タイラント・キリング

渡貫とゐち

前編


「――姉さん! どうして【チーム】を抜けるんですか!!」


「え、結婚するから」


 ……は? と、昭和(前時代)から出てきたようなスケバンの格好をした少女たち――は、急な告白に口をあんぐりと開けて、二の句が継げなかった。


 同時に、勢いが削がれてしまったのもあるし、『結婚』と言われてしまえば引き留めることもできない、ということも理解している。

 強気な格好の割りに、バイクに跨り、やかましく騒ぎながら道路を走ることはないし、深夜まで集まることもない。

 平成(新時代)らしい「悪いフリした良い子ちゃん」たちだ。見た目とくくりこそ「暴走族」、「不良集団」ではあるが、それぞれが根は優しい女の子たちだった。


 証拠に、全員が「姉さん」として慕う総長の結婚に、一瞬遅れたが、理解が追いついた後に全員が沸き立ち、祝福の声を届けた。


「おめでとうございます!」の言葉が四方八方から。

 チームからの引退を決めた総長は周りから浮いている清楚な大学生のような格好(ワンピース姿)で…………薄い化粧なので、まさか彼女が暴走族の元総長だとは誰も思わないだろう。


 彼女の結婚相手は知っているのだろうか……恥ずべき過去ではないけれど(犯罪は犯していないのだから……ようは「ごっこ」である)、人によっては暴かれたくない過去かもしれない。


「あの、姉さん……もしかしてですけど……」


「うん。あ、分かる?」


 元総長がお腹に触れる。まだ見た目で分かるほど大きくはないけれど……、本人がそうしたということは『そう』なのだろう……――新しい命が、そこにいる。


「子供、ですか……」

「そうなの。だからもうこのチームを続けることはできないわ。というか私、大学生にもなって暴走族(……っぽいこと)とか、やってられないし」


 それもそうだ。残された側が急に捨てられては困るので、一時の感情で引き留めていたものの、そのせいで誰も独り立ちができずに総長におんぶにだっこだった。

 このままずっと楽しい毎日が続くと思えば……しかし当然だけど時間は進んでいく。高校を卒業した総長も大学生になり、結婚し、母になる――では、自分たちは?


「…………」


 副隊長は卒業間近だけれど、数年前となにも変わっていなかった。

 遅れている自分たちは、このままだと現状維持もできないし、前にも進めない……路頭に迷うことができればいいが、このまま今の世界に縛られ続けてしまうのではないか……

 ――それが一番、怖い。


「姉さん……結婚も、お子さんのことも、おめでとうございます――」


「ありがと。……ねえ、夏凛かりん? 夏凜だけじゃなくて、みんなもだけど……――みんなはこれからどうするの?」


 どうするの? と聞かれれば。

 どうしたらいいですか? と委ねるしかなかった。


 それだけ、このチームは一枚岩だったのだから。


「姉さん……どうしたら……」


「続けたいなら続ければいいと思うけど……、私たちは強い女性に憧れて、『それっぽい』ことをしていただけよ? 犯罪行為はしていない……。まあ、小さな喧嘩はしたけど。でも、本当に危ないことはしていないじゃない。だから、このチームが存在し続けることは罪ではないわ……みんな、学校の勉強はちゃんとしているでしょう?」


 学校から出された課題は片づけている。苦手分野は仲間内で補い合いながら……、なので意外と、それぞれの学校では成績は良い方だったりするのだ。

 成績がふるわない子も中にはいるが、不良生徒ではない。

 学内と学外でまるっきり違う自分で分けているところは、俗に言うロールプレイングなのか。


「やることをきちんとやっているならいいと思うわ。存続も解散も好きなように。私から始まったチームでも、今はあなたたちの居場所なんだから、ね――副隊長の夏凜が後任だけど……だからあなたの好きなように……頼むわね」


「え、アタシ、が……?」


 副隊長……もとい、新総長である愛染あいぞめ夏凜が振り向いた。

 追うべき背中を見失った仲間たちの視線を一手に引き受ける……、そんな夏凜も、総長の背中を追うだけだったが……。それが今や、道を照らすために先頭に立っている。


 チーム内には中学生もいる。

 解散させるにしても、ここで手を打って「はい解散」ともいかないだろう。ここにしか居場所がない子もいるのだから……、そのフォローは、しなければならない。


「副隊長――いや、新姉さん!」

「夏凜姉さん、よろしくっす!」

「おねがいします!!」


「……ちょ、ちょっと待って! アタシも、まだ心の準備が……」


「私も心の準備ができていないまま母親になるんだけど……夏凜は逃げるのかな?」


 ぽん、と肩を叩かれて。

 ……続けて耳元で囁かれ、夏凛の背筋がぴんと伸びた。


 全盛期の「姉さん」が戻ってきたような気がした。

 昔の彼女は、それはそれは、怖い人だった……。


 スケバンの格好は、元は昭和のイメージだろうけど、大半のメンバーは総長の影響だ。昭和のイメージを総長のフィルターを通して、「今」、再現している……。

 スケバンの格好にアレンジが加えられているが、その全てが総長ねえさん独自のものだ。


 古臭い中に今風が混じっているのは、今を生きる人が取り込んだがゆえのものだった――。


「姉さん……、でも、アタシ……」


「不安なのは分かるけど、やってみなよ。困ったら私に頼ってもいいし……でも、できる限りは自分でやってみな。それがあなたのためになると思うから」


 総長から引き継いだチームは存続することになった。早々に解散するかもしれないが、ひとまずは、総長が抜けたからと言って瓦解するようなことはない。


 ――ただ、これまでの色がこれからも引き継がれていくとも限らないけれど……。



 そして、良くない変化は早々に起こっていた。


「……合併?」

「はい。別のチームと合体したらどうですか、って思ったんです」


 中学生の少女が、どういう伝手なのか分からないが、前へ進むための提案を持ってきてくれた。……提案、とは言ったが、ほとんど話が進んでおり、後は総長である夏凜の『了承待ち』みたいなところがあるが……。

 二つ返事で了承することではない、と、いくら新総長になったばかりとは言え、分かったはずだが――

 憧れの『姉さん』がいなくなったショックからか、夏凛は安易に、その提案に乗ってしまった。


 ――結果、『姉さん』が立ち上げ、多くの少女の居場所となってくれた【チーム】は、中学生の不良たちに穴を開けられ、食い物にされてしまった――――

 チームの主要メンバーが男子であれば、当然の末路だった。



「みんな……」


 大切な仲間たちは、学ランを着た優等生に見える少年たちに、傷物にされてしまった……、本当に大切なものは奪われてはいないものの、体のあちこちを触られたのは事実だった。

 ……誰も、力では勝てなかったのだ。

 年齢の差はあっても、やはり男女の差はある……力では敵わなかった。


「夏凜総長」


「っ」


 ノートとペンが似合いそうな丸メガネの少年は、今、その手には鉄パイプが握られている。

 彼が地面を叩けば、廃墟となっている貸倉庫に音がよく響き渡る――

 その鉄パイプは、実際に仲間の少女に振り下ろされていた。


 反抗すればこうなる、という前例が横たわっている。

 折れている少女の腕を見て、夏凛はもう二度と動けないほど、先に心が折られてしまっていたのだ――。


「僕の奴隷になってよ」

「……漫画の、見過ぎだよ……奴隷なんて……」

「じゃあ言い方を変える。僕の言うことをなんでも聞く犬になってよ」

「…………」

「僕の女にはしないよ。女はいるからね……だからお前は犬でいい」

「そんなの……」


「嫌だと言ったら手足を折って病院送りにするだけだよ。あとはお前の弟……、まだ小学生だったよね? 学校も分かってる。何年何組なのかも。

 まあ、分かっていなくても、調べればすぐに分かることだしね」


「待ってっ、弟だけは――ッッ」


「だったら犬になれよ。

 這いつくばって僕に服従するんだ――いいかい、元総長?」


「…………ッッ」


 総長という肩書きを失うことに未練はない。這いつくばり、気に食わない男の犬になることも、屈辱だが、できないわけではない……。

 それよりも、仲間を傷つけられることや、なにも知らない弟が嫌な思いをすることだけは、避けなければならない――――だから。


「(姉さん……やっぱり、アタシには、無理だった……っっ!)」


「さあ、僕の靴を舐めろ。お前が口にできる言葉は、『わん』だけだ……分かったな?」

「……わか、」

「わん、だろ?」


 頭上から彼の足が落ちてくる。

 男の力で踏みつけられた。

 額を床に打ち付け、流れてくる血に顔をしかめた。


 ……痛い、怖い、痛い、痛い痛い怖い!!


 ……相手は中学生だ、年下だ、でも――――≪本物≫だ。


 本物の不良であり、悪党だ。

 これまでのような、『ごっこ』が通用しない――闇の部分。


 中途半端な気持ちで踏み込むべきではなかったのだ。

 ……『姉さん』が引退したタイミングで、自分たちも離れるべきだった……。


 だけど、後悔しても、もう遅かった。

 中学生のガキに、全てを壊された。

 少女たちはなす術もなく――――


「へっ、良い駒が手に入った――」


 悪党が勝ち誇った、その時だった。


 ――廃墟に新しい足音。

 見覚えのない侵入者に、近くにいた中学生の男子が、詰め寄っていく。


「……誰だ、あいつ……」

「…………?」


 ――もしかして姉さん?

 と、期待した夏凜だったが、それはそれで、妊婦がくるべきところではない。


 期待しながらも、そうであってほしくないと願いながら、夏凛が見たのは…………


 同い年に見える少女だった。


 ポニーテールの、見たことのない少女。

 彼女の影は、なぜか――――大きな猫に見えていた。



「……誰だてめえ。この女どもの仲間か?」



 侵入者は質問に答えなかった。

 代わりに、自分の都合だけを、相手に伝える。


「…………悪いけど、付き合ってくれない?」


「あ? ――はっ、愛の告白かよ?」


 周囲を支配する不穏な空気から、そうではないと思いながらも笑い飛ばさないと気が済まなかった。男子の大半は警戒しているが、それでも油断がまだある……それでも数人のリーダー格は気を抜いていなかった。なぜなら現れた女は……只者ではない。


 武器は持っていないし、構えもめちゃくちゃだ……、武術に精通しているわけではないが、だからこそストリートで鍛え抜かれた『喧嘩に特化』した相手かもしれない。

 ――だが、所詮は女だ。

 年上だろうと力でなら勝てる……それに、武器もあるのだ。中学生たちにはそういった余裕があったのだろうが……、その気の緩みが、彼女を止められなかった敗因となったのだろう。


 チームの中で最も大きな体格をしていた男子が殴り飛ばされた。

 上に三メートル、後ろに十メートル以上も飛ばされて――――。




 …つづく

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