後編
「…………は?」
「満足するまで付き合ってくれよ……こっちはもう、がまんの限界なんだ――あぁ、いいよな……この破壊衝動をぶつけるのは、お前らなら、誰も困らねえもんな――」
ポニーテールの少女。
彼女が拳を、さらにぎゅっと握り締め。
消えた。
否、身を低くし、全員の視界から外側へ出たのだ。
不意を突いた――のだとしても、速度はやはり早い。
人間のそれを越えているように感じた。
「うそ……」
這いつくばる夏凜は見た。
周囲の男子たちが殴り飛ばされていく光景を。
躊躇も手加減もない。容赦もない――いくら悪党だからとは言え、こうもされるがままなのを見ていると、彼らに同情してしまう――。
リーダー格のメガネの男子が、こっそりと場から逃げようとしていたが、目ざとく気づいた少女が、追いつき、彼の襟を掴んだ。
「ひっ!?」
「――――」
発されたのは、人の声ではなかった。
夏凜が聞き取れなかったそれは、ある生物が発する超音波かなにかだったのかもしれない――。捕まった丸メガネの男子が床に叩きつけられ、彼女に馬乗りにされる。
そして――拳が振り下ろされた……。
何度も、何度も、何度も、何度も――――。
骨を打つ音だけが響き渡る。
灰色の床に、赤い血が飛び散り…………。
満足した少女が、立ち上がった。
「…………ふう。スッキリした……、これで
彼女はそう呟いて、残っている女子には目も向けずに、廃墟から出ていった。
残された夏凜とその仲間たちは、数十分も、呆然としたまま動けなかった――。
彼女に救われた……いや、救われたと言ってもいいのか?
彼女は最近、不良界隈では噂になっていたのだ。
道場破りのように、暴走族や不良チームに喧嘩を売っては壊滅させているらしい……、持ち前の喧嘩の強さで、噂によればナイフにも臆さず勝利をもぎ取るようだ。
目の前で彼女の戦いを目の当たりにすれば……
彼女は人間ではないのではないか、と思ってしまう。
「姉さん、どう思います?」
「んー? 私はもう関係ない立場なんだけどねえ……」
「困ったら頼れって言ったの、姉さんでしょ」
「でも、もう解散したんでしょう?」
それは……そうだった。
『姉さん』が作ったチームを解散するのは名残惜しかったが、実際に被害が出てしまった以上は、自分たちがいる世界ではないとあらためて自覚した。足を洗うべきだったのだ――。
怪我をした仲間は、入院するほど酷い子はいなかったが、折れた腕にギプスを取り付けることになった子はいた……。
二度と、こんなことは起きてはならないのだ。
居場所がどうこう言っている場合ではなかった。
「連絡は取り合ってます。でも、もう直接、みんなが集まることはないと思いますよ……」
「そう。まあ、いいんじゃない? みんな、こうして大人になっていくのよ――」
それは成長なのかもしれない。
前を向いて進むことなのかもしれない――でも。
寂しい、と感じてしまうのは、自分がまだ子供だからだろうか?
副隊長でも新総長でもなくなった愛染夏凜は、『姉さん』にチームへ誘われる前の平々凡々な生活に戻った。そう、つまらない日常に――。
弟の日々の成長だけが楽しみになっている日常だった……、それが悪いとは言わないけれど、刺激的な毎日を一度でも経験してしまうと、やはり物足りないと感じてしまう自分がいて……。
だからと言って、あの騒動に『また』巻き込まれたいとは思わない。
もう、誰も――傷ついてほしくはないから。
「…………」
あの中学生たちは、結局、懲りて足を洗ったのだろうか……、いや、そんな気はしない。
彼らの性格からすれば、復讐心だけがすくすくと育つのではないか……。鉄パイプでもナイフでもダメなら、今度は拳銃でも持ち出しそうな気がする……そういった危うさがあった。
「………………嫌な、予感が、」
「感じるなら、ちょっと遅かったね」
「っっ!?」
背後。
夏凜の背中に、冷たく硬い感触がした……。
ナイフが、突きつけられている……?
「あんた、は……」
「協力しろ。神谷飛鳥に、復讐をする――」
「……っ、だれが、協力なんか……っっ」
「ふうん」
背後でがさごそと動かれると、ナイフ以上のものが出てくるのかと想像してしまう。
ナイフ以上となれば、拳銃だ……でも、どうやって中学生が拳銃を手に入れられる……?
「勘違いしてそうだね。ナイフ以上のものは無理だよ。手に入れられるわけがない……、僕だってそれくらい分かっているさ。
というか別に、武器をグレードアップさせる必要なんかないんだ……、お前を動かすために必要なのは『痛み』じゃないだろう?」
痛みでなければ…………。
「…………人質」
「そういうことだ」
「ッ、弟だけは!!」
「――ああ、≪そっち≫じゃない」
――そっちじゃない?
愛染夏凜の大切なものと言えば、弟だが……しかし、そっちではないとすれば……?
残っているのは、ひとつしかない。
「あんたが慕う『姉さん』の、これから生まれてくる≪命≫だね」
「ぁッ、アンタッッ!!」
「妊婦の腹を潰されたくなければ従え。これから生まれてくるかもしれない赤子を事故で運悪く殺してしまっても、罪に問われるのかな?」
――最悪の悪党が、生まれてしまった。
神谷飛鳥。
彼女は強いけれど、それだけだ。
徹底して潰さなければ、敵は悪性を増して、周囲に害意を振り撒くのだ。
彼女は強いけれど、強いがゆえに、自分とその周りしか守れない。
だからやはり、彼女は≪ヒーロー≫にはなれないのだ。
「さて、決着をつけようか、神谷飛鳥――――全てを奪ってやる……人権すらも、な」
神谷飛鳥を巡って。
愛染夏凜。
そして、
…了
…?
タイラント・キリング 渡貫とゐち @josho
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