06.街で情報収集

 突然のミィの証言に、さっきの「竜と友達」発言の次にユーラルディは驚いた。ユーラルディはそんな人達を見た覚えがないのに。

「んとねぇ、わーってしろくなるまえ」

 ミィの言葉に、聞いている方は首をかしげるばかり。

 ユーラルディが出した濃霧のことをミィは言っているが、それを具体的に説明ができないので色しか言えないのだ。

「たぶん、ユーラルディが転んでしまう前のことね。ミィがもう少し大きければ、詳しく聞けるんだけど」

 この様子だと、これまでに起きたことの説明は無理。せめて家の名前がわかれば、解決の糸口になるはず。

 だが、ミィは名前を聞かれても、ミィとしか答えられなかった。この名前も、愛称なのか略称なのかの判断がしにくい。

「ねぇ、いっそ街へ行ってみない?」

「街に? だけど、ミィが一人で街から森へ来たとは思えないよ」

 森から一番近いオルジアの街まで、大人の足でおよそ三十分。それも、迷いなく、さっさと歩いた場合だ。三歳だと言うミィには、とても歩き続けられる距離ではない。

「うん、あたしもそう思う。だけど、少なくともキュイザの村の子ではないし、この周辺でわかることってほとんどないんじゃないかしら。だったら、ここから一番近い街で情報収集する方がいいと思うの」

 もしかしたら、街の役場に迷子の届け出があるかも知れない。街で誰かに聞けば、案外簡単に見付かることもありえる。

 村でわからない以上、人の多い場所で関係者を見付けるしかない。

「そうだね。やっぱり、誰かに聞いてみないと」

 メルフェに言われ、ユーラルディもその意見に賛成した。

☆☆☆

 メルフェもオルジアの街へ戻るつもりでいたので、ユーラルディ達と一緒に街へ向かう。

 早く向かいたいので、やはりミィはユーラルディが抱っこしていた。

 歩いている間、ユーラルディとメルフェはミィから何か引き出せないかと色々聞いてみたが、要領を得ない。

 安心安全な状況であれば、ミィはとてもかわいくて、かまいたくなる存在だ。しかし、今はその幼さが、情報を得るには障害となってしまう。

「おうちにはねぇ、にぃにがいるの」

「ユーラルディと一緒にいるってこと?」

「ううん」

 どうやら、本当の兄が家にいる、ということのようだ。

「たくさんいるよ」

「つまり、お兄さんが二人以上いるってことだね。だから、ミィはぼくに慣れているのかな」

「ユーラルディに近い年齢のお兄さんが、周りにいるんでしょうね。その人が自分の家にお友達を呼ぶことがあるなら、やっぱり近い年齢でしょうし。ミィにとっては、すごく馴染みがあるってことね」

「おっきいにぃにはね、とぉーってするの」

 言いながら、拳を縦に重ねて腕を伸ばす。ミィの言葉だけではわかりにくいが、その格好は両手で剣を構えているようにも見えた。

 恐らく、上の兄の剣術をまねしている、と思われる。

「衛兵、かしら。隣の街には王宮があるし、将来そこで働こうとして剣術の稽古をしてるのかもね」

「なるほど。ねぇ、メルフェ。街へ着いたら、どうやってミィのことを聞けばいいかな」

 誰かに聞いて情報収集する……と口では簡単に言えるが、実際にはどう動けばいいだろう。

 街には、村以上に大勢の人がいる。その分、情報が入ってくる可能性は高いが、闇雲に聞き回るのは非効率的だ。

 あまり長引けば、その分ミィの家族の心配も長引くことになる。できる限り、早期解決をしたいところだが……うまくいくかどうか。

「お店を回ってみようと思ってるの」

「お店って?」

「食料品店や、酒屋とかね。ああいうお店って、配達もするでしょ。配達する人って、あの家の家族構成はこうでって、だいたいのことを知ってると思うの」

 直接ミィの姿を見かけることはないとしても、この家には小さな女の子がいる、くらいの情報は持っているだろう。そういった事情を知ることで、これをお子さんにいかがですか、といった商売もできるからだ。

「なるほど。すごいな、メルフェ。ぼくには考えつかないよ」

 ユーラルディは記憶がない、という点を除いても、きっと考えつかない。人間についての知識は、かなりざっくりしたものだからだ。

「えへ、それほどでも」

 そんな事情は知らないメルフェは、ユーラルディにほめられて少し赤くなりながら笑った。

「あとは、やっぱり役所かしらね。街を巡回する役人の人達なら、詳しくわかるはずよ。もっとも……これはミィがオルジアの街の子、という前提だけどね」

 もしこの街の子でなかったら、役所に頼むしかない。役所を通じて、近隣の街で迷子の届けがないかを調べてもらう、ということになる。迷子と言うより、行方不明者にされているかも知れない。

「街って大きいし、あたしもまだ自分が住んでいる周辺くらいしか詳しく知らないの。あたし達だけじゃ、聞き込める範囲は知れてるでしょうね」

 そんなことを話しながら、ユーラルディ達はオルジアの街へ着いた。

「ミィ、見覚えのある場所、どこかあるかい?」

「んー……」

 ユーラルディに尋ねられても、ミィは首をかしげるだけ。三歳児の行動範囲や記憶力では、あまり期待しない方がよさそうだ。

 話していた通り、メルフェは店頭販売だけでなく配達もしている店を狙って声をかけた。

「ミィって名前で、三歳の女の子がいるおうち、ご存じないですか」

「子どもがいる家? たくさんあるからなぁ。名前まではちょっと」

 家族構成は知っていても、名前までしっかり把握するとなると難しいようだ。

 村ならみんながお互いを知っているのに、などと思うメルフェだが、街と村では人数が違いすぎるから無理だ、ということもわかっている。

 ユーラルディに連れられたミィの顔を見せても、やはり知っているという人はいない。子どもが迷子になって家族が捜している、という話も出てないようだ。

 十件以上回ったが、残念ながら有益な情報は得られなかった。

「はい、これ。お腹すいたでしょ」

 最後に聞いた食料品店で、メルフェは薄切り肉と野菜をはさんだパンとミルクを買った。

 広い通りに街路樹が立ち並び、その下にぽつぽつと置かれたベンチに座ると、みんなでそれを食べる。

「ねぇね、ありがと」

 パンを渡され、ミィは嬉しそうに礼を言った。

「ぼくの分まで……ありがとう」

「どういたしまして」

 ユーラルディは手持ちが全くなかったので、メルフェに頼るしかない。そもそも、お金どころか荷物らしい荷物をユーラルディは何一つ持っていなかった。

「ぼく、どうして手ぶらなのかなぁ」

 ミィの家か保護者を見付けることが一番だが、ユーラルディの問題もある。

 彼自身が何も覚えていないので、ミィよりさらに手こずるかも知れない。身元がわかりそうなものが何もないから、推測のしようもなくて困る。

 実際のところは、単に竜の世界からこちらへ散歩に来ただけなので、ユーラルディに荷物などあるはずがないのだ。

 が、そういう部分の記憶がすっぽり抜け落ちているので、自分の状況に首をかしげるばかりだ。

「あまりミィを連れ回すと疲れちゃうでしょうし、あと二、三軒回ったら役所へ行きましょ。わかるまではあたし達がミィの面倒を見てくれって言われると思うけど、その時は師匠に事情を話して置いてもらうわ」

「色々ありがとう、メルフェ。ぼくがミィと最初に関わったんだから、ぼくが何とかするべきなのに」

 ミィのことどころか、自分のこともどうしたものかという状況に発展してしまった。一つでも問題がなくなるのなら、とてもありがたい。

「いいのよ。あたし、おせっかいだから」

「おせっかいじゃないよ、メルフェ。きみは親切な人だ」

 面と向かって言われ、メルフェの顔がまた赤くなる。

「こんなによくしてくれる人、なかなかいないと思うよ。きみがこうして助けてくれなかったら、ミィもぼくもどうすればいいかわからないまま、ずっと森をさまよっていたかも知れない。とても感謝しているよ、メルフェ」

 これまで人の手助けをして「ありがとう」と言われることは何度もあった。だが、ユーラルディのように、こんなに言葉を並べてくれる人はいなかったように思われる。

「ねぇね、ありがとー」

 会話をわかっているのか、いないのか。口の端にドレッシングを付けた顔で、ミィがお礼の言葉を口にする。

 それを聞いて、メルフェは嬉しそうに笑った。

「どういたしまして」

☆☆☆

 パンを食べ終えると、ミィは寝てしまった。

 ユーラルディにもたれ、気持ちよさそうに寝息をたてている。満腹になったことと、あちこち移動して疲れたことに加え、お昼寝の時間がきたのだろう。

 ミィが眠ってしまっても、ユーラルディが抱っこするので聞き回るのに問題はない。

「そうだ……今まで食品系のお店ばかりを回っていたけど、仕立屋さんっていうのもありよね」

「仕立屋さん?」

「ミィがお金持ちのお嬢さんなら、家に服飾専門の人を呼んで採寸してってことをするんじゃないかな。採寸なら、確実にミィの顔を見るはずよ。髪や瞳の色を見て、この色が似合うって勧めるでしょうしね」

 名前を呼びながら、次はここを計りますね、などと話しかけることもある。仕事柄、確実に家族の顔を見ているだろう。

「うん、ありえそうだね。それじゃ」

「あっちの通りに一軒あったはずよ」

 行き先が決まり、ユーラルディ達はそちらへ向かった。

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