05.わからなくなった

「それじゃ、そこへ行こうか」

 村へ行けば、自分達がどこから来たのか、くらいはわかるだろう。どういう目的でそこにいたのか。これからどこへ向かうつもりだったのか。

 細かいことは無理でも、多少のことくらいは……わかるとありがたい。

 ユーラルディは立ち上がり、周囲を見回す。自分達が来た方向はわからないが、たぶんこちらだろう、と思う方向へ歩くことにした。

 この辺り、竜の勘が働いたのか。そちらは確かに、さっき向かったキュイザの村がある方向だ。

「何かわかることがあったら、教えてね」

「うん」

 それまでしていたことを身体が覚えているのか、ユーラルディはためらうことなく、ミィを抱き上げた。

 ミィの方でも、今やそれが通常になっていたので、そうされることにためらいはない。

 こうして、彼らは来た道を戻ることになった。

 だが、村へ行くまでもなく、森を出てすぐにユーラルディは事情を知る人物と出会う。

「あ、ミィ、ユーラルディ」

 手を振りながらこちらへ来る少女に、ミィは同じように手を振った。

 一方で、ユーラルディはきょとんとしている。

 手を振る少女……メルフェのことはミィと同様に、彼の記憶から抜け落ちているのだ。

「何だか気になっちゃって。街へ戻る前に、様子を見たかったの。どう? 何か見付かった?」

「えっと……」

 メルフェがユーラルディの名前を口にしたので、間違いなくお互いを知っている、ということはわかる。

 しかし、彼女の言う「見付かった」という言葉の意味がわかりかねた。

 自分は何を探していたのだろうか。

「にぃに、わかんない」

「わかんない? じゃ、誰も見付けられなかったの?」

 ミィの言葉に、メルフェが心配そうな顔になる。

 ユーラルディはどう言うべきか迷ったが、目の前の少女の表情は本物だ。本当にこちらのことを心配してくれている。

 どういう関係かはともかく、事情を話してもいいだろう。

 それに、ミィも彼女のことを知っているようだ。

「色々あって……教えてもらいたいことがあるんだ」

☆☆☆

 親がどこかで停泊している間に、ミィが抜け出したのではないか。

 メルフェは、ユーラルディにそう言った。あくまでも、自分の推測。可能性の一つとして。

 ただ、それが「この周辺」となると、自分が話した考えは段々と的外れな気がしてきた。

 キュイザの村に、宿泊施設はない。だから、村は除外される。

 かと言って、富豪が宿泊できるような施設も別宅も、この近辺にはない。少なくとも、メルフェは知らなかった。

 メルフェは半年前にオルジアの街へ行き、魔法使いのデイクに師事して魔法を習得中だ。その間にどこかでそういった建物ができた、というなら話は別だが、この辺りにそんな物を建てる程に景色がいい場所はない。

 ……あくまでも、メルフェの感想だが。

 ミィが「いいおうちのお嬢さん」なのは、着ている服や肌つやなどから見てもほぼ間違いない。

 そんなお嬢さんが、しかもあんな小さな子が一人で森を歩いている、なんて、妙だ。森にまともな宿泊施設がなければ、なおさら。

 どこから歩いて来たにしても、ミィの年齢を考えればそう遠くからではないはず。

 それなら、ミィはどこから来たのか。

 考えれば考える程、疑問しか残らない。まさかとは思うが、実は誘拐されていて、犯人の元から逃げて来たのでは、なんてことまで考えてしまう。

 もしユーラルディが何か悪いことを企んでいるのなら、わざわざ村へ来て自分の顔をさらすようなことはしないはず。

 だとすれば、彼は善意の第三者、と考えていいだろう。

 ティコリの森でミィの親を捜すと話していたが、ちゃんと見付かるだろうか。

 あれこれ考え始めると、メルフェは気になって仕方がない。

 昼頃には村を出て、街へ戻るつもりだった。だが、どうしてもこのまま街へ向かう気になれない。

 メルフェは予定を繰り上げて早めに出発し、ユーラルディが向かったであろう場所へ行くことにした。

 別に自分がしゃしゃり出なくても、とは思うのだが、基本的に世話好きな性格なので放っておけないのだ。

 おせっかいって言われちゃうかな、などと思いながら歩いていると、前から見覚えのある二人が見えた。

 親がいたのならその人達がそばに、もしくはミィを親の手元へ戻してユーラルディだけに、となりそうなもの。

 しかし、顔ぶれはさっきと同じだ。

 何も見付からなくて戻って来るにしても早いな、と思いながら、メルフェは彼らの方へ小走りに寄って行った。

 そして。

「ええっ? 覚えてないっ?」

 ユーラルディから、名前以外のことを覚えていない、と告げられ、メルフェはつい大きな声で聞き返してしまった。

「自分の足下に、石が転がっていたんだ。たぶん、それを踏み外したかして、転んで。うまくバランスが取れずに、頭を打ったみたいなんだ」

「どこ? どこを打ったの。見せて」

 記憶が失われたのも大ごとだが、頭を打ったという話もスルーできない。

 たぶん、この辺り……と言うユーラルディに、メルフェは彼の頭の右側を調べる。

 美形の彼の顔を見て最初はどきどきしていたが、今はそれどころではない。

 髪に付いた小さな葉っぱのかけらなどを取って、傷の有無を確かめてみた。

「ケガは……してないみたいね。傷はないわ。出血もしてないようだし」

 いわゆる「打撲」で済んだ、ということだろう。打ったところが頭なので、全く何ともないとは言い切れないが、少なくとも外傷は見られない。

 メルフェはユーラルディが竜であることを知らないので、傷があったとしても治癒力が高くてすでに完治している、ということがわからないのだ。

 もちろん、記憶がないユーラルディ自身も。

 ただ、記憶が失われる、という状況については、竜の治癒力の高さも残念ながら効果がなかった。

「結論から言うと、あたしがあなた達について知っていることはほとんどないわ。ユーラルディがミィを連れて、キュイザの村へ来た。ミィがどこの子か知らないかって村の人達に尋ねて、誰もわからなかった。ミィを見付けた辺りで親が捜してるかもってことで、ユーラルディはそちらへ行くって言って向かったの。あたしがわかるユーラルディの行動って、それくらいよ」

 ユーラルディがどこの誰で、どこから来たのか。

 初対面で短い会話しかしていないので、メルフェにはわからない。もちろん、ミィについての情報は皆無。ミィを連れてきたユーラルディが、彼女について知るために森へ向かったのだから。

「うーん、どうしようかな。ミィのことも気になるけど、自分のことについても問題が出て来るなんて」

 何の問題もなかった時の自分でさえ、ミィの事情をしっかり把握できていなかった。今は、自分のことすらも把握できていない。

「あの……あなたがミィをどこからか連れてきたってことは……ないわよね?」

 メルフェが恐る恐る尋ねた。

 まさかとは思うが、端から見れば「素性のわからない男が、幼い女の子を連れ回している」という図だ。しかも、記憶がない、とまで言い出す。

 普通に考えれば、怪しさ満載。

「違うよ……って、今のぼくが言っても、全然説得力がないよね」

 メルフェの言いたいことは、ユーラルディもわかった。自分が彼女の立場なら、同じように考えるかも知れない。

 まして、今は「絶対違う」と言い切れないのがつらいところだ。身の潔白を示すものが、何もないから。

「ミィねぇ、にぃにとリューみたよ」

「え? リュー? リューって、もしかして……竜のこと?」

 メルフェはミィを見て、それからユーラルディを見た。

「いや、ぼくは知らない……って言うか、覚えてないから」

「あ、そっか。だけど、竜を見たって、どういうことかしら」

「にぃにのともだち」

「ええっ? ユーラルディって、竜に知り合いがいるのっ?」

 魔法使いにとって、魔力の強い竜は畏怖と尊敬の対象だ。滅多に出会えない存在でもあるので、なおさら憧れる。

 そんな竜とユーラルディが「友達」なんて、すぐには信じられない反面、うらやましすぎる話だ。

「いや、だから覚えてないんだってば」

 いるの? と聞かれたところで、ユーラルディには肯定も否定もできない。

「あ、そうか。竜がここにいてくれれば、ミィやユーラルディのことがわかりそうなのにねぇ」

 その竜が困っていた、なんてメルフェは夢にも思わない。

「ミィが迷子みたいになっているのは、竜が絡んでいるのかしら」

 ここに「ユーラルディの友達」のゼスディアスがいれば「いや、そこで俺達を巻き込むなよっ」と文句の一つも言っているだろう。

 竜のユーラルディが絡んでいるので「竜が関係している」とも言えるが、実際には途中参加みたいなもの。竜にだって、ミィのことはよくわからない。

「んー。一旦、今はここにいない竜のことは忘れましょ。まずはミィが誰なのか、どこの子なのかを知って、早く親御さんの所へ帰してあげないと」

「うん、そうだね。すごく心配しているだろうから」

 第一に考えるべきは、この小さな女の子のこと。

 そこはユーラルディもメルフェも、意見が一致した。

「ユーラルディが森で頭を打ってからここへ戻って来るまで、誰にも会わなかったの?」

「うん。メルフェが最初だよ」

 記憶がない、と認識してからの記憶はちゃんとあるので、そこについてはユーラルディもはっきり言える。

「こわいおじちゃんと、おばちゃんがいたよ」

「え、そんな人、いたっけ?」

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