第3話

 いつか君が話していた事を、僕は思い出す。

「満足したら先にいくから」

 死に損なった人間が言うような格好つけた言葉だと、思っていたけれど、どうやらそれは、格好だけでは無かったらしい。

 自分の人生にケリを付ける覚悟が整ったなら、ぼくはそれでいいのだと思っている。僕は弱くなってしまったから、ズルズルその時が来るまで生きながらえるつもりでいる。多分、君みたいに綺麗に仕舞うようなことは出来ないだろう。満足なんて、それこそ一生できないだろうから。もちろん。君のことも、人生における不満足のひとつとして、抱えていくつもりだ。誰かを君の代わりにすることもしないし、君に執着するつもりもない。満足に少しづつ近づけるように、今日もまた、生活を一つ一つやっていくのだ。寂しさの埋め合わせなんて、自分一人でやっていくことなんだから。

 ああ、でも、これまでのことで、悔やむことがあるとするならば、それは君といた5年間でその気持ちを変えることが出来なかったことだろうか。

 僕は一人分の朝食を作って、テーブルの上に並べた。対面の、誰もいないダイニングチェア。僕はテーブルの上にシオンの束を置いた。

「いただきます」

 僕は手を合わせて軽く頭を下げる、食前に祈るのは、君の決心が最後の最後まで崩れ落ちなかったかどうかの、それだけだった。

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手を合わせて 現無しくり @Sikuri_Ututuna

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