

(……そうか。結局、そういうことか)

 きょうかはふっと鼻で笑い、目を伏せた。

 やよいがどれほど「女子のノリが嫌い」だとか「うるさいのが苦手」とか言おうが、結局、あいつらの輪に入ることを選んだ。

(あいつが望んでるのは、孤独じゃなかったってことだ)

 それなら、それでいい。

 きょうかには関係のない話だ。

「きょうか?」

「ん?」

 藤沢が不思議そうにきょうかの顔を覗き込む。

「どうかした?」

「別に。やよいのこと見てただけ」

「あぁ、チーム決まったみたいだね。よかったじゃん!」

 藤沢は、やよいの選択を当然のように受け止めている。

 まるで、それが正しいことで、自然な流れであるかのように。

(……そりゃ、お前はそう思うだろうよ)

 きょうかは何も言わなかった。ただ、心のどこかで引っかかるものを感じながら、それを振り払うように肩をすくめた。

「まぁ、いいんじゃないの」

「うんうん!雛原もこれで楽しくなるね!」

 藤沢は無邪気に笑う。

 やよいも、あの輪の中で、すでに馴染んでいるように見えた。

 きょうかは小さく息を吐いた。

 最初から最後まで、関心はあるけれど、何もできないまま終わるのが関係ってやつか。

(まぁ、そういうこともあるか)

 やよいがどう生きようと、もうきょうかには関係がなかった。


•••


 ダンスの授業が始まり、花美はメンバーの集めることにものすごく楽しみを見出していた。

「楽しみだね!きょうか、今日はダンスの授業なんだよ!」

「はは…よかったね」

(今に見てろ。メンバーを作る時にお前を孤立させてやる。当たり前だ。やってやる。私はやるんだ。お前なんか地獄に叩きのめしてやる)

 きょうかはもうやることを決めていた。ダンスのメンバーを決める時にいざとなったら花美なんか仲間に入れてやらないと言う態度を貫く。それがどんなに酷いことでもきょうかはやることにした。

(やるぞ………)



•••


 いざメンバー決めが始まった。

「私達はこうした方がいいと思うけど、とりあえずみんなメンバーになりたい人で集まってみようか」

 委員長がとりあえずそんなことを言ったのでチャンスだと思った。きょうかは堂々とこう言った。

「私ね、あいつだけとは同じチームになりたくないな」

「え?」

 全員の顔がこっちを見る。もともと孤立したやよい以外がきょうかに関心を持つ。

「どういうこと?」

 他の生徒がきょうかに質問する。

「ああ、簡単だよ。この中にチームにしたくない人が一人いるんだ。そいつとだけはチームになりたくないって話さ」

 これが始まった途端、花美は俯いた。自分が嫌なことを言われていることくらいわかっていた。

 他の生徒達も黙っていた。花美をみんな迎え入れることはしたくなかったのだ。

「ちょ…」

 委員長がそれっきり何も言えない。全員花美をチームに入れたくないのは満場一致だ。

「大丈夫?」

「うん…」

 隣の子が花美に声をかけるが、誰もきょうかに注意をしない。それっきり、誰もが黙っていた。花美をみんなチームに入れたくないので、黙りこくっている。

 正義感に燃える者もいない。冷徹にきょうかを注意する者もいない。

 それは、花美にとって最悪の沈黙だった。

 誰もが、目を逸らしている。誰もが、何も言わない。誰もが、「自分は関係ない」と思っている。

 だが、それが何よりも花美の存在を否定していた。

「……ねえ、誰か……」

 花美が震える声で助けを求めるように言ったが、誰も応じなかった。

 隣にいた子も、気まずそうに目を逸らす。委員長は、場を取り繕おうとして口を開きかけたが、結局何も言えなかった。

「…チーム、決めなきゃだよね!」

 明るい声が割って入る。他の生徒だった。彼女は機転も効く。

「私らもう決めたし、他の人たちも決めよっか! ね!」

 その一言で、まるで何事もなかったかのように周囲の生徒たちは動き出す。

 花美だけが、その輪から外されていた。

(これでいい)

 きょうかは冷静に、花美が呆然と立ち尽くす姿を見ながら思った。

(お前は、自分のことを許される存在だとでも思っていたのか?)

 花美は、嘘をついた。調子に乗った。誰よりも大きな声で、自分を誇示しようとした。

 だから、これは当然の報いだ。

「……あはは」

 花美の口から、かすれた笑いが漏れる。

「……そっか……そっかぁ……」

 小さく、呟くように。

 その声は誰にも届かなかった。いや、誰も聞こうとしなかった。


•••


「もうやめなよ、あんなことするの」

 藤沢は軽くきょうかに注意をした。

「なんで」

「だって…あんなことしちゃいけないからだよ。それにおおかたわかるよ。あんた…」

 他の友達もきょうかに言う。

「一也絡みでしょ?」 

 きょうかが鼻で笑った頃には二人は「私達練習するよ。チームなんだし、後で来てね。明日は曲を決めるからCD持ってくるんだよ」と言ってしまい立ち去った。

(何が一也絡みだ。恋愛脳達に私の理論がわかるか)

 きょうかは鼻で笑いながらも、内心では苛立ちが収まらなかった。

 こっちはただ、花美を地獄に突き落としたかっただけだ。

 そこに一也が関係しているかどうかなんて、問題じゃない。花美が、自分の虚栄心のために他人を見下し、嘘をついて、それでなお許されると思っていることが許せなかっただけだ。

(藤沢、お前だって花美のこと嫌いなくせに)

 わかっている。藤沢は綺麗事を言いながらも、心の底では花美を軽蔑している。きょうかは、それを知っている。

(結局、お前も自分をいい人に見せたいだけなんだろ?)

 教室の外に出ると、廊下はすでに夕陽で染まっていた。遠くで他のクラスの生徒たちが笑い合っている声がする。

(臆病者)

 きょうかの顔は歪んでいた。

 藤沢も、周りの奴らも、結局は自分を「いい人」に見せることしか考えていない。綺麗事を並べて、道徳を振りかざして、誰も本音で生きていない。

(花美のことを本気で嫌ってるなら、堂々と嫌えばいい。私みたいに)

 だが、誰もそれをしない。周りの目を気にして、表面だけは取り繕う。きょうかからすれば、それはただの欺瞞にしか見えなかった。

(どうせ陰で悪口を言ってるくせに、表では「仲良くしなよ」か)

 くだらない。そんなことを考えながら、きょうかは廊下を歩いた。

 花美がきょうかの後ろから声をかけてきた。

 花美は力を振り絞ったような怒りをきょうかに示す。

「きょうかは、私に文句でもあるの?」

 文句?おおありだ、としか言いようがない。

「一也と付き合ったのがそんなに気に入らないの?」

 きょうかは花美に対して振り返った。そして向き直るように眺めた。

「人間のクズが。消えろよ」

「………は?」

「消えろって言ってんだよ」

 きょうかは花美を睨みつける。自分のことをして来たことを覚えていないような態度にきょうかは怒るしかない。

 付き合ったことはどうでもいい。嘘さえつかなければときょうかは思った。

「待ってよ!私はクズじゃない!」

 きょうかはもう花美の話を聞いていなかった。花美の陸上で大事な脚を蹴り飛ばす。

「!!!!!」

 倒れる花美を見てきょうかは鼻で笑った。

「嘘つきは泥棒の始まりだ。…だけど、今回だけは私から消えてやるよ」

 きょうかはそう言ってくるりと立ち去った。何事もない毎日がこれから続く。


•••


 修学旅行が始まり、みんなそれを忘れながら楽しんでいた。行き先は東京だ。しかしきょうかは飛行機が苦手で、母の純が同行することになった。新幹線で一日前から東京にいる。

「もうみんな、飛行機に乗った頃だな」

 きょうかは、東京のホテルのロビーでぼんやりと思った。

 純は、そんな娘の横で、スマホを見ている。

 クラスメイトたちは、今頃空の上にいる。

 きょうかは、地に足をつけている。それでいい彼女はそう思った。

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